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異世界への転生を希望します!

 気が付くと、僕は、光の粒子の中に立っていた。


 幾千もの光が、僕の全身を包み込んでいる。


 眩い光に目を細めながら、僕はその光に身をゆだねていた。


 濃厚だった光が、少しずつ晴れていく。


 光の粒子たちが、天へと昇って行き、静かに消えていった。


 すると、どこか懐かしい感覚が蘇ってきた。


 肉体の感覚。


 魂の時には感じなかった、ずっしりとした重みのある感覚。


 これが、転生なのか。


 そう実感した時、どこからか、声が聞こえてきた。


「や、やった……」


 光の粒子が天へと消え去ると、目の前に初老の男が立っていた。


 男と目が合う。


 男は、大きく目を開き、口元を、わなわなと震えさせている。


「やったっ、やったぞっ、ワシでも成功したぞっ!」


 男は、高らかに両手を上げ、飛び跳ねながら、大喜びしている。


 何が起こっているのか分からず、茫然と男を見つめる。


 一見、ホームレスと見間違うかのような、みすぼらしい恰好をしている。


 だが、毛皮に縁どられた大きなマントと、頭に乗せられた金色の王冠は、不釣り合いなほど豪華で威厳のようなものを感じさせる。


「ふうっ、見様見真似でやってみたが、まさか成功するとは……」


 男は、巨大な辞書のようなものをペラペラめくりながら、嬉しそうに言った。


「成功……?」


 僕は、足元に視線を落とした。


 そこには、殴り書きで書いたような幾何学模様と象形文字のようなものが刻まれており、それを囲むように子供の落書きのような魔法陣が広がっていた。


 僕は、その中心に立っていた。


「ふふふっ、ついに、ついに勇者の召喚に成功したぞぉッ!」


 男は高らかに拳を突き上げ、大声で叫んだ。


 男の声が、やまびこのように反響する。


「勇者? 召喚? ん?」


 ふと、自分の肉体に違和感を覚えた。


 自分の身体に視線を落とす。


 全裸だった。


 いや、そこじゃない。


 手足に視線を落とすと、そこにあったはずのシワや染みが消えていた。それどこか、骨が浮き出るほどに痩せ細っていた手足が、硬い筋肉に覆われている。そのまま身体へと視線を向けると、だらしなく飛び出していた下っ腹と、浮き上がっていた肋骨も硬い筋肉に覆われていて、見たこともないシックスパックに割れていた。


「完全に、若返ってる……」


 しかも、アスリートのように肉体改造された状態に仕上がっている。


 ここにきて、ようやく女神の言葉を思い出した。


「実は、異世界でも経験値を稼ぐことが出来るの。まあ、さすがに地獄ほど早く稼ぐことはできないけど、異世界によっては、一年で一生分の経験値を稼ぐことも可能よ」


「異世界……」


 僕は、異世界転生転移の作品が大好きだ。チート能力で無双したり、奴隷少女を囲ってハーレムを作ったり、辺境の地でスローライフしたり、まさに男の夢がすべて詰まった作品だ。ニートの僕にとっては、最高の精神安定剤だった。


 ただ、あれは、ご都合主義の塊だ。


 現実がそう上手く行くとは限らない。


 それくらい大人だから分かる。


「一年で一生分の経験値を稼ぐってことは、相当、過酷な異世界ってことですよね?」


 一ヶ月で一生分の経験値を稼ぐ地獄より、ちょっとだけマシって感じだ。


 女神が小さく頷いた。


「もちろんよ。じゃないと経験値を稼げないでしょ?」


 ごもっともである。


「でも貴方には、強力な精霊の加護があるわ。異世界において精霊は、魔力の証。魔力がすべての異世界において、貴方の存在は絶大なものになるわ」


「それってつまり、チートってことですか?」


「さすが、理解が早いわね」


 どこか馬鹿にされているような言い方だ。


「貴方に課せられた選択肢は二つ。地獄で経験値を稼いで魂をレベルアップさせるか、異世界で経験値を稼いで魂をレベルアップさせるか、このどちらかよ」


 いやいや、丸腰で落とされる地獄よりも、チート能力を宿して異世界に転生するほうが良いに決まっている。どれほど過酷な環境でも、チート能力さえあれば何とかなるだろう。


「異世界への転生を希望します!」


 僕は、深く考えることなく、そう答えた。


「オッケー、分かったわ。じゃあ、異世界転生の手続きを進めていくわね」


 女神が、薄っぺらいファイルに、いろいろと書き込み始めた。


「今回の転生は、あくまで経験値を稼ぐことが目的だから、人生を最初からスタートする必要はないわ」


「それって、どういうことですか?」


「赤ん坊からスタートしなくていいってこと。それに赤ん坊からスタートしたら、いくら精霊の加護があっても、たぶん死んじゃうから」


「し、死んじゃう……?」


 僕は息を呑んだ。


「赤ん坊のまま死んじゃったら、経験値を稼ぐことができなくなっちゃうでしょ? それじゃあ転生する意味がないわ。だから、肉体と精神が、最も充足している年齢からスタートできるように調整しておくの」


「そんなことができるんですか?」


「今回の転生は、経験値を稼ぐためだけの、いわゆる仮の転生だから問題はないわ。ああ、もちろん本当の転生の時は、赤ん坊からスタートしてもらうわよ」


 仮転生と本転生?


 転生ってそんな感じなの?


「あのぉ、ちょっと聞きたいんですけど……」


「なに?」


 女神がファイルから視線を上げた。


「僕が仮転生する異世界は、一年で一生分の経験値を稼げるって言ってましたけど、一年間がんばった後、すぐに本転生することができるんですか?」


「いえ、それは無理ね」


 女神が即答した。


「仮転生でも、人生は人生だから、途中で止めることはできないの。だから、一年間、耐えきったからといって、自殺しちゃダメよ。自殺したら、その人生で稼いだ経験値をすべて没収された揚げ句、問答無用で地獄に落とされるから」


「えええっ、じゃあ、残りの人生も、その過酷な異世界で生きて行かなきゃいけないってことですか?」


「まあ、そうなるわね。でも、貴方には、強力な精霊の加護が付いているし、それに、その異世界がいつまでも過酷とは限らないわ。案外、余生は好き勝手できるかもよ。そうそう、それこそ、チート能力で無双して、奴隷少女のハーレムを囲って、辺境でスローライフを送ることもできるかもよ」


 女神のセリフとは思えない。


 だが、これは、男の夢を叶える最大のチャンスでもある。


 アニメ、漫画、そして、ライトノベルの世界を体験できるのだ。


 そう、一年間、耐えるだけで。


「よしっ!」


 僕は、小さく頷いた。


「改めて、異世界への転生を希望します!」


 こうして僕は、異世界転生を果たした。


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