第四章 一線
原潜側がついに魚雷発射管を開く音を晒し、日本側の女性艦長たちが「一線を越えるかどうか」の決断を迫られる場面です。
ここにお載せしております挿絵は、私の言葉の羅列により、A.I.が作成してくれました。
海の奥底で、鋼鉄がきしむような鈍い響きが広がった。
ソナー席に座る紗良は、指が震えるのを抑えながら耳を澄ませ、血の気の引く声を上げた。
「艦長……! 敵艦の発射管、開放音を確認!」
艦内が凍りつく。
その言葉は、武器の安全装置を外し、明らかに武器を私達に向けたことを意味する。
乗員たちの呼吸が一斉に浅くなり、静かな艦内に心臓の鼓動だけが轟いていた。
「魚雷発射の準備完了、ということね……」
副長・由衣の低い声が発令所に響く。
真奈艦長はゆっくりと息を吐き、冷徹な眼差しを前方に向けた。
「こちらも発射管を開ける。だが、まだ撃たないで」
「了解」
由衣の声に、魚雷管員たちが即座に応答する。
鋼鉄の音が艦内に響き、発射管が次々に開かれていく。
双方の潜水艦が牙を剥いた。
その瞬間、海の静寂は「臨界点」に達した。
「はやなみ」の発令所では、誰もが自分の手が汗で濡れていることに気づいていた。
だがそれでも、彼女たちは配置を離れず、瞳を前に向け続けている。
「……葵、そっちは?」
通信が開かれ、真奈が問う。
『しらなみ、敵艦の発射管開放を確認。こちらも同じ対応を取ったわ』
葵艦長の声は張り詰めていたが、震えはなかった。
『真奈、これはもう“武力行使”よ。発射されれば、こちらも撃たざるを得ない』
「わかってる」
真奈は短く答えた。
敵の原潜二隻は、互いに連携していた。
一方が「しらなみ」を照射し、もう一方が「はやなみ」を狙う。
完全に二隻を分断し、同時に沈めるつもりなのだ。
ソナー波形が激しく乱れる。
「艦長、敵の一隻、動きが不規則です! ……明らかに射点を探しています!」
紗良の声が高ぶる。
真奈の脳裏を、数多の訓練と戦史が駆け巡った。
攻撃を受ければ即応射出。だが先に射出すれば、責任は日本国に降りかかる。
一線を越えるべきかどうか?
発令所に重苦しい沈黙が落ちた。
副長・由衣が、冷ややかだが確かな声で言う。
「艦長。迷えば、皆が……。命令を」
ソナー長・紗良が唇を噛み、震える声で訴える。
「でも……でも、撃ったら……」
それは恐怖ではなく、将来の命運を背負う者の葛藤の声だった。
真奈は両手を膝に置き、指を組んだ。
彼女の脳裏に、艦を預かる彼女たちの顔が次々と浮かぶ。
皆が恐怖を押し殺し、それでもこの海を守るためにここにいる。
「……撃つのは簡単。でも、一度撃てば戻れない」
そのとき、通信が再び開いた。
葵の声が鋭く響く。
『真奈! 敵艦の魚雷発射音を確認!』
艦内に電撃が走る。
由衣が即座に叫んだ。
「来ます! 距離一万ヤード、魚雷接近!」
艦内の女性たちが絶叫を飲み込む。
真奈は目を閉じ、一瞬だけ静かに息を吐いた。
そして、瞳を開くと同時に、全てを決断した。
「全乗員。回避行動! 右舷35度、深度急降下! 魚雷迎撃用デコイ射出!」
由衣が即座に復唱し、クルーたちが一斉に動き出す。
次の瞬間、鋼鉄の艦体が激しく傾き、海の暗黒を切り裂いて潜航した。
衝撃波のような音が艦を叩く。
「魚雷、デコイに食いつきました!」
紗良の声が歓喜を孕む。だが安心する暇はない。
「もう一本! 二射目も来てます!」
真奈の心臓が高鳴る。
この瞬間、海は完全に戦場へと変わった。
「由衣、反撃準備!」
「了解!」
魚雷装填の報告が次々に上がる。
真奈は短く息を吸い、命じた。
「一線を越える。撃て!」
次の瞬間、鋼鉄の牙が海中に解き放たれた。
圧縮空気の衝撃とともに、魚雷が暗い海を走り出す。
海の闇は、もはや沈黙の世界ではなかった。
光なき戦場に、一線が引かれた。
それは人類が繰り返す「戦いの歴史」の、また新たな一章だった。
[次回へ]
お読みくださりありがとうございました。
いかがでしたでしょうか?
次回は、相互の魚雷の軌跡と駆け引きが描かれる実戦局面です。