処刑された騎士と転生魔女、異世界で愛を誓う
目を覚ますと、そこは見知らぬ森の中だった。
柔らかな月光が降り注ぎ、静寂の中に小さな焚き火の音だけが響く。
「……ここはどこ?」
確か、私は深夜まで仕事をしていて――
気づいたときには、ここにいた。
服装も変わっている。長い黒いドレスに、刺繍の施されたマント。鏡を覗き込むと、見たことのない美しい銀髪が揺れていた。
「……まるで魔女みたい」
そう呟いた瞬間、頭の中に流れ込んできたのは、この身体の持ち主の記憶だった。
この身体の名前は「エリス」。
千年生きると言われる魔女であり、世界の均衡を守る存在。
しかし、彼女は人々に忌み嫌われ、孤独に生きてきた。
――そして、ある青年と出会い、彼に恋をした。
その青年の名は「レオン」。人間の王国の騎士であり、魔女を討つべき立場の者。しかし、彼はエリスを魔女としてではなく、一人の女性として愛した。
だが、運命は彼らを許さなかった。王国は魔女を危険視し、彼女を捕らえようとした。レオンはエリスを守るために剣を抜き、仲間に背いた。そして、彼は処刑されることとなった。
エリスは彼を助けようとしたが、禁じられた魔法を使い、その反動で命を落とした――はずだった。
「……まさか、私は彼女として転生したの?」
そう考えた瞬間、馬の蹄の音が近づいてきた。
「エリス!」
聞き覚えのないはずの声に、胸がざわめく。
振り向くと、そこには鎧に身を包んだ金髪の青年がいた。
「……レオン?」
彼の姿を見た途端、エリスの記憶が鮮明によみがえった。間違いない。処刑されたはずの彼が、目の前にいる。
「どうして……?」
レオンは馬から降り、私の手を取った。
「やっと見つけた……。俺はあのとき死んだ。でも、気づいたらここにいた。ずっと、お前を探していたんだ」
彼の手のひらには、古びた指輪があった。
それは、かつてエリスが彼に贈ったもの。永遠の誓いの指輪だった。
「エリス、お前をもう二度と離さない」
その言葉に、私は涙をこぼした。
運命に引き裂かれた二人が、異世界で巡り合った奇跡を感じながら、彼の手を握り返した。
――今度こそ、永遠に共に生きよう。
レオンの手のひらにある指輪を見つめ、私は震える声で問うた。
「……本当に、レオンなの?」
「そうだ」
彼は私の手をぎゅっと握りしめる。その温もりは、確かに記憶の中の彼のものだった。
だけど、どうして彼がここにいるの? 私は死んだはずの彼と再会した喜びの一方で、この異常な状況に戸惑いを隠せなかった。
「私たちは……死んだはずよね」
「……ああ。でも、なぜか俺は目を覚ましたんだ。気がついたら、この世界にいた。まるで夢の中にいるようで、最初は何が起きたのかわからなかった。だけど、俺は覚えていた。お前との約束を」
レオンの視線が優しく私を包み込む。
「俺は、お前を守ると誓った……だから、探した。どれだけの時間が経ったのか分からないけど、ようやくお前を見つけたんだ」
「……レオン」
涙が溢れた。ずっと孤独だった。前世でも、転生してからも。
誰にも受け入れられず、魔女としてただ生きてきた。だけど、この人だけは違った。私を“エリス”として愛してくれた。
「レオン……!」
私は彼の胸に飛び込んだ。彼の腕が私をしっかりと抱きしめる。温もりが、確かにそこにあった。
だけど、その幸せな時間は長くは続かなかった。
突然、森の奥から無数の影が現れた。
「いたぞ! 魔女エリスだ!」
鋭い声とともに、数十人の兵士が私たちを取り囲む。その鎧には見覚えがあった。
前世で私を追い詰めた、王国の騎士たち……いや、違う。よく見れば、彼らの紋章は見たことのないものだった。
「エリス、この世界でもお前は追われているのか……?」
レオンが剣を抜き、私の前に立つ。その背中が頼もしく、そして、懐かしかった。
「魔女エリス、降伏しろ!」
兵士の一人が叫ぶ。しかし、私は一歩も引かない。
「理由を聞かせてくれるかしら?」
「貴様はこの世界の秩序を乱す存在。我らの王の命により、貴様を捕らえる!」
「……王?」
知らない名前。知らない世界。私はやはり、前世とは異なる異世界に転生したのだ。
「エリス、ここは俺に任せろ」
レオンが剣を構える。しかし、私は彼の肩にそっと手を置いた。
「いいえ、二人で戦いましょう」
彼が驚いたように振り向く。
「私はもう、あなたに守られるだけの存在じゃない。あなたと共に戦いたい」
レオンは少しだけ目を見開き、そして微笑んだ。
「……そうだな。俺たちは共に生きると誓ったんだからな」
私は指を鳴らした。すると、周囲の木々がざわめき、風が私たちの味方をするように渦巻く。かつてのエリスとは違う。私はこの世界で、もっと強い魔女として生きる。
「行くわよ、レオン!」
「応!」
戦いの火蓋が切って落とされた。
戦いの末、私たちは兵士たちを退けることができた。しかし、安心する暇もなく、新たな事実が明らかになった。
「魔女エリスを捕らえよ……そう命じたのは、王国の新しい王、『アルベルト三世』だ」
「アルベルト三世……?」
聞いたことのない名前。
しかし、その王が私を追う理由は分からないままだった。
「エリス、どうする?」
レオンが私を見つめる。私は少しだけ考え、そして微笑んだ。
「決まってるわ。真実を確かめに行くのよ」
彼は少し驚き、そしてすぐに微笑み返した。
「そうだな。なら、俺も共に行く」
「ええ、二度と離さないって言ったものね?」
「……もちろんだ」
私は彼の手を取り、しっかりと指を絡める。その指には、あの誓いの指輪が輝いていた。
これは終わりではない。これは、私たちの新たな旅の始まり。
「さあ、行きましょう」
「お前となら、どこへでも」
月光が二人を照らす中、私たちは新たな運命へと歩み出した。
――誓いの指輪は、再び輝きを取り戻した。