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最高のビジネスパートナー

作者: 春呼

堂々と浮気する婚約者にどうしたものかしらと悩める令嬢とビジネスパートナーの話。

ご都合主義なーろっぱです。


婚約者が浮気している。

この王都でも有名な庭園で寄り添いあう二人は私がなんにも言わないものだから堂々としたものだ。あまりにも堂々と二人に世界に浸っているからか庭園内に複数あるガゼボの一つに私がいることすら最悪気付いていない。

こちらからよく見えるのなら向こうからもよく見える筈ですのに。

別にあの男の事はどうでも良いしこちらとしても都合の良いことなのだが、如何せん外聞が悪い。こんな人目のある場所でイチャイチャと…………やるならもっとひっそり周囲に気づかれない様に上手くやって欲しい。

どうしたものかしらと思索に耽りつつ自身の波打つガーネットの髪をくるくる弄びながらため息を吐いていると「新しく淹れ直しましょうか」とグリーンの髪をさらりと揺らしてレモンイエローの瞳を柔らかく細めた侍女のユーリがすこし冷めてしまったカップを視線で示して微笑んでくれた。その優しい瞳に映る私もライトブルーの瞳を同じように緩めて「ありがとう」と微笑み返す。

そうしてほわりと湯気が浮かぶ温かな紅茶と美味しいお茶菓子、なによりユーリとのお喋りにしばし癒されていると、ふととある人物が目についた。


それは我が婚約者の浮気相手である御令嬢のその婚約者──ビューエル・ランベリン侯爵令息だった。


男性の従者を連れて私達とは少し離れたガゼボであちらもティータイム中のよう。

まあ庭園のガゼボに来る理由なんて花を愛でながらお茶を飲むかデートくらいしかないでしょうけれど。

そんな事をぼんやりと考えつつそれとなく眺めていれば彼と従者が顔を寄せて何事かを囁きあい、くすくすと楽しそうにしている。

なんだろう……なんだか、その姿に覚えのあるような引っ掛かるようなものを感じた、そんな時。


──あ。


ランベリン侯爵令息と視線がバッチリ合ってしまった。

ブルーグレーの髪をさらりと流して首を少し傾げた彼は、リーフグリーンの瞳をにこりとさせて軽く手を振ってきた。私と彼に特に接点らしい接点は無かったものだから咄嗟に戸惑うこちらの様子も意に介さず上げていた手を降ろした彼は、その微笑み深めながら唇を動かす。


"       "


私は目を見開いた。

唇の動きだけで放たれた言葉と、そして続く彼の視線や動作の意味も正しく理解して。

信じられない気持ちと、湧き上がる感情、そして先ほどの違和感。

それらを咀嚼し飲み込んで、私も、彼と同じように確信をもって唇を動かす。


"あなたがたも?"


それ受けた彼が深く頷いて、従者と話をしていたかと思うと、その従者──ブラウンの髪にライムグリーンの瞳のバランがこちらにやって来た。場所を移して共にお茶でも、との誘いにもちろん乗って私達は美しい庭園を、婚約者達がいる庭園を後にする。


ああ、なんと素晴らしい事かしら。


きっと私達、悪くない話ができるわね。





そして証拠を揃えるまでもなく、私達の婚約は相手有責で破棄となった。併せて、私とランベリン侯爵令息──ビューエル様との婚約も恙無く結ばれる形となり私達の企みは見事に叶った。


「全て上手くいって良かったよ。元婚約者との婚約期間中はどうしたものかと頭を痛めたものだけれど、これもリリィスター嬢に会う為だったと思えば悪くない」

「同感ですわ。あと、私達はもう婚約しているのですからどうかジルウェンディとお呼びくださいませ」

「そうだったねジルウェンディ。では私の事もビューエルと呼んでくれ」

「はい、ビューエル様」


ランベリン侯爵邸の応接室で私達は微笑みあう。互いの側にはユーリとバランがいて、それ以外の人間は今この空間にいない。一応バランは護衛も兼ねており、給仕はユーリとバランどちらもできるから常識的にも問題ない。よっぽど大きな声で話さなければこの場にいる四人以外に会話を聞かれる事は無い……そんな状況だ。


「元婚約者の移り気さはこちらとしても好都合だったけれど、結婚する以上後継は作らねばならぬだろう? そこに我儘言うつもりは無かったんだが流石に四股もされていてはきちんと血の繋がりがある子が産まれるかすら怪しくてね」

「彼女、四股もされてらしたの?」


思わず扇子で口元を隠さねばならぬほど驚いてしまえばビューエル様は困った顔で頷いた。四人もの殿方を相手に、ビューエル様以外の三人には気付かれずにいたというのだから凄い話だ。私の元婚約者なんて彼有責での婚約破棄の会合の時ですら「僕らは真実の愛なんだ!」と叫んで彼女の手を取ろうとしたのに。

真実の愛にも一方通行ってあるんですのね。


「私も嫁ぐ者の義務ですからいずれ元婚約者と跡継ぎを作らねばならぬのだと当時は覚悟しておりました……が、出来ることならば人として尊敬できる方をと、つい心の奥で望んでしまう日々でした。彼、あの御令嬢と不貞を働きはじめてから、私との茶会も欠席続きで手紙も寄越さないばかりか婚約者のための予算も全部彼女に注ぎ込んでいましたから」

「え、つまり約二年間ずっと?」


今度はビューエル様が驚きの声を上げて、私が困った笑みで頷く番だった。私に対する態度ですら一切隠す気がなかったのだから、もう少しその浮気相手の御令嬢を見習って欲しいものだ。バランもあり得ないという顔で、隣のユーリも本当にあり得なかったと可愛い顔に憤りを滲ませる。

そんな空間についくすりと笑みを浮かべてしまうのは仕方のないことでしょう。


「まあその分慰謝料もたくさん上乗せされましたし、こうして素晴らしい縁も結べましたから私はもう気にしておりませんわ」


そう言って私は隣に座っているユーリの手をギュッと握りながら彼に微笑みかける。ビューエル様も同じく隣に座っているバランの手を握りしめながら微笑み返してくれた。

私とユーリ、ビューエル様とバラン、それぞれがソファにぴったり横並びに座って向かい合っている。きっと他の人に見られたら驚かれるだろう。主人と同じ席に従者が座るなど、と。

けれど此処には私達以外いない。同士である私達以外のだれも存在していないのだから好きに過ごせる。このことのなんと素晴らしいことか!


「いずれ私が爵位を継いだら、少しずつ屋敷の中の者には慣れてもらって、この屋敷の中だけでも我々が自由に過ごせるようにしよう。なに、いまだ愛人を囲う貴族もいるぐらいだ、同性だから許されないなんてそんな事は言わせないさ」

「そうですわよね。それに私達はきちんと義務も果たすのですし、険悪な仲という事もなりませんでしょう。ただ、そうですわね……元婚約者の言葉を借りるのならば『真実の愛』の相手がそれぞれ別にいる、という事だけですわ」


隣のユーリと肩をくっつけあいアイコンタクトを取る。ユーリはその聖母のような顔をさらに和らげ、目と目を合わせて返してくれる。

ビューエル様は「見せつけてくれるね。なあバラン?」と隣のバランに寄りかかって握った手を弄ったりじゃれついているのでお互い様というものだ。


そう、私達は同士なのだ。

同士であり、ビジネスパートナー。

それぞれが一番大切な人とずっと一緒にいるための。


「さてそれじゃあいい加減今後のことを話し合うとしよう」


少々だらんとしていたビューエル様がしゃっきりと背筋を伸ばして、幾つかの資料をテーブルに広げる。半年後に控えた結婚式の内容や各スケジュール、衣装などの相談のためだ。


「そうだな、慣習にのっとり互いの色をそれぞれ取り入れるとして」

「最愛の色もさり気なく混ぜたい、でしょう?」


そう私が言えば、ビューエル様はニヤリと「その通り」と返してくれる。「神の御前で愛を誓うのならば嘘は良くないからね」と胸元辺りに忍ばせる事ができればその石を通して誓う事も可能だろうと、彼の提案に私も賛成しつつ、どうすればそれが可能な案をデザイナーに出せるか四人で楽しく話し合う。元婚約者と結婚する時は絶対出来なかったであろうワクワクドキドキする素敵な時間。


「そうだビューエル様、実はご提案がありますの」

「ほう、それはなんだいジルウェンディ?」


面白そうな顔をする彼に、イタズラをする猫のような気分で「ユーリとバランも同じように結婚してもらうのはどうかしら?」と提案する。

虚をつかれた様なビューエル様とは反対にユーリもバランも光明を得たという表情でこちらを見つめる。


「互いの最も近しい従者が未婚のままというのはきっと怪しまれるわ。だから同じ日は無理でも私達の前か後にでも二人も神の御前で誓いあえば私達の愛は真実となるでしょう」

「確かに、それは名案だ。二人はそれでも……と尋ねるまでも無さそうだね」


やる気満々の二人の様子に苦笑して、ビューエル様は「そちらも詰めていかないとね」とノリノリで新たな筋書きを考え始める。

私達の楽しいたのしい計画はコロコロと進み華やいで、時に脱線しては思わず漏れた笑い声だけが部屋の外に響いて、あっという間に時間が流れていく。


きっとこの人達とならば素晴らしい日々をおくれるだろう。


そう確信を抱いて、最愛の人と、最高のパートナーを眺めて私は心から溢れる気持ちを表情に乗せた。




例え最愛が既にあるとしても。

今はただのビジネスパートナーだとしても。

友愛、親愛、家族愛──そうした愛情を互いに持てると信じて。



貴方もきっとそうでしょう? 未来の旦那様。



ジルウェンディのイニシャルは「J」じゃなくて「G」、ビューエルのイニシャルも「B」です。

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