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魔僧戦士

 僕の目の前では、くたびれた風体の男が、嬉しそうに小躍りをしている。


 年齢は五十代前後だろうか。だが、病的な痩せており、顔中に染みが浮き上がり、シワが刻まれているため、老人に見えなくもない。


 そして、見るからに不潔そうな姿をしている。


 やはり、ホームレスにしか見えない。


 男が飛び跳ねるたびに、大きなマントが波打ち、金色の王冠が小気味よく揺れた。


 僕は、おもむろに、周囲を見渡した。


 弱々しいロウソクの灯りに照らされ、石造りの壁が、ぼんやりと浮かび上がる。


 感覚的に、部屋はかなり広いように思えるが、包み込んでいる闇があまりにも濃厚なため、ロウソクの灯りだけでは、その広さを知ることはできない。


 周囲は異様なほど暗く、そして静かだった。


 目の前のホームレス以外、誰もいない。


 今は深夜なのか?


 ふいに、猛烈な寒さが込み上げた。


 室内とは思えないほど寒さ。石が敷き詰められた床から、尋常ではないほどの冷気が沸き上がっている。


 足の指先から、冷気が駆け上がり、全身を凍りつかせた。


 そう、今の僕は全裸だ。


 僕がくしゃみをすると、ホームレスの男が、慌ててこちらを見た。


「お、おわっ、す、すみません、勇者さま、さぞ、お寒かったでしょう。ど、どうぞ、これを!」


 男は羽織っていた毛皮のマントを脱ぐと、僕の肩にそっと掛けてくれた。


 僕は、うっ、と口元を抑えた。


 マントからは、とんでもない異臭が漂っていた。


 やっぱり、この男、ホームレスだろ。


「勇者さま、ようこそ我が国、イクシラルへ」


 ホームレスの男が、恭しく首を垂れた。


「私は、王国のシュバルトートです」


「お、王様っ?」


 このホームレスが?


 確かに、全体的に薄汚い恰好をしているが、被っている王冠だけは、やたらと眩い光を放っている。それに異臭の漂うマントも、よく見ると、細かな刺繍と細工が施されていて、かなり凝った作りをしている。


 まさか、本当に王様なのか。


「勇者さまを召喚したのには訳がありまして――」


「あ、いや、あのぉ、さっきから、勇者さま、勇者さまって言ってますが、それって、僕のことですか?」


 冷え切った室内に、沈黙が落ちた。


「もちろん、そうですが……」


 王が、目を丸くしながら言った。


「この私が、勇者さまを召喚しました!」


 どこか自慢げに、王は鼻を鳴らした。


 なるほど……。


 どうやら僕は、勇者として異世界転生を果たしたようだ。そして、女神の言うように、チート能力を宿した状態で転生したのだろう。だったら勇者であっても不思議じゃない。


 ふいに、腹の奥底から漲ってくるエネルギーを感じた。前世では感じたことがないほどに、力が沸き上がってくる。これが精霊の加護であり、勇者である証なのか。


 間違いない。


 僕は勇者に転生した。


 生前、散々と言っていいほど、異世界転生転移のラノベと漫画を読み漁ってきた僕にとって、現在の状況を理解するのは簡単だった。


 トラックに轢かれて死んでしまった後、あの世で女神と出会い、チート能力を授けてもらって、勇者として異世界に転生する。ここまではテンプレ通りの展開だ。


 ただ、気になることはある。


 僕は、再び、周囲に視線を向けた。


 室内は、しんっ、と静まり返っている。


 誰もいない。


 何もない。


 王の背後に、ずいぶんと古びた玉座が一つあるだけだ。


 玉座があるということは、恐らくここは、王が滞在している大広間のはずだ。


 だったら、他に誰かいてもおかしくはない。


 だが、大臣はおろか、使用人すら見当たらない。


 深夜だからと言って、王様が起きている状態で、家臣が眠っているわけがない。


 僕は、おもむろに足元へ視線を向けた。


 殴り書きのような幾何学模様と象形文字が刻まれ、子供の落書きのような魔法陣が描かれている。


 ――この私が、勇者さまを召喚しました。


 いやいや……。


 王様が勇者を召喚するなんてあるのか。


 普通は魔導士や召喚士が行うのではないのか。


 なぜ、王様が自らの力で勇者を召喚しなければならないのか。


 分からないことが多すぎる。


 ああっ、それにしても寒い。


 寒すぎる。


「ああっ、す、すいません、私としたことが。マントだけでは寒いですよね。すぐに着るものをご用意致します。おーい、誰か、勇者さまにお召し物をっ!」


 王の声が、石の壁に反響して、不気味に共鳴した。


 室内が、しんっ、と静まり返った。


 返事はない。


 まったく反応がない。


 そもそも人の気配がまったくしない。


 どうなっているのか。


 この違和感に戸惑っていると、ややあって、遠くのほうから、金属の擦れる音が聞こえた。


 薄暗く静まり返った室内に、微かな金属音だけがこだましている。


 状況から察して、鎧が動く音だろうか。


 周辺の雰囲気からして、廃城をさまよう甲冑の亡霊を想像させる。


 そんなことを考えていると、得体の知れない恐怖が込み上げてきた。


 金属音が徐々に近づいて来る。


 寒さと緊張で身体が硬直する。


 すると、暗闇の中から、スッと小さな影が姿を現した。


 その姿に、僕は目を瞬かせた。


 魔法使いが被るような大きな三角帽子に、丈の長いローブを纏った小柄な人物。帽子もローブも漆黒に染められているため、闇を引き摺っているように見える。


 暗闇から、突然、姿を現した異質な人物。


 気配など一切感じなかった。


 だが、それ以上に、僕の視線はあるところに釘付けになっていた。


 漆黒のローブの下から、真っ白な肌が見えていた。


 その滑らかな曲線は、紛れもなく女の子の身体だった。


 一瞬、裸なのかと思ったが、胸と腰の辺りだけ、甲冑のようなものが身に付けられている。


 ビキニアーマーだ。


 魔法使いが纏うローブの下に、戦士が装備するビキニアーマーが装着されている。


 ビキニアーマーで押さえつけられている控え目な胸と、露わとなっている、へそとくびれに、僕の視線は釘付けとなった。


 異様な恰好だが、とんでもなく、いやらしく感じた。


「おおっ、すまん、すまん」


 少女の手には、衣類が乗せられていた。


 少女は、おもむろに近づくと、僕に衣類を渡した。


「あ、あっ、ありがと……」


 本能の赴くままに見つめていた僕は、慌てて理性を引っ張り戻した。


 衣類は、ずいぶんとくたびれているように見えたが、どこか高級感があり、肌触りも悪くなかった。よく見ると、毛皮のようなものも挟んである。


 少女は衣類を渡すと、すぐに踵を返し、静かに王の隣に立った。


「勇者さま、ご紹介させていただきます」


 王がそう言うと、少女が静かに三角帽子を取った。


 瞬間、金色の髪が、ふわりと宙に舞った。


 大きく美しい瞳が、ゆっくりと僕の方へと向けられた。


 宝石のような青い瞳。


 真っ白な肌に、通った鼻筋。薄いピンクの唇に、細く華奢な首筋。


 そのすべてが、まるで彫像を見ているかのように完璧だった。


 僕は、一瞬にして、彼女の美しさに見惚れてしまった。


「彼女の名は、アシェリン・アオスブルーフ。我が国で唯一、戦士、僧侶、魔法使いの資格を持つ者で、魔僧戦士と呼ばれております」


 正直、王のわけの説明など、僕の耳には届いていなかった。


 ただ、僕は、彼女に見惚れていた。


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