第二章 暗流
国籍不明原潜の動きがさらに挑発的になり、「はやなみ」「しらなみ」の両艦が互いに連携しつつ、暗流のように交錯する緊張の駆け引きがまだ続きます。
ここにお載せしております挿絵は、私の言葉の羅列により、A.I.が作成してくれました。
海は沈黙していた。
表層では風も波も穏やかで、沿岸の灯台が変わらず光を放っている。だがその水深二百メートル、音も光も遮断された世界では、四つの鋼鉄の巨影が互いを睨み合い、静かに位置を変えていた。
「しらなみ」発令所。
艦長・霧島葵は指揮席に腰を下ろし、鋭い眼差しで表示盤を見つめていた。彼女の髪は短く軽やかに揺れ、表情には一切の動揺がなかった。
「目標二隻、こちらを中心に弧を描くように接近中。……まるで“狩り”ね」
副長の芹沢涼子が唇を引き結ぶ。
「艦長、挑発は明らかです。……ただ、撃ってこない。水中音響でも応答ゼロ。沈黙が逆に怖い」
「怖いからこそ、冷静にならなきゃね」
葵は片手で顎を支え、低く言い放つ。
日本国の潜水艦乗りたちは、常に「音」を敵味方の呼吸として感じ取る訓練を積んでいる。
沈黙とは、時に最強の威圧であり、最大の武器でもあった。
『こちら、はやなみ。真奈よ』
葵の耳元で通信が開く。
「葵、彼らは分断を狙っている。あなたの艦を南側から、私の艦を北側から。……暗流のように包囲してくるつもり」
『同感。水温成層の差を利用して、音をすり抜けてる。……狡猾ね』
「ええ。だが“狡猾”は恐れじゃない。読み解けるなら、逆手に取れる」
葵の声は、どこか挑発的ですらあった。真奈が冷徹に計算するのに対し、葵は感覚と直感で水中戦を渡り切る。
両艦長は全く正反対。だが二人が揃った時、互いの欠けを補い合うように、全体は鋭さを増すのだった。
「葵艦長、行動案を提示します」
芹沢副長が作戦盤に指を滑らせる。
「成層下の敵艦は速度二十ノット以上。今のままでは追従困難です。……ただ、もしこちらが成層上に囮のノイズを流せば、奴らは反応する可能性が高い」
「囮、ね。音響ジャミング?」
「はい。訓練用のダミー・ノイズ発生器を射出すれば……」
葵は目を細め、数秒考え込んだ。
「いいわ。ただし本命は別。真奈と連携して挟み撃ちにする」
芹沢は息を呑んだ。
「敵は原潜ですよ? 速度も持続力も段違いです」
「だからこそ、静粛性の勝負に持ち込むの」
葵の口元には、わずかな笑みが浮かんでいた。
同じ頃、「はやなみ」発令所では真奈が冷徹な指示を出していた。
「由衣、副長。航行ルートを修正。敵艦がこちらを包囲する前に、成層を突き破る。……私たちの強みは一撃の静けさ」
「了解。……ただしリスクは高いです。位置を暴露する恐れも」
「承知の上」
真奈の声は微動だにしない。
「私たちは盾。子ども達を守る楯。恐れに膝をつくわけにはいかない」
その声に、クルーたちの背筋が伸びた。
ソナー長・紗良は汗を拭いもせず、波形のわずかな乱れを追う。
「艦長……。敵艦、進路変更。しらなみに近づいてます!」
「やはり。……葵、準備を」
真奈が短く通信を送ると、葵の声が即座に返った。
『こちら準備完了。ダミー発射するわ』
次の瞬間、「しらなみ」の射出口から小型の発生器が海流に乗って放たれた。
数秒後、海中に人工的なノイズが広がる。原潜のセンサーにとっては、あたかも新たな潜水艦が出現したかのように映る。
「命中。……敵、反応!」
芹沢が叫んだ。スクリーン上で原潜の軌跡が急速に曲がる。
「釣れたわね」
葵は笑みを消し、目を鋭く細めた。
「真奈、今よ!」
『了解。全艦、静粛航行。敵の背後を取る』
成層を突破し、海流に乗って「はやなみ」が敵艦の死角に滑り込む。
誰一人、息を乱さない。緊張の糸は限界まで張り詰め、汗が背を伝う。
だがその緊張の中に、確かな誇りと連帯感があった。
「距離一万ヤード……八千……六千」
ソナーの報告が重く響く。
「捕捉完了。魚雷射程内」
由衣の声は冷徹そのもの。だが目の奥には火が宿っていた。
真奈は一瞬、瞼を閉じた。
この引き金を引けば、すべてが変わる。子ども達の未来も、世界の均衡も。
「撃て」と命じれば、武力行使は現実になる。
「撃つな」と命じれば、主権は蹂躙される。
歴史の繰り返し。だが、選ぶのは私たち。
「艦長」
副長の由衣が問う。
「ご命令を」
真奈の唇が、静かに動いた。
「……待て。まだ時ではない」
艦内に、短い安堵と、さらに濃い緊張が同時に広がる。
「この暗流に呑まれるか、それとも泳ぎ切るか。次の瞬間で決まる」
真奈はそう呟いた。
海の闇は深く、音なき叫びが波間を駆け抜ける。
二隻の通常動力艦と二隻の原潜。
いま、静かなる戦いの火蓋は、まだ閉ざされたまま。だが誰もが知っていた。次章では必ず火が点る、と。
[次回へ]
お読みくださりありがとうございました。
いかでしたでしょうか?
次回は、国籍不明原潜がついに沈黙を破り、日本側の潜水艦に対して強烈な「探照音」(ソナー・アクティブ波)を照射します。それは水中での「武器を向ける」に等しい威嚇行為。女性艦長たちと乗員は、極限の心理戦の中で次の一手を模索します。