11話 世界を戻す
しばらく僕たちは見つめ合っていた。
言葉の重みを、僕が感じる番だから。
「僕があなたの言いつけを無視して、爪を切った。本当なら、僕だけが戻る予定だった」
彼女はじっと僕を見つめ続ける。
「本当は、怒ってるんですよね?」
「どうしてそう思うの?」
「世界がおかしな方向に向いてしまった。それは、あなたの祖母——笠井ばあちゃんが、あなたの記憶を持っていなかったから」
そこで初めて、二重瞼の目尻が少しだけ上がる。
「なんでそう思うの?」
「うん。あなたは実家に帰ったが、普通だった。しかも母親の前で手まで振っていた。それは、おそらく……」
「いいよ、続けて」
「おそらく、家族を愛していない」
僕は言い切った。断定した。
それが、世界を狂わせた僕の代償だからだ。
「五十嵐淳子。役場で否定され、学校でいじめられ、そして絵まで燃やされた。なのに家族はなにもしてくれない。唯一、笠井ばあちゃんだけは違った」
「……それで?」
消えそうな声だった。
それでも僕は言わないといけない。
「未来をループする間、自殺までしてしまったあなたを気にかけてくれていたのは……笠井ばあちゃんだけだと知った。どの未来でも、家族はあなたを気にかけなかった。違いますか?」
目には大粒の涙が溢れていた。
彼女を泣かしたの、二度目。
あの世界でも、僕は……。
「五十嵐淳子さん、ううん。笠井淳子さん」
彼女は素直に頷いた。
床にぽたりぽたり、涙が落ちる。
あの日、図書室で笠井ばあちゃんと一緒にいた時は違う涙に見えた。
悲しい顔をして泣いていたが、幸せそうだった。
だから僕は、決断した。
「あなたが幸せになれる世界に戻りましょう」
「え?」
流した涙をそのままに、僕を見る。
「笠井淳子さんが、泣かずに住む世界」
「……でもどうやって? もう壊れてるよ」
僕は息を大きく吸ってから言う。
「今、この世界。2026年で僕はまだ、絵を完成させていません。だから僕が継承して、絵を完成させます」
「どういうこと?」
「僕が狂わせた。だったら、狂わせた世界で本来、僕が描く絵を完成させて、笠井淳子さんの爪をラストピースにします」
彼女は指で涙を拭うと、深い目を向ける。
「……でも、それだとあなたが」
「いいんです、僕は。でも、淳子さんには幸せになって欲しい」
そう言った僕に彼女は抱きついてきた。
そして、嗚咽まじりの涙を僕の肩に少しずつ濡らし続けた。
彼女の本当の姿をようやく見た気がして、いつしか僕の目にも涙が溢れていた。




