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序章 波間の兆し

狂飆の始まり。

ここにお載せしております挿絵は、私の言葉の羅列により、A.I.が作成してくれました。


伊勢湾の夜は、蒼い闇に包まれていた。

 水面は静かに見えても、潮流は複雑に絡み合い、伊良湖水道へと流れ込む海の呼吸は、潜水艦乗りにとって一瞬の油断も許さない。

 その暗い海中を、二隻の艦影が静かに滑っていた。最新鋭の通常動力攻撃潜水艦で日本が誇る第七世代艦「はやなみ」と「しらなみ」である。


「はやなみ」艦長・朝霧真奈 二等海佐は、指揮席に深く腰を掛け、ヘッドフォン越しに響く低いソナー音に耳を澄ませていた。長い黒髪を後ろでひとつに束ねたその横顔は鋭く、だが瞳には揺らぎのない冷徹な光が宿っている。彼女は女性で初めてたいげい型の艦長に任ぜられた逸材であった。


 「真奈艦長、異常なし。水温成層、通常値です」


 報告したのはソナー長の水城紗良 二等海尉。ヘッドセットを肩にかけ、眼鏡越しにコンソールの波形を追いながら、指先でリズムを刻む癖がある。几帳面さと神経質さが入り混じるその性格は、音の世界に身を置くソナー員として最適だった。


 「……いいえ、紗良。聞こえるわ。微かな、低周波……潜っている」


 真奈は目を閉じ、息を潜めるように囁いた。

 艦内の空気が、一瞬で張り詰める。周囲のクルーも息を呑む。夜の海は深く静まり返っているはずなのに、その底から別の「心臓の鼓動」が響いてくるようだった。


 「解析します。……周波数帯、原子力艦の可能性高いです」

 紗良の声は震えていた。

 「艦長、伊勢湾内で原潜ですか? そんな……」


 艦内に緊張が走る。日本の主権水域に、原子力潜水艦。

 それは明確な侵害行為であり、挑発でもある。


 「位置を特定しなさい。……それと、葵艦長に連絡を」

 真奈は冷徹な声で命じた。

 すぐさま隣接水域を哨戒中の姉妹艦「しらなみ」に通信が送られる。応答したのはもう一人の艦長は霧島葵 二等海佐。短く切り揃えた茶色がかった髪を持ち、明朗闊達な性格で乗員から慕われる女性指揮官である。


 『こちらしらなみ、葵よ。……感づいたわね、真奈』

 「ええ。あなたも?」

 『もちろん。二隻いるわ。どちらも反応炉を抱えてる。音紋は未確認……国籍不明』


 二人の声が交錯する。姉妹艦同士、互いの息遣いまで分かる距離感。だが今回ばかりは、互いの鼓動が速まっているのを悟っていた。

 通常動力潜水艦にとって、原子力潜水艦との遭遇は最悪の事態である。速度も潜航持続力も段違い。真正面からの戦闘となれば、勝ち目は薄い。

 だがここは伊勢湾、伊良湖水道。日本の海だ。退くことは許されない。


 「真奈艦長、警告信号を送りますか?」

 副長の白石由衣 一等海尉が問う。彼女は長身で凛とした佇まいを持ち、部下からは“氷の副長”と呼ばれていた。だがその冷静さこそが真奈の右腕となっていた。

 「ええ。国際法に則って警告を。……ただし応答は期待できないわ」

 真奈は低く言い放つ。


 送信された音響信号は、海中を震わせながら遠くへと広がった。

 ―日本国主権水域を侵犯中の潜水艦に告ぐ。直ちに退去せよ―

 だが返答は、ない。海は沈黙を保ち、ただ不気味な低周波の鼓動だけが聞こえている。


 「無視、ですか……」

 紗良が呟いたその瞬間、ソナー画面に新たな影が浮かんだ。もう一隻。

 「二隻目確認! 原子力潜水艦です!」

 「やはり……」真奈は短く息を吐いた。

 国籍不明の原潜が二隻。日本の通常動力艦二隻と、数的には拮抗している。だが戦力差は歴然であった。


 艦内には緊張と恐怖が渦巻く。だが、誰一人声を荒げる者はいなかった。女性たちの瞳には、覚悟と誇りが宿っていた。

 「……不明艦の狙いは何?」

 葵の声が通信に乗る。

 「挑発か、それとも……探りか」

 真奈は答えない。答えられない。だが直感は告げていた。これはただの偶然でも、航路逸脱でもない。

 何かが始まろうとしている。

 日本近海を震源とした、新しい戦いの幕開けが。


 「全乗員、戦闘配置を維持。これより任務を拡大する」

 真奈の声が艦内を貫いた。乗員たちは黙って頷き、それぞれの持ち場に視線を戻す。

 海底を這う鋼鉄の影は、いまやただの警戒航行ではなく、見えぬ敵との心理戦の渦中にあった。


 艦橋の照明が赤に変わる。空気が張り詰め、汗の匂いと鉄の匂いが入り混じる。

 紗良はイヤーパッドを強く押さえ、わずかな音の乱れさえ聞き逃すまいと集中する。

 由衣は作戦盤に指を走らせ、可能な回避・攻撃行動を即座にシミュレートする。

 真奈は胸の奥で、言葉にできぬ熱を感じていた。怖い。しかし同時に、指揮官として立ち向かわねばならない責務がある。


 外界は何事もないように穏やかだ。伊勢湾の夜風は凪ぎ、岸辺では灯台の明かりが静かに瞬いている。

 だがその海の底では、四隻の潜水艦が互いに睨み合い、戦火へと傾くか否かの瀬戸際にあった。


 真奈は最後に短く呟いた。

 「歴史は繰り返す。ならば、今度こそ守り抜く」


 その言葉を合図に、闇の海は不穏な波を孕み、物語は始まろうとしていた。

 [次回へ]

 挿絵(By みてみん)

お読みくださりありがとうございました。

いかがでしたでしょうか?

次回は、舞台は序章の緊張を受け、通常動力潜水艦「はやなみ」「しらなみ」の両艦が警戒態勢を強め、国籍不明原潜二隻との駆け引きが始まります。

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― 新着の感想 ―
伊勢湾の夜の闇に漂う謎の低周波…2対2の、見えぬ敵との心理戦に、緊張感が走るのがとても伝わってきました。 ラストの真奈の言葉に、指揮官としての強い決意を感じます。続きも楽しみに、これからも読ませてい…
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