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アンジェリカの家は貿易を主な産業にしている。世界各地から珍しいものを集めて商会に卸したり宮殿で売ったりしている。高貴な方や忙しくて買い物にも行けない侍女さん達に好評なのだとか。
世界各地を大型船で回っているのは叔父様だ。外国語が堪能で物を見る目があり
イケオジである彼は若い時に恋人を事故で亡くして以来結婚はしていない。
いつも飄々としていて楽しそうに生きている。
叔父様の仕事を手伝っている若い世代にやり方を教えているそうだ。兄様も何回か船に乗って外国へ行っている。
私も泣いてばかりいないで外国に行ってみようかしら。でももう少し時間が必要だ。
勉強も美容も彼に相応しくいられるように手を抜かないで頑張ったのに、横から盗られてしまった。クロードの腕を取って笑っていた顔はとてもじゃないけど綺麗ではなかった。それにも気が付かないほどあの子の虜になっていたのかな。
泣きすぎて食事も摂れなくなってぼろぼろになってしまった。しっかりしなさい私、浮気者は忘れるの。醜い正体を見破れない商人なんて潰れるわ。
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僕の妹はあのクズに傷つけられた。刺繍のハンカチもクッキーも一生懸命作っていたのに。よりによって学院でいちゃついて見せるなんて万死に値する。
だからカスクート商会との取引は父上がストップをした。
学院の中は小さな貴族社会だ。子供だと侮ってはいけない。帰って親に報告するに決まっている。商会なんて信用が第一だと忘れてしまったのかな。
信用の置けない店で誰が買い物をするんだ。しかももうすぐ品物が入って来なくなるんだ。どうするんだろうね、笑えるな。
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カスクート商会は徐々に貴族社会から相手にされなくなった。以前は珍しいものや品質の良い物を売っていた。しかし息子のしでかした不始末を婚約先に言われるまで放置していたことで信用を失った。今までの取引先にも相手にされないようになり、商品が入って来なくなった。
隣国の侯爵家にも慰謝料の支払い要求が行った。元々庶子であり、決まっていた婚約はふしだらな娘だと破棄され、父親より年上の良くない噂のある金持ちの後妻になることが決まった。それによりやっと両方の家への慰謝料が払えた。
「お父様、どうして私がこんな結婚をしなくてはいけないのですか」
「お前に父と呼ばれるとぞっとする。情けをかけたのが間違いだった。人のものに手を出してはいけないと思わなかったのか。幼子でも分かることだ。もっと鞭が必要か?縁は切った、二度と戻って来ることは許さない」
「そんな、少し恋愛ごっこを楽しんだだけです」
「恋愛ごっこ?ふざけたことを言うな。そんなつもりで留学させたのではない。良かれと思ってしてやったのに家に泥を塗りおって、損害がどれだけ出たと思ってる。二度と顔を見せるな、吐き気がする」
「元々母さんに手を出したあんたが悪いのよ」
「平民でも常識くらいは持っていると思っていた。どんな扱いをされても文句のいえない立場だ。分かったら何も持たずに出ていけ、馬車が待っている。恩を仇で返した代償は払ってもらう、自分でな。逃げられると思うな、見張りは付けてある」
侯爵の声はぞっとするくらい冷たかった。
セリーヌは護衛に腕を掴まれ引きずられて出て行った。
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時は二人が初めて会った時に遡る。
十二歳で顔合わせした相手は金色の髪に金色の瞳の可愛い女の子だった。胸がどきどきした。こんな可愛い子が将来のお嫁さんなんだ。アンジェリカという名前だった。名前まで可愛い!
お茶会もお互いの家を行き来して、美味しそうなお菓子や綺麗な花束を欠かさないようにした。受け取ってくれる時の笑顔が可愛いかった。天使か、天使だな。
一緒に街に出かけた時に家の商会で髪飾りを買ってあげた。
小さなルビーで出来た物だったけど、嬉しそうに「着けてくれる?」と言った途端僕の心臓は撃ち抜かれた。どれだけ可愛いの。
お返しにとくれた刺繍入りのハンカチは僕の宝物になった。
僕はかなり女子生徒にモテる。でもアンジェリカという婚約者がいる以上不必要な関わり合いは避けるようにしていた。
「もうすぐ試験だね。今度の休みに一緒に僕の家で勉強しようよ」
「良いわよ、苦手な数学教えてね」
「任してよ、アンジェリカに苦手なものがあって良かったよ」
「どうして?」
「全部出来ると頼ってもらえないじゃないか。教えてあげられるのが嬉しいんだ。といっても数カ国語が堪能なところは凄いよね」
「小さい時から外国のお客様が多かったもの。そういうクロードもかなり出来るじゃないの」
「家も商売がら将来に必要だからと家庭教師をしっかり付けられたから」
「じゃあ、今回は数学中心でお願いします」
「うん、いい成績を残そう、お互いに」
期末試験は二人とも五位以内に入っていた。トップは公爵令息で二位はその婚約者の侯爵令嬢だった。令嬢はエリシア様といいアンジェリカの親友だ。
夏休みは二人でお互いの別荘に遊びに行く予定だ。クロードの家の別荘は山にあり王都より五度くらい気温が下がって過ごしやすい。
家の別荘は海の近くにあり美味しい魚介類が豊富で、普段食べられない料理が出てくる。朝と夕方の海風は少しべたべたするけれど涼しくてアンジェリカは気に入っていた。エリシア様も遊びに来たいと言っていたのでゆっくり滞在するつもりだった。
来年は結婚式の準備で忙しいだろうから今のうちに楽しんでおこうと思っていたし、そう出来ていた。
この頃までは二人ともこのままの幸せが続くと思っていた。