第五章 海底の脈
日本国側の反撃魚雷が放たれ、原潜と通常動力艦の間で「初めての血脈」が走る瞬間を描きます。海底に響く脈動。それは「大切なことを守るため」の鼓動であり、乗員一人ひとりの心臓の音でもあります。
ここにお載せしております挿絵は、私の言葉の羅列により、A.I.が作成してくれました。
海が震えた。
「はやなみ」から放たれた魚雷が、暗黒の海底へと一直線に走り出した瞬間、艦内の空気は一層濃密に張り詰めた。
「発射確認。魚雷、正常作動」
副長・由衣の冷徹な声が響く。
ソナー長・紗良は震える手で波形を追い、その瞳に確信を宿した。
「命中コース……! 敵艦に向かっています!」
発令所の彼女たちは誰一人声を出さなかった。
心臓の鼓動が耳に響き、まるで海底全体が脈打っているかのように感じられた。
「真奈艦長」
由衣が低く声をかける。
「命中すれば……武力行使は現実になります」
「もう、始まっているわ」
真奈の声は揺らがない。
「この脈動を、私たちは選んだの」
そのとき。
ソナーが甲高い警告音を鳴らした。
「敵艦、回避運動! ……急速旋回してます!」
紗良が叫ぶ。
「魚雷、敵艦を追尾中……しかし!」
波形が大きく乱れ、敵艦の音紋が消えかけた。
「デコイです! 敵、対抗手段を展開!」
由衣が鋭く言い放つ。
次の瞬間、爆音が海を揺るがした。
轟音が艦体を震わせ、照明が一瞬明滅する。
「命中か!?」
誰もが息を呑む。
紗良が目を凝らし、報告する。
「……外れました。デコイに誘導されました」
発令所に、重苦しい沈黙が落ちた。
だが同時に、別の報告が重なる。
「しらなみから通信! “敵の二射目も回避成功。反撃魚雷発射”!」
霧島葵艦長の「しらなみ」もまた、死線を潜り抜け、鋼鉄の牙を放っていた。
「海底が……震えてる」
ソナー員の紗良が呟いた。
彼女の耳には、魚雷と艦体、爆発と心臓の音が交錯し、まるで大地の奥底に巨大な心臓が鼓動しているように感じられた。
「これが……海底の脈」
その言葉に、真奈は目を細める。
「敵は二隻。私たちも二隻。互いの鼓動が絡み合って、この水域全体が心臓のように震えている」
真奈は独り言のように呟いた。
その瞬間、ソナーが再び警告を鳴らした。
「敵艦、三射目の魚雷! こちらを狙っています!」
由衣が叫ぶ。
「距離八千ヤード、接近速度二十ノット以上!」
真奈は一瞬も迷わなかった。
「全乗員、回避行動! 左舷25度、深度上昇!」
「了解!」
艦体が大きく傾き、圧力の波が女性たちの身体を押し潰す。
その中でも、誰一人悲鳴を上げる者はいなかった。
歯を食いしばり、唇を噛み、ただ任務に集中していた。
「デコイ射出!」
後部から囮装置が放たれ、海中に雑音が広がる。
「……来る!」
紗良が叫んだ次の瞬間、轟音が走った。
激しい揺れ。艦内の照明が一瞬暗転する。
乗員たちが身体を支え、唇を噛みしめた。
「直撃ではありません! 至近爆発!」
紗良の報告に、艦内に短い安堵が走る。
だが、それは嵐の前の静けさに過ぎなかった。
「もう一隻の原潜も……魚雷発射!」
「二重攻撃!?」
由衣が驚愕の声を上げる。
真奈は眉一つ動かさず、鋭く命じた。
「二番、三番魚雷。迎撃発射!」
圧縮空気の衝撃音が艦を震わせる。
海中を走る二本の魚雷が、迫る敵弾を迎え撃つ。
数秒後。
暗闇を裂くような爆音が響き渡った。
水圧が艦体を押し潰すほどの衝撃が走り、艦内の女性たちは座席にしがみつく。
「迎撃成功! 敵魚雷、一本撃破!」
紗良の報告に、由衣が低く頷いた。
「だが、もう一本は残っている」
その瞬間、真奈の瞳が冷たく光った。
「……なら、私たちの鼓動で呑み込むわよ」
海底の脈動は、ますます激しさを増していった。
敵も味方も、心臓を剥き出しにして鼓動を響かせ合う。
それは戦いであり、祈りでもあった。
「全乗員、覚悟を!」
真奈の声が艦内に響いた。
その瞬間、海底の脈は頂点に達し、次の一撃が水中を駆け抜けようとしていた。
[次回へ]
お読みくださりありがとうございました。
いかがでしたでしょうか?
次回は、ここからは敵の攻撃がさらに熾烈になり、日本国側の潜水艦が極限状態に追い込まれていく展開です。