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12話 温かい時間

 

 その日は、久しぶりにゆっくり、


「寝れない……」


 あのあと、ひとしきり泣いた笠井淳子は、疲れたのか、床で眠ってしまった。


 三十七年。

 彼女の旅は、やっと一つの目標に向かうことになった。

 ただ彷徨うだけの日常から、めざす未来に。


 で、だ。

 僕は布団で寝たのはいい。

 夜中に背中の当たりがゴソゴソするな、と思うと同時に彼女が布団に潜り込んできた。

 理由は、一言。


「寒い」


 そう言って、再び寝始めた。

 いや。

 僕は無理よ、それ……。


 朝方になって、ようやくウトウトし始めたときには、もう彼女は居なかった。

 そのまま寝ようと思った、そのとき。


「ソファ、ここでいいか?」

「テレビは?」


 複数の男の声。

 驚いてダイニングに向かうと、グレーのツナギの男たちが家具を運んでいた。


「ええっと?」


 テレビを運んでいる人の背中に、『ニコニコ引っ越し』とプリントされていた。


「相沢さんですか? もうすぐ終わりますので」

「え、ええ?」


 僕の戸惑いを無視して、スタッフとおぼしき人たちは次々と家具を入れていく。

 誰がこんなことを。


 ふと目線を動かすと、冷蔵庫の前にゴスロリが立っていた。

 レンジを運ぶスタッフは気にもせず、「あ」と声をあげて口を塞ぐ。

 スタッフが、ゴスロリをすり抜けた。


 硬直する僕。

 テキパキ働くスタッフ。

 そして、ただ見ているゴスロリ。


 徐々に整理がつき始めた頃、スタッフのひとりが近づいてきた。


「これで、搬入はおわりました。サインお願いします」


 バインダーに挿まれた紙。

 見ると、ここの住所が書いてあり、依頼主は僕だった。


「あの……サイン?」

「は、はい」


 慌ててペンを受け取ると、サインをした。


「あれ、趣味ですか?」


 自然と目線は廊下に向けられる。

 立ち尽くす僕。

 スタッフはそう言い残し、笑顔で去っていった。


 しばらくして、彼女がダイニングに入ってくる。


「やっぱり、家具があったほうが良いわね」


 モノトーンに、統一された家具たち。

 あの世界で彼女は色彩を失っていた。

 今もそうなのだろうか。

 だから、家具の色もカーテンも。


 僕を彼女を見つめた。

 ゴスロリ姿の彼女は、そんな僕のことなどお構いなしに、ソファにどかっと座る。


「これ、君が?」

「そうよ。何もないって綺麗だけど、やっぱり不便よね」


 その後、事情を聞かされた僕。

 飲んでいた牛乳を吹き出しそうになった。


 どうやらスマホを使い、中古屋で買い漁ったらしい。

 見えない彼女でも出来ること。

 ネットでの購入。


 支払いは、と聞くと僕のスマホで決済したとのことだった。


 なんだろう。

 このモヤッとする気分は……。


 それから、僕たちは話し合った。


「だめだ、絶対にだめ!」


 僕は大声で否定した。

 そんなの無理。


「なんでよ。いまさらそんなこと言われても、無理だから」

「それは君が勝手に」

「うるさい。もう決めたの!」


 なんで逆ギレ?

 そんな押し問答がしばらく続き、互いに妥協案を出すことで決着をみた。


「じゃあ、私がリビングの奥の部屋を使う」

「僕は、このソファ。それでいいね?」

「うん」


 彼女を追い出すわけにいかなかった。

 見えないのだから、どこでも寝ろとは言えなかった。


 自分には見えているのに、周りは誰も気づかない。

 それは、彼女が経験してきたであろうイジメを思い出させることになる。


 大きなため息が漏れる。


 彼女はじっと僕を見て、「寝ぼけて入ってこないでね」とイタズラっぽく笑った。

 それは君だろう、とはもちろん言えない。


 このさき、どうなるのだろう。

 悩みのタネが、ひとつ増えた気がする。


 その日は二人とも、家で過ごした。

 三が日。

 人に会うにしても、どこかに行くにしても、今じゃない気がした。

 実際、動き出すには、冬休みが終わってからになるだろう。


 それでも、一つだけ、確認したいことがあった。


「旧校舎に?」

「うん。行っておきたいんだ。冬休みが始まる前に」


 彼女は何で、とは言わなかった。

 壊れてしまった世界では、彼女が見てきた未来とは違っているのだろう。

 知っているのは見てきたことだけ。


 ひとりで居ることに慣れていた僕にとって、その日は息苦しくもあり、温かい時間でもあった。


 そんな日々がこれから続くのであろう。

 彼女が幸せになるまでは。


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