表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「双子の勇者、片方は敵にされた」  ──運命で分かたれた兄弟が、二つの世界を懸けて戦う。  作者: 妙原奇天


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/17

第14話 延長公演・第二夜

 夜の始まりは、前夜よりもざらついていた。

 雪の降り方が重く、空の底が低い。舞台の照明は暖色だが、風が吹くたびに光が揺れる。延長公演の第二夜、会場は再び満員に近い数の観客で埋まっていた。けれど、拍手の音に迷いが混じっている。昨日の静けさに安堵した者と、今日の結果を怖れている者。その温度差が、冬の空気を微妙に震わせていた。


 袖の奥で、綾人と凛人が準備を整えている。

 義手の調整を終えた雪音が、糸巻きを軽く鳴らした。

 「今夜は、昨日より“風”が多い。糸が揺れる」

 「風くらい、歌で制御する」凛人は口の端を上げた。「兄ちゃんの出番だ」

 綾人は視線を落とす。「お前の喉は?」

 「焼けてる。けど、動く」

 そのやり取りに雪音が眉を寄せた。紅紋の縁は赤黒くひび割れ、乾いた血が皮膚に筋を描いている。


 開演の太鼓が鳴る。

 第一演目が始まった。

 舞台中央の紙灯籠が回転し、白昼と影夜の映像が交錯する。観客の目はその幻想に吸い寄せられ、拍手の代わりに息を整えた。


 だが異変はすぐに起きた。

 ライトが一つ、二つと瞬き、音響が一瞬潰れる。舞台上に設置された幕が、合図もなく落ちた。装置の誤作動——いや、そんな偶然ではなかった。影夜側の監視席に、逆光庁の制服が見えた。


 「儀式の純度を守るため」と彼らは言うだろう。

 だがその目は、ただ双子の動きを監視するためのものだった。


 綾人と凛人は袖に身を潜め、幕の向こうの混乱を伺った。舞台監督が何度も指示を飛ばし、照明担当が再起動を試みる。観客席からはざわめきが広がり、匿名のつぶやきが波のように流れ込む。


 ——またか。

 ——双詠の演出が壊したんだ。

 ——この“やり直し”に意味はあるのか。


 祈は客席の隅で、冷たい指先を組んだ。

 スマホを持たず、ただ口の中で小さく呟く。

 「今、あなたの待つ時間が、誰かの痛みを減らしている」

 それは誰にも届かないようでいて、届いていく。隣の観客が立ち上がろうとした肩が、ふっと落ちる。苛立ちが鎮まり、視線が舞台に戻る。祈は、言葉の糸を投げていた。無音のまま、誰かの心にひっかかる糸を。


 袖では、双子の呼吸が荒くなっていた。

 「このままじゃ、舞台が潰される」

 綾人が焦りを押し殺して言う。

 「焦るな。敵は、急がせようとしてる」雪音が短く言葉を挟む。

 「焦るのはあっちだ」凛人が応じ、喉に触れる。


 だが次の瞬間、照明が完全に落ちた。

 音響が途切れ、暗闇の中で観客のざわめきが膨らむ。

 凛人が舌打ちする。「くそっ、また純度の監視か」

 綾人が答える。「均衡の名を使えば、何でも正義になる」


 沈黙が一拍、続く。

 その沈黙を割るように、綾人が口を開いた。


 「命を使う前提で動くな」

 「……何だよ、急に」

 「お前が、そういう目をしてるから言ってる」

 凛人は短く笑った。

 「命を使わないで世界が変わるなら、誰も苦労しない」

 「それでも、生きて変える方法はあるだろ」

 「理屈はわかる。けど、均衡は“理屈”で作られてる。理屈に勝つには、代償が要るんだよ」


 正論と本音がぶつかり、間が裂けた。

 言葉の断片が、舞台袖の薄闇に落ちて消える。

 雪音が糸巻きを握りしめた。鳴らないように、指先に力が入る。


 そのとき、遠くで音がした。

 子どもの笑い声。録音ではない。記憶の中の声。

 幼い日の合唱。雪原の上で、二人が息を合わせて歌った声。

 綾人と凛人は、同時に顔を上げた。

 音の主はどこにもいない。それでも、確かにそこにあった。


 「……覚えてるか?」

 「忘れるわけない」

 短い言葉が、裂けた間を縫うように重なる。


 凛人は一歩下がり、呼吸を整えた。

 「わかったよ。命は使わない。けど、揺らす。揺らして、変える」

 綾人は頷く。「それでいい」


 二人は術式の構成を再調整した。

 完璧なテンポを捨て、揺れを取り入れる。拍のズレを意図的に残し、観客の呼吸と術式の境目を曖昧にする。

 綾人の“纏”が包み、凛人の“放”がほころびを縫う。

 微かな光が袖の奥に灯った。


 暗闇の舞台の中、観客が息を呑む。

 照明が戻った瞬間、雪音の糸が空を裂いた。

 光が走り、幕が再び上がる。観客席から小さな歓声が上がり、演目が何事もなかったように続いていく。


 だがその裏で、誰も知らない戦いが進んでいた。

 舞台装置の歯車がひとつ止まり、敵指定の回路がわずかにずれる。経路が変わり、最短が歪む。

 「揺れ、成功」

 雪音が小声で告げた。凛人の喉がまた熱を帯びる。綾人は氷嚢を差し出したが、凛人は受け取らない。

 「あと少し。今夜で、柱を立てる」


 夜の終盤。

 ステージの端に、白い封筒が落ちていた。誰も気づかないうちに滑り込んだそれを、祈が拾う。

 宛名はない。裏面に小さく「補助式」と書かれていた。


 祈はすぐに袖へ走り、雪音に渡した。

 「匿名の投書。内容は……」

 雪音が封を切り、紙を広げる。筆跡は紅葉のものだった。


 補助式は短く、冷静だった。

 〈敵指定の付け替えは一度きり。貼り換える先は“最短”。最短は、いつも傷を鋭くする〉


 その一文を読み終えたとき、三人は同時に沈黙した。

 意味は明確だ。

 祖式を完成させれば、敵指定は最短経路へ移る。

 均衡のために、刃が向かうのは、自分たちの側。


 綾人が息を吐いた。

 「……つまり、最後に傷を負うのは、俺たち」

 雪音が頷く。「祖式の成立条件。犠牲を“概念”に移すには、まず誰かが痛みを引き受ける必要がある」

 凛人は喉を押さえた。「最短は、俺だな。紅紋がある」

 「違う」綾人が即座に遮る。「二人で、だ」

 「兄ちゃん……」

 「双詠は、片方じゃ成り立たない。なら、痛みも半分ずつだ」


 祈は黙って二人を見ていた。

 恐怖も悲しみも、全部通り越した目だった。

 「だったら、私は見る。最後まで。痛みを“目撃”として残す」

 その言葉に、雪音が小さく笑った。

 「これで、四拍揃った」


 舞台の最終演目が終わり、観客が立ち上がる。拍手はまばらだが、静かに続く。

 祈の声が客席の奥で響いた。

 「——待ってください。これは終わりじゃありません」


 スポットライトが、彼女の手元を照らす。

 封筒の補助式が、白く光を返す。

 「儀式は続きます。今、あなたの待つ時間が、誰かの痛みを減らしている」


 ざわめきが広がる。けれど、誰も席を立たない。

 観客は待つ。

 待てる観客が、そこにいた。


 袖の奥で、双子が互いに頷く。

 紅紋が光を放ち、雪音の糸が再び走る。

 舞台の空気が、一瞬だけ止まった。


 ——延長公演、第二夜。

 祖式の骨に、血が通い始めた。

 痛みを受ける覚悟が、静かに形を取る。


 それは、祈りと呼ぶには熱すぎて、

 戦いと呼ぶには、静かすぎる夜だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ