表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

魔王討伐

「ゆ、勇者、さま……?」


 シュバルトート王の声に、はっ、と我に返る。


「あ、いや、す、すいません……」


 完全に見惚れてしまっていた。


 目の前にいる美女。


 アシェリン・アオスブルーフに。


 前世では、ほとんど外出することなかったため、現実の世界で、西洋系の美女を見るのは初めてだった。


 それにもしても、彼女は美しい。漫画やアニメのヒロインでも、これほど美しく感じたことはない。


 これが、二次元と三次元の差なのか。


 生まれ変わって初めて知った。


 二次元と三次元の女の子には、圧倒的な差があることに。


 アシェリンは、表情を変えることなく、ジッとこちらを見ている。


 僕も、彼女の顔や身体を隈なく見たいが、やはり、緊張と恥ずかしさで、どうしても、彼女から目を反らしてしまう。


 仕方ないことだ。


 なぜなら、高校を卒業してから、こうやって三次元の女の子をちゃんと見たことがないからだ。


「あ、あの……勇者さま、大丈夫ですか?」


 王が心配そうに眉をひそめた。


 マズい、アシェリンの美しさと可愛さ、そしてエロさに動揺して、挙動がおかしくなっていたのか。


 僕は、心を鎮めるため、小さく息を吸った。


「失礼しました」


 努めて冷静な態度を装った。


「で、僕をこの世界に呼んだ理由は何ですか?」


 王の目が輝くのが分かった。


「おおっ、さすがは勇者さま、話がお早い。失礼ですが端的に申し上げます」


 王が恭しく腰を曲げた。


「勇者さまには、このアシェリンと共に、魔王討伐に出て頂きたいのです!」


 王の言葉に、アシェリンが小さく会釈した。


「魔王討伐……」


 さすがは異世界。


 勇者に転生して、魔王討伐の旅に出る。


 しかも、超絶美人ヒロインと一緒に。


 まさに最高のテンプレ展開だ。


「現在、我がイシクラル王国は、魔王によって放たれた瘴気によって、滅亡の危機にあります。どうぞ、勇者さま、魔王を打ち倒し、この世界をお救い下さい」


 王が跪いて、懇願するように僕を見上げた。


 隣にいたアシェリンも、ゆっくりと跪き、大きな瞳で、僕のほうを見上げた。


 その青く大きな瞳に、吸い込まれそうになった。


「分かりました。僕に任せて下さい」


 拒む理由など、どこにもない。


 異世界に勇者として転生して、絶世の美女とともに、魔王討伐に向かうのだ。まさにこれは、長年望んでいた最高の展開。主人公とヒロインが困難を乗り越えながら、互いを助け合い、分かり合って、徐々に距離を近づけていき、それはやがて情熱的な愛へと変わり、魔王を討伐したのち、めでたく二人は結ばれる。そして平和となった世界で、ラブラブなスローライフを送る。


 まさに、王道的テンプレ展開。


 僕にとって、長年、妄想し続けていた最高の展開だ。


「あ、ありがとうございます!」


 王は跪いたまま、深々と首を垂れた。


 いやいや、お礼を言いたいのは僕のほうだ。


「では、今夜は、我が城でゆっくりと休んでいって下さい。それまでに旅立ちのご準備を整えておきます。アシェリン、勇者さまを、お部屋へとご案内してくれ」


「分かりました」


 アシェリン・アオスブルーフは、ゆっくりと立ち上がり、僕のほうへと視線を向けた。


「勇者さま……」


 アシェリンが、僕の顔をジッと見つめる。


 あまりの美しさに、心臓の高鳴る音が聞こえた。


「ど、どうかした?」


「まずは、お召し物に、お着替え下さい」


「へ? あっ、わわわっ!」


 そう、僕は全裸だった。


 厳密に言うと、全裸にマントを羽織った状態だ。


 完全に変態である。


 僕は慌てて、アシェリンに渡された服に着替えた。




 城内は、不気味なほどに静まり返っていた。


 僕とアシェリンの靴音だけが、規則的に響いている。


 弱々しい松明を掲げながら、アシェリンは僕の前を歩いていた。


 彼女の後を追う。


 辺りは真っ暗だ。


 今が何時なのか、まったく分からない。


 この異様な静けさから、恐らくは真夜中だろう。


 アシェリンの持つ松明の灯りが、ゆらゆらと揺れている。


 ふと、窓の横を通り過ぎると、凍てつくほどの冷気が全身に纏わりついた。


 寒い。


 めちゃくちゃ寒い。


 決して薄着をしているわけではない。チュニックを何枚も重ねた上に、毛皮の外套も羽織っている。このまま外に出ても、問題のない恰好だ。


 だが、寒い。


 めちゃくちゃ寒い。


 城内は、異常なほど寒かった。


「あーあ、まさか真冬に転生しちゃうなんて、ホント、ツイてないなぁ……」


「真冬?」


 アシェリンが、静かに振り向いた。


「勇者さま、今は春ですよ」


「は、春? こんなに寒いのに?」


 夜中だから、こんなに冷え切っているのか。まあ、異世界とは言っても、地理的にはヨーロッパに近いはずだ。ヨーロッパに行ったことはないが、恐らく緯度が高い分、日本よりも遥かに寒いはずだ。


 だとしても、この寒さは異常だ。この国は、世界でもかなり北側にあるのだろうか。


「勇者さま、今日はもう遅いので、こちらでお休み下さい」


 アシェリンが松明を向けると、ぼんやりと大きな扉が浮かび上がった。


 ゆっくりと扉を開ける。


 こもっていた冷気が、床を這うように通り過ぎていった。


 思わず身震いをした。


 部屋の中は、恐ろしいほどに真っ暗だった。


 アシェリンは、慣れた様子で部屋に入り、松明の灯りを近づけた。すると、ロウソクに、炎が灯り、ゆらゆらと白いベッドを浮かび上がらせた。


「どうぞ、ゆっくりとお休みください」


 そう言い残すと、アシェリンは、さっさと部屋から出て行った。


 ロウソクの灯りしかないため、周囲は不気味な闇に包まれている。


 僕は、ぼんやりと浮かび上がるベッドに、ゆっくりと腰を掛けた。


 キンキンに冷えたカッチカチのベッドだ。


 正直、眠れる気がまったくしない。


 灯りの方へ視線を向けると、簡素な木製のテーブルがあり、その上に置かれた粗末な燭台にロウソクが刺さっている。


「ずいぶんと原始的だな……」


 異世界と言えば、やはり魔法だ。灯りなんかも、魔法でパッと明るくすることが出来そうな気がするが、この城の異常な暗さに加え、松明を使用していたところを見ると、現実は違っているようだ。


 それにしても静かだ。


 人の気配がまったくしない。


 そう言えば、王とアシェリン以外、誰にも会っていない。


 まあ、夜中だから、使用人たちも休んでいるのだろう。


 僕は、ベッドに寝転んだ。


 キンキンに冷えたベッドの下から、冷気が滲み込んで来るのが分かった。全身に寒気が走り、震えが込み上げてきた。しかも尋常じゃないほどカッチカチのベッドだ。


 やっぱり眠れる気がしない。


 この異常な寒さから意識を逸らすため、僕は妄想に徹することに決めた。


 妄想の相手は、もちろん、この異世界冒険譚のヒロインであるアシェリンだ。


 とんでもない美人だった。


 前世では、見たことのない美人だった。


 異世界転生において、ヒロインが超絶美人ということはテンプレだが、まさかこれほどまでに美人だとは思わなかった。


 あんな美人で可愛い子と、これから冒険の旅に出るなんて、胸の高鳴りが止まらない。


 それにしても、ヤバいほどエロい恰好をしていた。


 丈の長いローブの下には、露出度の高いビキニアーマーを装着していた。


 下着の上からロングコートを羽織っているような恰好だ。


 彼女には申し訳ないが、変態的なファッションだ。


 ――彼女は、我が国で唯一、戦士、僧侶、魔法使いの資格を持つ者で、魔僧戦士と呼ばれております。


 確か、王様がそんなことを言っていた。


 彼女一人で、三つの職業に就いているのか?


 よく分からないが、定番のRPGゲームでは、僧侶と魔法使いの魔法が使える賢者という職業があったが、そこに戦士の能力が加わる職業など聞いたことがない。


 あっ、そう言うことか。


 あの三角帽子とローブは魔法使いの証で、深紅のビキニアーマーは戦士の証ってことか。


 ん? だったら僧侶の証はどこにあるんだ?


 まあ、そんなことどうでもいいけど。


 とにかく、これから美人で可愛くてエロい恰好のヒロインと旅に出る。


 そう考えると、寒さに凍えていた身体から、徐々に熱が沸き上がってきた。


 何だか、冷たいのか熱いのか分からなくなってきた。


 アシェリンのことを考えていると、やたらと悶々としてきて、いかがわしい想像ばかりしてしまう。


 それほどまでに、彼女は魅力的だった。


 興奮は高まっていったが、転生したばかりで疲れていたのか、次第に眠気が襲ってきた。


 浅い眠りを繰り返しながらも、意識はゆっくりと深い闇へと吸い込まれていった。




「勇者さま、勇者さま、朝です、起きて下さい」


 透き通った品のある声。


 僕は、ゆっくりと瞼を開いた。


 松明の火がゆらゆらと揺れている。


 その灯りに照らされ、アシェリンの美しい顔が映った。


「えっ? もう朝?」


 慌てて起き上がって、辺りを見渡す。


 真っ暗だ。


 眠る前と何も変わっていない。


 ただ、ロウソクの火は消えていた。


 暗闇に目が慣れてきたのか、ベッドの上に小窓が見えた。


 窓から光は射しておらず、薄い闇が流れて込んでいる。


「ずいぶんと朝が早いんだね……」


 あくびをしながら言うと、アシェリンが小首を傾げた。


「そうですか? 勇者さまがいた世界とは時間の感覚が違うのでしょうか……」


 その時、窓の外から鐘の音が聞こえてきた。


「あれは、朝を知らせる教会の鐘の音です」


「そ、そうなんだ……」


 異世界の朝はとんでもなく早い。


 僕は勝手にそう思い込んでいた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ