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よろしくお願いします

 心が張り裂けそうに痛い。取り出して見せることが出来るのなら、だらだらと血が流れているのが分かってもらえるだろう。

何とも理不尽なことに心の傷なんて誰にも分かってはもらえないし、嘲られていさえするとアンジェリカは思っていた。


愛している婚約者に恋人がいるなんて認めたくなかったが、学院で嫌という程噂になっていた。遠くで見かけたり廊下で鉢合わせしたこともある。セリーヌ嬢は私の婚約者の腕に触れていた。私を見下すような目をして。

それをはね避けようとしない婚約者に絶望を感じた。


立っていられない程の衝撃だったが親友のエリシアが隣にいて支えてくれた。

「カスクート伯爵令息様、お相手を間違えていらっしゃるのではなくて。隣に立つのは婚約者のアンジェリカでしょうに、そんなこともお分かりにならない方だったのかしら」

「彼は隣国から来て友達のいない私に親切にしてくれているだけです。変な誤解をしないでください」

「親切ねえ、婚約者を傷つけてまですることかしら」

「もう良いわ、ありがとう。行きましょうエリシア」

元婚約者になろうとしている男が何か言っているようだったが聞こえなかった。



※※※※



婚約者の名はクロード、同じく伯爵家の嫡男だった。黒髪がサラサラな切れ長の黒い瞳の美麗な男だった。


彼の家は輸入商品を手広く扱う商売をしている。アンジェリカの家が貿易を主な事業にしているので、結びつきを強固なものにするために二人の婚約が結ばれた。

それが二人が十二歳の時だった。子供なりに政略的に意味のあるものだと理解して顔合わせに臨んだ。いい人だったら良いなくらいの気持ちでいたのだが現れたのは綺麗な男の子だった。アンジェリカは一目で胸がどくんと打つのが分かった。こんな素敵な人が将来の旦那様になるのだと思いほっとした。


両親達が挨拶を交わしていた。アンジェリカは緊張したがおじ様もおば様も優しそうな人達だったので安心した。

「クロードご挨拶しなさい」

「クロード・カスクートです。よろしくお願いします」

「アンジェリカ・ソワレと申します。よろしくお願いします」

アンジェリカは淡いピンクのワンピースのスカートを摘み綺麗なカーテシーをした。


カスクート伯爵が

「可愛らしいお嬢さんだね。優秀だときいているよ。いつも自慢されて羨ましかったが納得したよ」

「そうだろう、クロード君仲良くしてやってくれたら嬉しい」

「はい、仲良くなりたいです」


「クロード、庭を案内してあげなさい。私達は大人の話があるからね」

「はい、わかりました。行こうかアンジェリカ嬢」

「はい、クロード様」


季節は初夏で庭には色とりどりの薔薇の花が咲き乱れていた。所々にアーチが設けられ白い薔薇の下を通り抜けたり、黄色い薔薇の下を通り抜けるだけで芳醇な香りが体に纏わりつくようだった。


「とても綺麗なお庭ですね、薔薇の香りも素敵です」

「母上の趣味なんだ。この時期が終わるとまた秋に咲くんだよ。気に入ったのなら帰りに花束にしてプレゼントしよう」

「ありがとうございます。嬉しいです」


それが二人の出会いだった。






※※※※



アンジェリカは伯爵令嬢で二歳上に兄アルバートがいる。頭がよく剣にも長け優しい自慢の兄だった。同じ学院に通っていてクロードの噂は知っていたし見たこともあった。



「アンジェリカ、奴は駄目だ。婚約を破棄するなら父上に言ってやるから安心しろ。もう充分だ。我慢しなくても良い」

「ええ、兄様。いつか戻って来てくれるかと思っていましたがさすがにもう無理だと思います。せめてこちらから破棄したいと思います」

アルバートは細くなった妹の肩を抱き寄せた。いつかきっと奴を潰してやると決意しながら。


綺麗だった髪も肌も手入れがされているのにくすんで見える。碌に眠っていないし栄養も摂れていないのだろうと思う。どれだけ苦しめたら気が済むんだ。激しい怒りがアルバートを支配した。


クロードの身辺と相手の女の調査は済ませてあった。女の名前はセリーヌ、隣国からの留学生で侯爵家の庶子。侯爵が街で見染めた平民に産ませた娘だった。

家を与えられ暮らしていたが、母親が病気で亡くなった為に引き取られた。

暫く隣国で教育を受けさせた後、正妻の怒りの矛先が向かうのを避けるため留学させたらしい。案外頭は悪くはなかったらしく入学試験に通り在学中という訳だ。

美貌もあり男子生徒の注目を集めていたがクロードが引っ掛かるとは思わなかった。相手が隣国の侯爵家というところで乗り換えたのか。商売にも有利だと見たか。カスクート商会潰す。見誤った事を後悔させてやる。アルバートは黒い笑顔を浮べた。





このところ食欲も落ちてきた。侍女のマリーが

「お嬢様、あっさりとしたスープや果物を用意するように料理長に言っておきますね。少しでも食べられないと元気になりませんよ」

「そうね何か食べないといけないわね」

アンジェリカはどうにか笑顔を浮かべてマリーに返事をした。

誤字報告ありがとうございました。訂正しました。助かります。

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