10話 ループ
僕は口の乾きを無視して話し始めた。
「この爪切りのなかで唯一、試せないのは金属の爪切り、未来だけだ。どうしてか? 未来に行くと、現在が分からなくなるから。だってそうでしょ? 朽木姉妹は未来の爪切りを使って、あの世界からいなくなった」
そこまで一息で喋ってから、声のトーンを押さえて言う。
「だったら、どうして未来に行ったと分かるの?」
未来に行ける。
そう言われればそうなのだろう。
でも、実際行って見ないとわからない。
その矛盾を解消するのは一つだけだ。
自分で試すしかない。
そうでなければ、今、この場所にいて、「これは未来に行けるんだよ」と言われても、誰が信用するとい
うのだ。
自分で試したからこそ、出てくる言葉だ。
「それに、未来の爪切りだと知っているのに、あなたは気安く触るし」
「触るし?」
彼女が繰り返す。
「あなたは、僕の知らないこと、そして知っていることが多すぎるんです。はじめは、単に勘が鋭い人だと思っていたけど」
彼女が返事をする前に、「本当は違うでしょ?」と続けた。
僕の問いかけに、一瞬目を見開いた。
それがすべてだった。
おそらくこの会話のシーンも、彼女にとっては、過去、ううん、未来で見てきたのかも知れない。
「そっかそっか。全部分かったんだ」
彼女はそう言って、ソファに背を預け、メガネのない顔で天井を仰ぎ見た。
なにを考えているのか、大体の予想はつく。が、言葉にはしなかった。
僕は未来を知らない。単に、僕の憶測だ。
「そこで思ったんだ。この世界のルールみたいものを」
彼女はむくっと起き上がって、僕を見る。
「未来に行ける爪切り。これって、世界に一つしかない」
「なんでそう思ったの」
僕はスッと腕を伸ばして、金属爪切り——未来の爪切りを二つ、手のひらに乗せた。
「全く同じに見えるこの二つの爪切り。例えば成分か何かを検査しても同じものだと思う」
そこまで説明してから、テコの部分を二つともスライドさせた。
ひらがなの『へ』の字のような形。
「見て、ここ」
指を指して彼女を見る。
彼女は体を起こして覗き込んだ。
「片方にだけ傷があるね」
メガネが無くても見えるんだ、とは言わずにおいた。
「あの世界で、未来の爪切りを落としたとき傷がついたんだ。でも、今日僕が持って、ううん、盗んだ爪切りは傷がない。どうしてか?」
僕はじっと彼女を見た。
それに応えるように、彼女も僕を見る。
「この爪切りは、世界に一つしか存在しない。未来の爪切りを使うと、使った人と一緒に移動する、でしょ?」
「僕は、そう思ってます」
ループ物の話しでは、過去と現在、未来の物が被ると、タイムパラドックスが起きる。
だけれど、実際には起きない。
なぜか。
未来の爪切りは世界に一つしかない。
もし同じ世界に二つあるなら、時間移動の瞬間に同じ物が衝突するはずだから。
この世界がいくつも流れていると仮定すれば、不思議じゃない。
「やっぱり、君は気づく人だったんだ」
「どうでしょう。僕はただ……」
その先は言わずにいた。
いまさら僕の気持ちを打ち明けたところで、独り善がりだ。
だからせめて、僕の本音を打ち明けることにした。
「この狂った世界。僕が壊してしまったんですね?」
彼女はうんとも違うとも言わず、ただ僕を見ていた。




