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03話 はじまりの続き


この答えを閃かせたのは、1989年まで遡らなければならない。

だが、今はそっとしておこう。


それに、僕はもちろん生まれていないし、見聞きした内容を、想像し、寄り添うだけだしか出来ないから。

もっと言ってしまえば、紙に書かれた名簿の中で、それを知ったに過ぎない。


はじめはただの名前の一覧だった。

それが徐々に意味を持ち、ヒントを与え、僕を導いた。


僕は金属の爪切りを手に、大きく息を吐いた。


四本の爪切り。

向こう世界で、僕が手にした特別な爪切りたち。

そして、僕が最後に手にした四つ目のこの爪切りが、はじまりとおわりを紡ぎ出す鍵だった。


「ちょっと、なにぼーっとしてるの」

「え、ごめん」

「ほんと、馬鹿」


僕は笑顔で頭を掻いた。


「褒めてない!」


彼女はそう言って、窓に近づいた。

外では、新年を祝う声が響く。

初詣に向かう人々の声が、静かに響く。


「どうするの?」

「どうするって?」

「世界、変わっちゃったよ」

「うん」


閉ざされ、円環する世界は今、終わった。

でも、彼女は終わらなかった。


新たな世界で、今、彼女は僕の顔を見ている。


「馬鹿」

「え、うん」

「だから、褒めてない!」


そう言った、五十嵐淳子の顔は、どことなく笑ったように見えた。


それから僕たちは、この世界を調べ始めた。

なにが変わって、なにが変わっていないのか。


そして、一番最初に分かったこと。

五十嵐淳子は、僕以外、見えないということだった。


「ほんと、ありえない」

「ごめん」

「謝らないで、余計に腹が立つから」

「ごめん」


でも、僕は知っている。

彼女は最後に、『戻るなら』と言った。

戻るなら。

その意味の解釈を、僕は違う方に受け取った。


ほくそ笑む僕の顔は、彼女には見えない。


彼女は僕の前を歩く。

いつの日か、歩いたときと同じで、彼女の背姿に僕は安堵を覚えた。

ただ、それが僕にしか見えないことが、少し寂しい。


「元旦に開いてるか分かんないけど、おばあちゃんの店に行くわよ」

「うん。開いてるといいね」


五十嵐淳子は振り返り、赤縁のメガネを人差し指で持ち上げる。


「なにその言い方。不安にさせないでよ」

「ごめん」


彼女は、ふんと言って歩き出した。

強気な振る舞いは、不安の現れ。

僕もそうだった。

彼女が傍にいなければ、あの閉じた世界で僕はどうなっていたか。

想像するだけ、僕の足は速くなる。


彼女をひとりにはしない。

絶対に。


見慣れた風景のなかに、古い引き戸が見えた。

僕にとってその場所は、通い慣れた笠井ばあちゃんの定食屋。

彼女には、祖母の家。


僕たちは、自然と早足になった。

換気扇から、湯気が上がり、味噌汁の匂いが鼻を掠めた。


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