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転生したら小国の第三王女でしたが、 土と水と生き物を育てていたら、隣国の王子と一緒に世界がすべて繋がっていました。

作者: 幸藤光希
掲載日:2025/12/14

◆第1章

転生王女と“育む魔法”の目覚め

 研究室の窓から見える夜景は、いつもより静かだった。

 培養槽の中で揺れる微生物たちは、今日も黙々と仕事をしている。私はそれを眺めながら、思わず苦笑した。

「結局、社会は変わらないのに……循環だけは、ちゃんと回ってるんだよね」

 資源は枯渇し、食料は偏在し、争いは増える一方。それでも自然の中では、微生物が、植物が、命を次へと繋いでいる。その仕組みを組み合わせ、街ごと再生する構想――“循環型バイオエコタウン”は、結局実証段階に辿り着く前に、私の体が限界を迎えた。

 胸の奥に鋭い痛みが走り、視界が白く染まる。

「……ああ。やっぱり、間に合わなかったか」

 最後に思い浮かんだのは、土に触れた時の匂いと、芽吹く瞬間のあの静かな喜びだった。

 ――次に目を開けた時、私は泣いていた。

 いや、泣いているのは私ではなく、私の“体”だった。小さな手足、柔らかい視界、聞き慣れない言葉。豪奢な天蓋付きの揺り籠の中で、私は理解する。

「……転生、した?」

 ここは王宮。私は小国ルミナス王国の第三王女として生まれていた。

 兄や姉は声が大きく、自己主張も強い。政治や権力、名誉の話ばかりで、幼い私には正直息が詰まった。だから私は、王宮の片隅にある荒れた庭と、城外の農地に足を運ぶようになった。

 そこは――ひどい状態だった。

 土は痩せ、作物は育たず、農民たちの顔には疲労と諦めが浮かんでいる。けれど私は知っていた。これは“死んだ土地”ではない。ただ、循環が壊れているだけだ。

 そっと土に触れると、微かな温もりを感じた。

「……大丈夫。まだ、生きてる」

 その瞬間、土の中から小さな光がふわりと浮かび上がった。羽虫ほどの大きさの、淡い緑色の存在。

 ――微生物妖精。

『おそいよ』

 そんな声が、直接心に響いた。

 驚くより先に、懐かしさが胸を満たす。前世で顕微鏡越しに見続けた、あの世界がここにある。

「ごめんね。待たせた」

 私がそう呟くと、妖精たちは嬉しそうに舞い、土の中へと散っていった。その日を境に、私の周囲では少しずつ変化が起こり始めた。

 作物は根を深く張り、家畜は穏やかになり、水は澄む。派手な魔法ではない。ただ“育ちやすい環境”を整えるだけ。それでも、確実に世界は応えてくれた。

 さらに、動物たちは私を恐れなかった。牛や羊、時には野生の小動物までが寄ってきて、静かに身を預けてくる。

 ――家畜動物テイム。

 そして、水の流れを感じ取る力。湧水の位置、地下水脈の動き。水属性魔法も、いつの間にか自然に使えるようになっていた。

 私は“強い魔力”を持っているわけではない。けれど、知っている。命がどう巡り、どう壊れ、どう戻るのかを。

「ここが、私の居場所だ」

 王宮では目立たない第三王女。でも、土と水と生き物のそばでは、私は確かに必要とされていた。

 この小さな循環が、やがて国を変え、世界を変える――

 その兆しが、静かに芽吹き始めていた。


◆第2章

学園で芽吹く“共生の知”と、静かな出会い

 王立学園に入学した日、私はすぐに理解した。

 ここは、知を学ぶ場所であると同時に、序列を学ぶ場所でもある、と。

「第三王女? ああ、あの目立たない子ね」

 廊下ですれ違う視線は、好奇と値踏みが半分ずつ混じっている。

 兄姉ほどの政治的価値もなく、派手な魔力を誇示することもない私にとって、学園は居心地の良い場所とは言えなかった。

 それでも、植物学や魔素生態学の講義だけは好きだった。

 特に、実習棟の裏にある温室――そこで過ごす時間だけは、前世を思い出させてくれる。

「……この苗、根が傷んでる」

 私は土を入れ替え、微生物妖精たちにそっと声をかける。

 すると、植物は目に見えて元気を取り戻した。

「やっぱり、ここが落ち着く」

 そう呟いた時だった。

「……それ、どうやったんだ?」

 背後から聞こえた、低くて落ち着いた声。

 振り返ると、そこにいたのは無口そうな少年だった。

 黒髪、整った顔立ち。派手さはないが、不思議と目を引く。

 制服の徽章から、隣国オルディナ王国の生徒だとわかる。

「土と根の相性を、少し整えただけです」

「魔力を流したわけじゃないのに?」

「流してはいます。でも……押し付けてはいません」

 少年は少し驚いたように目を瞬かせ、それから、ほんのわずかに口角を上げた。

「面白いな。普通は、力でねじ伏せる」

「それだと、長持ちしないので」

 私がそう言うと、彼はしばらく黙り込み、植物を見つめた。

「……生き物を、ちゃんと生き物として見てるんだな」

 その言葉に、胸が静かに揺れた。

 彼の名はレオン。

 オルディナ王国第一王子――だと知ったのは、ずっと後のことだ。

 学園では、強い魔力や名家の生徒が中心になる。

 自然や生き物を「管理対象」としか見ない者も多い。

 特に、学園を仕切るように振る舞う美人の上級生と、その取り巻きたちは露骨だった。

「ねえ第三王女。そんな地味な研究、将来何の役に立つの?」

「土遊びがお好きなのね」

 笑い声が重なる。

 以前の私なら、黙って距離を取っていたと思う。

 けれど、その日は違った。

「役に立たないと思うなら、食事を断てばいいのに」

 私が淡々と言うと、場が凍りついた。

「土と水と生き物がなければ、あなたたちも生きられない。

 それを見下すのは、少し不思議です」

 上級生は顔を歪めたが、それ以上は何も言わなかった。

 そのやり取りを、少し離れた場所でレオンが見ていた。

「……強いな」

「いいえ。正しいだけです」

 彼はふっと笑った。

「僕も、同じことを思ってた。

 力で奪うより、育てた方が、結局は強い」

 その日から、私たちは温室でよく言葉を交わすようになった。

 彼は剣と魔法の才に恵まれていたが、それを誇ることはなかった。

 むしろ、生き物に対する敬意を忘れない。

「国ってさ、たぶん……大きな生き物なんだと思う」

 レオンはそう言って、土に触れる。

「無理をさせ続けたら、いつか壊れる」

 その言葉に、私は深く頷いた。

 学園の中で、私たちは静かに浮いていた。

 けれど、不思議と孤独ではなかった。

 生き物を下に見ない。

 循環を信じる。

 奪うより、育む。

 その価値観が、私たちを繋いでいた。

 まだこの時は知らなかった。

 この静かな共鳴が、やがて国を動かし、世界を変えることを。

 でも、確かに芽は出ていた。

 温室の片隅で、

 土と水と、二人の想いが重なり合うように。


◆第3章

荒廃した祖国の農地と、始まりの改革

 学園の長期休暇を迎え、私は久しぶりにルミナス王国へ戻った。

 王宮の馬車が城門を抜けた瞬間、胸の奥がひりつく。

 ――畑が、死にかけている。

 かつて黄金色だった小麦畑は色を失い、

 土はひび割れ、雑草すらまばらだ。

 農民たちは黙々と作業を続けているが、その背中には疲労が滲んでいる。

「……想像以上ね」

 王宮に戻る前に、私は馬車を止めさせ、農地へ向かった。

 周囲はざわめいたが、構わない。

 土に膝をつき、そっと触れる。

 ――生きてはいる。

 けれど、限界が近い。

 魔素は滞り、微生物は減り、

 栄養が循環せず“奪われ続けた痕跡”だけが残っている。

「また王族の視察か……」

 農民の一人が、疲れた声で呟いた。

「どうせ、すぐ帰るんだろう?」

 私は顔を上げ、静かに言った。

「帰りません。

 ここを、元に戻すまで」

 彼らは一斉に私を見た。

 半信半疑、いや、ほとんど諦めの目だ。

 私は袖をまくり、土を掘り返した。

「まず、土を休ませます。

 肥料を足す前に、循環を取り戻す必要があります」

 微生物妖精たちが、私の周囲に集まる。

 農民たちは目を見開いた。

「……光ってる?」

「妖精……?」

「土の中の、小さな働き者たちです」

 私は説明しながら、水脈を探り、

 詰まりかけた流れを少しずつ整えていく。

 水属性魔法は、派手に噴き出させない。

 地下で、静かに巡るように。

 数日後、変化は目に見えて現れた。

 土が柔らかくなり、

 芽吹きが戻り、

 家畜の食いつきが変わる。

「……なんだ、これは」

「草が……甘い?」

 農民たちの声が弾む。

 だが、問題はここからだった。

 貴族会議で、この改革は即座に問題視された。

「第三王女の勝手な実験だ」

「農地は搾り取るものだ。

 そんな悠長な方法では、税が取れぬ」

 兄や姉も、明確には私の味方をしなかった。

 私は深く息を吸い、言葉を選ぶ。

「今のやり方では、数年で土地は完全に死にます。

 そうなれば、税どころではありません」

「口が過ぎるぞ」

「事実です」

 会議室が静まり返る。

「……責任は、私が取ります」

 そう言って、私は頭を下げた。

 王族としてではなく、

 一人の人間として。

 結果は、三か月後に出た。

 収穫量は回復し、

 病害は減り、

 農民たちの顔に笑顔が戻る。

 噂は、国中に広がった。

「第三王女は、土を生かすらしい」

「畑が、息を吹き返した」

 私は農地の中央で、夕焼けを眺める。

 土は、正直だ。

 育てれば、応える。

「……これが、私のやるべきこと」

 遠く離れた学園で、

 レオンの言葉が脳裏に浮かんだ。

――国は、大きな生き物だ。

 ならば私は、この国を育てる。

 小さく、静かに。

 けれど、確実に。

 改革は、もう始まっていた。


◆第4章

生命を育む大地と海――循環国家への第一歩

 農地改革の成果は、予想以上に早く、そして広く波及した。

「今年は、飢えずに冬を越せそうだ」

 農民のその一言が、私の胸を強く打った。

 数字や報告書よりも、その言葉のほうが、ずっと重い。

 だが、私は知っていた。

 農地だけを立て直しても、国は持たない。

 食は、土だけで完結しない。

 水、森、家畜、海――すべてが繋がっている。

 私は王に願い出て、臨時の改革許可を取り付けた。

「農地改革を“点”で終わらせず、“面”に広げたいのです」

 会議室には懐疑的な空気が漂ったが、

 収穫量の回復という実績は、沈黙以上の説得力を持っていた。

 最初に手を付けたのは、牧畜だった。

 痩せた草原では、家畜もまた衰弱している。

 私は農地で成功した土壌循環を、放牧地へと応用した。

 微生物妖精たちが土を整え、

 家畜動物テイムの力で群れの不安を和らげる。

「暴れなくなった……」

「牛が、自分から水場へ行くぞ」

 家畜が健康を取り戻すと、

 乳も肉も質が変わり、

 副産物は再び畑へと戻る。

 次は、森だった。

 過剰な伐採で荒れた森は、

 水を蓄える力を失い、洪水と干ばつを繰り返していた。

 私は森の奥で、長老格の精霊と向き合う。

「人は、取りすぎました」

『……だが、戻そうとしている』

 森の精霊は、私の手にそっと触れた。

 伐る森と、守る森を分ける。

 成長を待つ時間を組み込む。

 森は、時間をかければ応えてくれる。

 そして――海。

 ルミナス王国は小国ながら、海に面している。

 だが、近年は漁獲量が不安定だった。

 私は港町に滞在し、漁師たちの話を聞いた。

「魚がいなくなったわけじゃない。

 流れが、変わったんだ」

 水属性魔法で潮の動きを探ると、

 川から流れ込む栄養が減っていることがわかった。

 ――原因は、森と農地だ。

 陸の循環が、海を痩せさせていた。

 私は川沿いに湿地帯を再生し、

 微細な藻類と水草を増やす。

 すると、数か月後。

 魚群は、戻ってきた。

「海が、息を吹き返した……」

 その年、国の食料自給率は大きく回復した。

 私は改革案をまとめ、王と貴族たちの前で説明した。

「農地、牧畜、森、海。

 これらを一体として管理します」

「それは……国家の在り方を変えるということか?」

「はい。

 でも、変えなければ、国は持ちません」

 沈黙の後、王が頷いた。

「第三王女エリス。

 お前に、この改革を任せよう」

 その言葉に、胸が熱くなる。

 私は“目立たない王女”のままでいい。

 けれど、この国を、生かしたい。

 夕暮れ、海と森と畑が見渡せる丘に立つ。

 風が通り、水が巡り、

 土の中で、命が静かに回っている。

「……やっと、国が呼吸を始めた」

 これは、まだ第一歩。

 けれど確かに、

 ルミナス王国は“循環国家”への道を歩み始めていた。


◆第5章

新王の誕生と、循環革命の夜明け

 オルディナ王国からの急使が到着したのは、秋の収穫祭を終えた直後だった。

「第一王子レオン殿下、国王に即位されました」

 報せを聞いた瞬間、胸が静かに震えた。

 学園で土を語り合っていた、あの無口な少年が――もう、王になったのだ。

 ほどなくして届いた彼からの手紙は、短かった。

『国を変える準備が整った。

 君と、話がしたい』

 私は迷わなかった。

 再会したレオンは、以前よりも少しだけ大人びて見えた。

 だが、目の奥の優しさは変わらない。

「即位おめでとうございます、陛下」

「……その呼び方は、やめてくれ」

 彼は照れたように視線を逸らす。

「君の国の改革、すべて聞いた。

 正直、羨ましい」

「羨ましい?」

「うちの国は、強いけど……疲れている」

 レオンは、王としての重圧を隠さず語った。

 軍事と徴税で支えてきた国は、目に見えないところから衰えている。

「だから――一緒にやりたい」

 彼の言葉は、命令でも打算でもなかった。

「循環を、国の根にしたい。

 奪うんじゃなく、育てる国を」

 私は、はっきりと頷いた。

 その会談は、結婚という形で結実する。

 政治的な意味合いは、もちろんあった。

 だがそれ以上に、価値観の一致が、自然と二人を結びつけていた。

 式は質素だった。

 大地に感謝を捧げ、

 水と風に誓い、

 森の精霊に見守られて。

「この国を、君と一緒に育てたい」

「はい。

 王としてではなく、人として」

 その誓いは、二国の未来を静かに変えた。

 統合改革は、想像以上に激しかった。

「なぜ、他国に技術を渡す?」

「なぜ、森を伐れぬのだ?」

 反発は多かった。

 だが、エリスとレオンは役割を分けた。

 私は循環の設計を担い、

 レオンは剣と外交で守る。

 農地は拡張され、

 森は計画的に管理され、

 海と川は一体で扱われる。

 徴税は“取り立て”ではなく、

 循環維持のための“負担”として再定義された。

 少しずつ、国は変わっていく。

 夜、城の灯りが落ちた後。

 私たちは並んで書類に向かいながら、

 ときどき目を合わせて笑った。

「忙しいけど……悪くないな」

「ええ。

 生きている感じがします」

 その年、飢饉は起きなかった。

 国境の緊張も、和らいだ。

 人々は気づき始めていた。

 この国は、もう“搾り取る国”ではない。

 “育つ国”なのだ、と。

 夜明け前、城のバルコニーに立つ。

 遠くで、畑が、森が、海が、静かに呼吸している。

 レオンが、私の手を取った。

「君がいたから、王になれた」

「いいえ。

 あなたが、育てようとしたからです」

 二人で見上げた空は、澄んでいた。

 循環革命は、もう後戻りできないところまで進んでいる。

 そしてこの夜明けは、

 やがて訪れる試練の、前触れでもあった。


◆第6章

戦火の大地で芽吹く再生の力

 国境付近の村が、焼かれた。

 知らせを受けた瞬間、胸の奥が冷たくなる。

 ゼルファード帝国との正式な開戦ではない。

 だが、明らかな威嚇だった。

「帝国の正規軍ではありません」

 報告に来た騎士が言う。

「傭兵と見られます。

 ただし、装備と動きは帝国式です」

 レオンは拳を握りしめた。

「試されているな」

 循環国家は、まだ若い。

 武力で応じれば、帝国の思う壺。

 だが、何もしなければ、民が傷つく。

 私は地図を見つめ、静かに言った。

「……行きましょう」

 焼け落ちた村は、静まり返っていた。

 焦げた木材、踏み荒らされた畑、

 泣き疲れた人々。

「もう、終わりだ……」

 誰かの呟きが、胸を刺す。

 私は膝をつき、黒くなった土に触れた。

 魔素は、乱れている。

 だが、完全には死んでいない。

「まだ、大丈夫です」

 そう言って、私は息を整えた。

 まず、水を戻す。

 地下水脈を静かに繋ぎ、

 焦げた土を冷ます。

 次に、微生物妖精たちを呼ぶ。

 彼らは恐れず、土の中へと潜っていく。

 焦土に、わずかな緑が戻り始めた。

「……嘘だろ」

「こんなに早く……?」

 人々のざわめきが、少しずつ希望に変わる。

 レオンは村の周囲に防護陣を張り、

 これ以上の襲撃を防いだ。

「剣で守るだけじゃない。

 立ち直る時間を、守るんだ」

 その言葉に、私は胸が熱くなる。

 数日後、村は“仮の循環拠点”として再生した。

 収穫はすぐには望めないが、

 人々は立ち上がる力を取り戻していた。

 帝国は動かなかった。

 ――いや、動けなかった。

 焼いたはずの村が、

 数日で息を吹き返したという報告に、

 彼らは困惑したのだ。

「破壊が、通じない……?」

 それが、帝国にとって最大の誤算だった。

 王城に戻った夜、

 私はレオンと向き合った。

「いずれ、本気で来るわ」

「わかってる」

 彼は迷いなく答える。

「でも、怖くない。

 君が示したのは、“壊されても立ち上がる国”だ」

 私は、少し笑った。

「戦わないわけじゃない。

 ただ、戦い方を選ぶだけ」

 帝国が恐れているのは、

 この国の軍事力ではない。

 “奪わなくても成り立つ世界”そのものだ。

 そしてその思想は、

 ゆっくりと、しかし確実に周囲へ広がっていく。

 焼かれた大地に芽吹いた小さな緑は、

 やがて戦火を超える力になる。

 そのことを、

 この時の私たちは、まだ知らなかった。


◆第7章

統合国家の誕生と、新たな生命の兆し

 二国の紋章が並んで掲げられた大広間は、静かな緊張に満ちていた。

 貴族、将軍、学者、各地の代表者――誰もが、この日が歴史の分岐点になることを理解している。

「本日をもって、ルミナス王国とオルディナ王国は、

 “循環統合国家”として歩みを共にする」

 レオンの宣言は、力強く、だが押し付けがましくなかった。

 それは支配ではなく、選択だった。

 拍手は控えめだったが、確かな重みがあった。

 長く続いた国境線は、地図の上で意味を失い始める。

 統合は、決して甘いものではなかった。

「税制をどうする」

「軍の指揮系統は?」

「技術の共有範囲は?」

 議論は尽きない。

 だが、エリスは一つ一つに答えを用意していた。

「循環は、奪い合わないための仕組みです。

 誰かが得をし続ければ、必ずどこかが壊れる」

 数字と実例を示し、

 感情ではなく“持続性”で説得する。

 時間はかかったが、反発は次第に和らいでいった。

 その頃、私の体に、わずかな違和感が現れ始めていた。

 朝、土に触れた時。

 微生物妖精たちの動きが、いつもより柔らかい。

「……?」

 水脈を感じ取ろうとすると、

 自分の内側から、別の“鼓動”が返ってくる。

 その夜、私はレオンに打ち明けた。

「……もしかして」

 彼は一瞬言葉を失い、それから、ゆっくりと息を吐いた。

「本当か?」

 私は小さく頷く。

 レオンは、何も言わずに私を抱きしめた。

 剣を握るよりも、ずっと不器用な腕で。

「この国が生まれた日に、

 僕たちの子も、生まれようとしてる」

 その言葉に、胸がいっぱいになる。

 新しい命は、喜びであると同時に、責任だった。

 戦火が完全に消えたわけではない。

 帝国は沈黙しているが、それは準備の時間かもしれない。

 それでも私は、前を向いた。

 子を持つからこそ、

 未来を短期で終わらせるわけにはいかない。

 統合国家は、少しずつ形を整えていった。

 農地は共有管理へ。

 森は国境を越えて保全区域に指定され、

 海は共同の循環資源として扱われる。

 学園も統合され、

 生徒たちは国籍ではなく、分野で学ぶようになる。

 ある日、学園を視察していた私は、

 温室で土に触れる若者たちを見て、思わず微笑んだ。

 ――価値観は、受け継がれている。

 夜、城のバルコニーで、

 私はお腹に手を当てる。

「この子が生まれる頃、

 世界は、少しは優しくなっているかしら」

 レオンが隣に立ち、空を見上げた。

「少なくとも、

 育てようとする人間は、増えた」

 風が通り、

 遠くで森がざわめく。

 国と国、人と人、

 そして、母と子。

 二つの大きな循環が、

 今、静かに重なり始めていた。


◆第8章

カイル誕生と、黄金期に差す影

 陣痛は、夜明け前に始まった。

 窓の外で、森がざわめいていた。

 まるで世界そのものが、息をひそめて見守っているようだった。

「大丈夫です、陛下。

 呼吸を、ゆっくり」

 助産師の声に導かれながら、

 私はただ、流れに身を委ねる。

 痛みの奥で、不思議な感覚があった。

 体の内側で、魔素が静かに、しかし力強く巡っている。

 ――育まれている。

 その確信とともに、

 産声が上がった。

「……男の子です!」

 その瞬間、微生物妖精たちが部屋中に舞い、

 水差しの水が澄み、

 窓辺の植物が一斉に芽吹いた。

 私は涙で滲む視界の中、

 小さな命を抱きしめる。

「……カイル」

 その名を呼ぶと、

 赤子は不思議と泣き止み、

 私の指を、きゅっと掴んだ。

 レオンは、しばらく言葉を失っていた。

 そして、震える声で言う。

「……守る。

 この子も、この世界も」

 カイルの誕生は、国中を祝福で包んだ。

 豊穣祭は例年より盛大に行われ、

 各地から感謝の品が届く。

「この国に生まれてよかった」

 そんな声が、自然と聞こえてくるようになった。

 統合国家は、黄金期に入っていた。

 農地は安定し、

 森は水を蓄え、

 海は恵みを返す。

 循環の仕組みは、

 “特別な魔法”ではなく

 “当たり前の制度”として根付いていった。

 私は、カイルを胸に抱きながら、

 政務にも少しずつ復帰する。

 その一方で、

 国境の向こうでは、別の動きが始まっていた。

 帝国――ゼルファード。

 密偵から届いた報告書は、

 どれも断片的で、だが不穏だった。

「帝国東部で、大規模な魔力炉の建設が進行中」

「用途は不明。

 だが、循環を断つ性質の魔素反応を確認」

 私は、報告書を閉じる。

「……断絶」

 その言葉を、レオンも聞き逃さなかった。

「来るな」

「ええ。

 でも、今ではない」

 帝国は、様子を見ている。

 この国が、どこまで伸びるのかを。

 夜、城の回廊を歩きながら、

 私はカイルをあやす。

 赤子は、私の胸元で静かに眠っている。

 その周囲で、

 微生物妖精たちは、まるで子守歌のように舞っていた。

「この子は……」

 私は、そっと魔素を探る。

 ――二重の流れ。

 循環の柔らかさと、

 統率の芯。

 私とレオン、

 二人の性質が、

 螺旋のように絡み合っている。

「……あなたは、大丈夫」

 それが、祈りなのか、

 予感なのかはわからない。

 だが、確かに思えた。

 カイルは、この世界に必要な子だ。

 遠く、雷鳴が響いた。

 嵐は、まだ見えない。

 だが、確実に近づいている。

 黄金の時代は、

 永遠ではない。

 それでも――

 育てたものは、簡単には壊れない。

 私は眠る息子を抱き、

 静かに覚悟を固めた。


◆第9章

魔素断絶戦争と、レオン英雄死の夜

 空が、鳴った。

 それは雷ではなかった。

 世界そのものが、軋む音だった。

「帝国が……来た」

 報告が届くより早く、

 私は“異変”を感じ取っていた。

 魔素が、消えていく。

 風が止まり、

 水の流れが鈍り、

 土の奥で、微生物妖精たちが悲鳴を上げる。

「……断たれている」

 ゼルファード帝国は、ついに切り札を切った。

 《魔素断絶障壁》。

 一定範囲の魔素循環を強制的に遮断し、

 土地を、生き物を、文明そのものを“干上がらせる”兵器。

 王城は、即座に戦時体制へ移行した。

「前線の村が、次々と沈黙しています!」

「魔法が……使えません!」

 騒然とする会議室で、

 レオンだけが静かだった。

「……魔力炉だな」

 彼は地図を指差す。

「障壁の中心。

 あそこを壊せば、止まる」

「でも、それは……」

 私は言葉を失う。

 断絶障壁の魔力炉は、

 常識的な方法では近づけない。

 近づけば、魔素が削られ、

 命そのものが削がれる。

「行く」

 レオンは、迷いなく言った。

「レオン、待って――!」

「君は、ここにいろ」

 彼は私の肩に手を置く。

 その手は、温かかった。

「君が守った循環を、

 ここで終わらせるわけにはいかない」

 私は、彼の目を見る。

 そこには、恐れはなかった。

 ただ、覚悟だけがあった。

「……必ず、戻って」

 それは、王妃としてではなく、

 一人の妻としての言葉だった。

 前線は、地獄だった。

 草は枯れ、

 水は濁り、

 魔法は届かない。

 それでも、レオンは進んだ。

 剣に残る、わずかな魔力を燃やし、

 兵たちを守り、

 道を切り開く。

「王が、前に出ている……!」

 その姿は、兵たちの心を繋ぎ止めた。

 魔力炉は、黒く脈打っていた。

 世界から、命を吸い上げる心臓。

「……終わらせる」

 レオンは剣を突き立て、

 自らの魔力を、逆流させた。

 循環ではない。

 だが、断絶でもない。

 ――“受け止めて、解き放つ”。

 次の瞬間、

 白い光が、夜を裂いた。

 爆発音は、遅れて届いた。

 王城で、その瞬間を感じ取った私は、

 膝から崩れ落ちた。

「……レオン」

 魔素が、戻ってくる。

 風が吹き、

 水が流れ、

 土が息を吹き返す。

 だが、一つだけ――

 戻らないものがあった。

 数日後、帝国から使者が来た。

「……一時休戦を」

 彼らの声は、震えていた。

 断絶障壁は破壊され、

 帝国側も甚大な被害を受けた。

 戦争は、止まった。

 だが、代償は――

 あまりにも大きい。

 私は、夜の庭で一人立つ。

 腕の中には、カイル。

 まだ、何も知らない息子。

「あなたの父は……

 世界を、守ったの」

 月明かりの下、

 微生物妖精たちが、静かに舞う。

 その光は、涙のようだった。

 英雄は、死んだ。

 だが、彼が守った循環は、

 確かに、ここに残っている。

 そして私は、

 未亡人となった。

 母として、

 王妃として、

 そして、一人の人間として。

 ――ここからが、本当の試練だ。


◆第10章

遺志を継ぐ母と、歩み始めた幼き王子

 レオンの葬儀は、静かに行われた。

 派手な儀式はなかった。

 彼自身が、それを望まなかったからだ。

 森の境に設えられた祭壇には、

 剣と、土と、水。

 そして、彼が最後に守った循環の象徴として、

 小さな苗木が一本、植えられた。

「王は、世界を救った」

 誰かがそう言った。

 だが私は、その言葉を胸に留めきれなかった。

 ――夫を失った。

 それだけの事実が、重く、確かにそこにあった。

 喪に服す時間は、長くはなかった。

 一時休戦とはいえ、帝国は健在だ。

 統合国家も、指導者を失ったばかりで不安定だった。

「王妃エリス。

 暫定的に、摂政をお引き受け願いたい」

 重臣たちの視線が集まる。

 私は、カイルを腕に抱いたまま、頷いた。

「この国を、止めません。

 彼が守った循環を、前へ進めます」

 それは宣言であり、誓いだった。

 摂政としての日々は、厳しかった。

 悲しむ暇を与えないように、

 現実は容赦なく押し寄せる。

 帝国との停戦交渉。

 国境の再整備。

 断絶障壁の影響を受けた土地の回復。

 私は、ひとつひとつに向き合った。

 夜、誰もいない執務室で、

 ふと、手が止まる。

「……あなたなら、どうした?」

 問いかけても、返事はない。

 けれど、土に触れればわかる。

 水に耳を澄ませば、感じられる。

 ――彼の遺した選択は、間違っていない。

 カイルは、すくすくと育った。

 不思議なほど、泣かない子だった。

 土の上に寝かせると、よく眠り、

 水音を聞かせると、機嫌よく笑った。

 ある日、私はふと気づく。

 カイルの周囲で、

 微生物妖精たちの動きが、整然としている。

「……導いている?」

 まるで、幼い手で

 世界の呼吸をなぞるように。

 まだ言葉も話せないのに、

 彼はすでに、循環の中にいた。

 私は決めた。

 この子を、

 “王として育てる”のではない。

 “世界と共に生きる人間”として育てる。

 そのために、学園制度を改め、

 身分に関係なく、

 循環・生態・共生を学べる場を広げた。

 帝国からは、沈黙が続いている。

 それは敗北ではなく、

 次を見据えた静けさだ。

 だが、恐れはなかった。

 壊された土地は、戻り始めている。

 人々は、奪われても立ち上がる術を知った。

 それは、レオンが命を賭して残したものだ。

 夕暮れ、私はカイルを抱き、

 苗木の前に立つ。

「あなたの父はね、

 世界を、信じたの」

 風が吹き、

 葉が揺れた。

 それは、返事のようにも思えた。

 幼き王子は、まだ歩き始めたばかりだ。

 けれどその足取りは、

 確かに未来へ向かっている。

 私は、母として、

 そして循環国家の守り手として、

 その背中を支え続ける。

 ――物語は、終わらない。

 ここから先は、

 次の世代が紡ぐ番だ。


◆第11章

少年王子カイルの飛躍と、砂漠に芽吹く王国の未来

 砂漠は、かつて死の大地だった。

 灼ける風、割れた岩盤、

 水も緑もなく、

 帝国ですら「持て余した土地」。

 だが今、そこに風が流れている。

「……すごい」

 成長したカイルは、砂の丘の上に立ち、

 眼下に広がる光景を見渡していた。

 緑の帯。

 水路に沿って広がる草原と低木。

 点在する集落と、太陽光を受けて静かに回る循環設備。

「母上が整えた土台だ。

 僕は、繋いだだけ」

 そう言いながら、彼は地面に手を置く。

 砂の下で、魔素が脈打った。

 カイルは少年ながら、

 すでに王としての訓練を受けていた。

 だが、剣や戦術よりも、

 彼が学んだのは“世界の仕組み”だった。

 ――なぜ森は水を呼ぶのか。

 ――なぜ土は疲れるのか。

 ――なぜ人は、奪いすぎてしまうのか。

 エリスは、答えを与えなかった。

 問いと、現場だけを与えた。

「わからなければ、

 土に聞きなさい」

 その教えは、

 カイルの中で深く根を張っていた。

 砂漠緑化は、単なる奇跡ではない。

 地下水脈の再接続。

 耐乾性植物と藻類の組み合わせ。

 家畜の移動放牧と、糞尿の循環利用。

 すべては、

 “続くかどうか”を基準に設計されている。

「帝国の使者が来ています」

 報告に、エリスは静かに頷いた。

 かつて圧倒的だった帝国は、

 今や、この砂漠の再生を前に、

 明確な劣位に立たされていた。

「緑化区域を、共有したいと」

「……条件は?」

「循環管理の共同参加。

 資源独占の放棄」

 会議室がざわめく。

 だが、エリスはカイルを見た。

「どう思う?」

 少年王子は、一歩前に出る。

「奪わないなら、拒む理由はありません。

 でも――壊すなら、参加できない」

 その言葉に、帝国の使者は言葉を失った。

 力ではない。

 だが、拒めない。

 砂漠は、もはや“脅し”の場ではなかった。

 世界の未来を左右する、循環の要だった。

 夜、エリスは息子と並んで焚き火を囲む。

「立派になったわね」

「母上が、立たせてくれた」

 カイルは、素直にそう言った。

「父上が守り、

 母上が育てた世界を、

 僕は、広げたい」

 その言葉に、胸が熱くなる。

 レオンの死は、無駄ではなかった。

 悲しみは、次の力に変わっている。

 砂漠に吹く夜風は、

 かつての乾いた熱を失い、

 草の匂いを運んでいた。

 国の力関係は、完全に逆転した。

 だが、エリスは知っている。

 これは“勝利”ではない。

 ようやく、

 同じ土俵に立てただけだ。

 空を見上げると、

 星々が静かに瞬いていた。

 この世界は、まだ広い。

 そして――次の段階が、待っている。


◆第12章

世界を巡る循環と、神々からの呼び声

 世界は、ゆっくりと繋がっていった。

 それは、誰かが征服したからでも、

 命令で従わせたからでもない。

 循環が、連結したのだ。

 農地、森、海、砂漠、都市。

 それぞれが独立しながら、

 互いに過剰を補い、不足を支え合う。

 ――分散型循環ネットワーク。

 カイルが成人に近づく頃、

 その構想は現実となっていた。

「中央に、すべてを集めない」

 彼は会議の場で、はっきりと述べた。

「壊れたら終わりの仕組みは、

 もう選ばない」

 各地に循環拠点が置かれ、

 技術と知識は共有される。

 帝国ゼルファードも、

 ついにその輪に加わった。

「支配ではなく、参加を選びます」

 皇帝の言葉に、

 かつての威圧はなかった。

 断絶による支配は、

 世界を弱らせるだけだと、

 彼らも理解せざるを得なかったのだ。

 式典の夜、

 エリスは一歩引いた場所から、

 その光景を眺めていた。

 若き王として立つカイル。

 堂々と、穏やかに、

 世界を語るその姿。

 胸に、静かな達成感が広がる。

「……やっと、ここまで来た」

 母として、為政者として、

 彼女の役目は、ひと区切りを迎えていた。

 その夜、

 世界が、ふと静まり返った。

 風が止み、

 波が凪ぎ、

 火が揺らめきを失う。

 エリスは、はっきりと感じた。

 ――“見られている”。

 空が、開いた。

 星の向こうから、

 黄金の光が降り注ぐ。

『エリス』

 声は、耳ではなく、魂に届いた。

 次々と姿を現す存在たち。

 いずれも、人ならざる美しさをまとっている。

 太陽のように輝く神。

 風を纏う神。

 深海の色を宿す神。

『地上の循環は、

 我らの想定を超えた』

 黄金の神――太陽神が、

 エリスを見つめる。

『奪わず、断たず、

 なお世界を繋いだ』

 その視線に、

 畏怖よりも、不思議な温かさを感じた。

「……それは、

 生きたいと願っただけです」

 エリスは、静かに答える。

『その在り方こそが、

 神々が忘れていたものだ』

 神々の間に、さざめきが走る。

『地上と天界は、

 あまりに長く、断絶していた』

 太陽神は、柔らかく微笑んだ。

『エリスよ。

 我らは、対話を望む』

 それは、命令ではなかった。

 選択の提示だった。

 エリスは、カイルを思い浮かべる。

 もう、彼は自立している。

 世界を導く力を、確かに持っている。

 ――私は、もう一人で歩いていい。

「……お話し、しましょう」

 その言葉に、

 光はさらに強くなった。

 太陽神の視線が、

 ほんの一瞬、個人的な温度を帯びる。

『あなたは、

 育む者だ』

 胸が、かすかに高鳴った。

 世界は救われた。

 だが、物語は終わらない。

 地上と天界。

 循環と神意。

 そして――

 役目を終えた未亡人の、

 新たな人生。

 それは、第二部への扉だった。




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