第三章 探照
国籍不明原潜がついに沈黙を破り、日本国側の潜水艦に対して強烈な「探照音」(ソナー・アクティブ波)を照射します。それは水中での「武器を向ける」に等しい威嚇行為。女性艦長たちと乗員は、極限の心理戦の中で次の一手を模索します。
ここにお載せしております挿絵は、私の言葉の羅列により、A.I.が作成してくれました。
海が震えた。
「はやなみ」発令所。
突然、低く唸るような衝撃波が艦体を叩いた。
壁がかすかに軋み、計器が震え、艦内の女性たちが息を呑む。
「な、何だ!?」
ソナー長・紗良が顔を上げる。
「アクティブ音波……! 敵艦、こちらに探照を照射してきました!」
艦内の空気が一気に凍りつく。
潜水艦戦において、アクティブ音波を発することは「隠密を捨てた攻撃意志表示」と同義。
武器を突き付けられたのと同じだ。
副長・由衣が鋭く息を吐く。
「……挑発じゃありません。これは“実戦行為”です」
「ええ」
艦長・真奈は短く答えた。
その声は冷え切っていたが、内心の鼓動は速まっていた。
ソナーには、巨大な波形が躍っている。
原子力潜水艦。その正体不明の艦は、海の闇に巨大な探照を灯し、「はやなみ」を正確に炙り出していた。
「艦長、このままでは完全に位置を暴露されます!」
「回避運動、開始!」
真奈は即座に命じる。
「右舷15度、深度200! 成層に逃げ込む!」
機関科員たちが声を合わせ、スラスターが唸りを上げる。
鋼鉄の艦体が海中でしなり、暗流を裂いて潜り込む。
だが。
「二隻目の原潜からも探照音!」
紗良が悲鳴のように報告した。
「……完全に囲まれました」
由衣の瞳が冷たく光る。
沈黙を守っていた敵は、もはや正体を隠す気もなかった。
二隻同時のアクティブ音波照射。
それは「あなたたちを完全に捕捉した」と宣告する一撃である。
同時刻、「しらなみ」。
「こっちもよ!」
副長・芹沢涼子が叫ぶ。
「探照波、強烈! ……艦長、完全に炙られてます!」
艦長・葵は歯を食いしばった。
「やるじゃない……。静かに睨み合うんじゃなく、真正面から光を浴びせてきたか」
艦内の空気が爆ぜるように張り詰めていた。
女性乗員たちは恐怖を隠せない。それでも誰一人、配置を離れることはなかった。
「涼子、副長。対抗手段は?」
「囮ノイズでは効果薄です。アクティブで直接“視られて”いる以上……」
「なら、逆にこちらも晒すしかない」
葵の口元に笑みが浮かぶ。
「真奈、聞こえる? こっちは照らされて丸見えよ。そっちは?」
『同じ。……奴ら、完全に“捕捉した”の態度』
「じゃあ、隠密偵察行動はもうやめよう。こっちも光を返す」
「しらなみ」艦橋に緊張が走る。
副長が目を見開く。
「艦長、こちらもアクティブを!? そんなことをすれば」
「ええ、位置は完全に暴露される。でもね、“見返す”ことに意味がある」
葵は冷徹に笑った。
「捕捉されて黙って見過ごすわけにはいかない。こちらも捕捉し“あなたを見る側”だってことを、知らしめる」
次の瞬間、「しらなみ」から強烈なアクティブ探照波が放たれた。
海中が震え、敵艦の輪郭が鮮明に浮かび上がる。
紗良の報告が真奈の耳に飛び込んできた。
「はやなみ艦長! しらなみからアクティブ照射! 敵艦、反応しています!」
真奈はわずかに瞳を細めた。
葵らしい。挑発に挑発で応じ、心理の均衡を取り戻す。
だが同時に、これは危険な賭けだった。
水中戦は、相手の「視認範囲」をいかに狭めるかで勝敗が決まる。
自ら光を放つことは、夜の戦場で松明を掲げるのに等しい。
「……由衣、副長。こちらも準備を」
「了解」
真奈は一瞬の逡巡もなく決断した。
「発射管一番から三番、魚雷装填。安全装置は維持」
艦内に緊迫が走る。
魚雷射出。海の暗黒に潜む牙。
それが解き放たれれば、もはや後戻りはできない。
「艦長……」
紗良が震える声で呼びかける。
「撃つのですか?」
真奈は答えなかった。答えられなかった。
ただ、その瞳には確かな意志だけが宿っていた。
通信が入る。葵の声。
『真奈。光を当て合った以上、次は牙を剥くかどうかよ。……どうする?』
「こちらはまだ保留する」
『強いわね。私は迷いそう』
「迷うのが普通よ。……迷わなければ、人じゃない」
その一瞬、二人の女性艦長の間に、短くも深い理解が流れた。
恐怖を知り、迷いを抱き、それでも立ち続ける者だけが、艦を導くことができる。
再び海が震える。
「敵艦、さらに強力な探照音! ……まるで“試して”いるようです!」
紗良の叫びが艦内を貫いた。
真奈は立ち上がり、艦内に響く声で言った。
「全乗員、耐えて。これはただの光じゃない。“心を試す探照”だ」
彼女たちの胸に、その言葉が深く刺さった。
恐怖も、迷いも、痛みも、光の中で晒される。
だが彼女たちは誓った。
絶対に、子ども達のためにもこの海を渡すわけにはいかない。
探照音の海は、次の瞬間、牙を剥く戦場に変わるだろう。
だがまだ、その一線は越えられていなかった。
真奈は心の奥底で呟いた。
「……次は、私たちが照らす番」
[次回へ]
お読みくださりありがとうございました。
いかがでしたでしょうか?
次回は、原潜が先に実際の攻撃行動に踏み切るか?日本側が先手を打つか?極限の決断が迫られる場面となります。