かつて最強の勇者でしたが、最愛の娘の恋のため、最弱のままでいます‼︎
「パパ! 今日もスライムなんかでしんだわよ‼︎」
目の前で両手に腰を当てながら、ぷんぷんと文字が出そうに怒っているのは僕の目に入れても痛くない愛娘、レイチェル5歳だ。
「わたしはパパのおめめにははいらないから」
僕の心の声が分かったのか、レイチェルは呆れたようなため息を吐く。
「ごめんよ〜。レイチェル」
「もぉ、パパはわたしがいないとだめだめなんだから!」
まだ、パパなんて大嫌い! と言わない娘を抱き上げて頭を撫でると『髪がくずれる』と文句を言いつつも嬉しそうだ。
こんなに可愛い僕の娘だが、レイチェルは過去、僕を殺した。
日頃の不摂生がたたり、僕はRPGのような世界に宿屋のひとり息子として転生した。異世界転生の醍醐味として、小説の主人公たちのように俺tueeeの一員になるべく、誰もいない場所で『ファイヤ‼︎』や『シールド‼︎』などを口にしてみたのだが、あるのはなにも言わない木だけだった。
心なしか、木にも馬鹿にされたように思う。
このことにガッカリしつつも、きっとモブ村人Aとして生き、年頃になれば幼馴染とでも結婚をして、宿屋のおやじとしてモブらしい日々を過ごしていくのだろうと僕は思っていた。
ひとりの聖女がこの村に来るまでは。
聖女アイリスは、こんな田舎の村でも知らない者はいないくらいの有名人だった。屍人すら彼女の力で生き返させられると噂になっていたからだ。
以前は銀色の髪に黄金の瞳だったらしいが、神聖力を失った彼女の髪の色は灰色の髪に瞳も赤茶色へと変貌していた。神々しい面影がなくなったことで、誰も彼女が『聖女様』だということに気づかなかったのだ、僕以外。
「あの、聖女様ですよね? 女神様の祝福を受けてるっていう」
彼女がよく足を運んでいる森に、仕事をサボって僕は話しかけてみた。僕の問いかけにはこたえず、アイリスは微笑む。
「そういうあなたも、女神様の祝福を受けてるわね」
「女神様の祝福、ですか?」
「ええ。私がこの村に来たのも女神様のお告げがあったからなの。いずれ、また魔族がこの世界をおびやかすけど、ひとりの勇者がこの世界を救うって」
「勇者って」
「あなたのこと。ただ……」
アイリスは僕をみると首を振る。
「ここでの私はただのアイリスだし。あなたも今は勇者ではなく、宿屋の息子さんだわ」
彼女がさりげなく愛おしそうにお腹を撫でたことに、僕は失礼とは思いつつも、つい彼女のお腹を見てしまう。
「お子さんがいるんですか?」
「だから、逃げてきたの。この子はこの世界のたったひとつ希望だから」
聖女は子供が出来ると、その力が消えてしまうという。
自分の妊娠に気がついたアイリスは、教会から逃げたあと、女神が示す通りにこの村に辿り着いたらしい。女神がこの村にアイリスを連れてきた理由が僕、のちに勇者になる人間がいるからだというが、僕には歴代の英雄のような力はない。
そのことをアイリスに告げると、彼女は『子供が出来ると父親は強くなるから』と、未婚の僕にはよく分からない返事をされた。
幼馴染がうっとりしながら僕に語る、よくある恋の物語だと、アイリスと僕が恋仲にでもなりそうだけど、彼女は最期まで僕の姉のような存在だった。幼馴染が村長の息子と許嫁になって、僕が振られた理由も『あんたが優柔不断だから!』と何故か、怒られたけど、アイリスも僕も家族のような情以外は抱いてはいなかった。
幼馴染のことを愚痴るとアイリスはきょとんとした目をして、なにがおかしいのか口を大きく開いて笑う。
「なにがそんなにおかしいのさ!」
「きみって、ほんとうに子供だね。彼女はきみに『婚約なんてやめて、僕を選んでくれ‼︎』って、言葉が欲しかったのかもしれないのに」
「僕には『好き』ってことが分からないし」
「それは、もったいないなぁ」
聖女は子供が出来ると子供に神聖力が移ってしまうため、子供を産むことは自分の死と引き換えであるけれど、何日も考えて、アイリスは自分の子を産むことを選んだらしい。
「女神のお告げだけじゃなくて、私がこの子に会いたかったの。初めて、好きになった人の子供だったから」
アイリスは子供の父親のことを口にはしなかったけど、彼女の口ぶりから身分の高い相手だと分かった。
「あのね。きみにお願いがあるの」
「お願い?」
「この子、レイチェルをあなたの子として育ててくれない?」
「もう名前も決めてるの?」
性別も分かってないのに、とびっくりする僕に、アイリスは『この子も聖女だから』と告げる。悩んだ末、僕が異世界転生をした役割は、この為だったのかもしれないと考えて、僕はアイリスのお願いに頷いた。
「ありがとう。勇者さま」
アイリスの遺言通り、彼女の娘に『レイチェル』と名前をつけて、僕はレイチェルを自分の子として育てることになった。
子供ひとり育てるのもお金が掛かる。
両親に首都で仕事を探すことを告げて村を出ると、自衛団での仕事が簡単に見つかり、暫くは僕とレイチェルは慌ただしいながらも平穏な日々を過ごしていた。
聖女の子を育てることで、なにかしらの女神様の恩恵を受けたのだろう、いつの間にか僕の剣術の腕は上がっていた。このことで王宮に呼ばれた僕は、王家の駒のひとりとして魔王を討伐する為の勇者として選ばれ、結果、仲間たちと共に魔王を討伐した。
魔王を討ち取ったと同時に、体全体に痛みが伝わる。魔王の血には毒でもあるのかと思った僕だったが、僕の胸にはレイチェルの剣が刺さっていた。
聖女として旅に同行していたレイチェルが、いつのまにか僕の背中に剣を突き刺していたのだ。
「……レ、レイチェル。なんで」
「パパが彼を殺したから」
「……彼?」
「あの人がいない世界なんて、滅んじゃえばいい」
こうして、2度目の人生を終えた僕が目覚めたのは、レイチェルが胸の上で弾んでいるところだった。
「パパのお寝ぼうさん!」
「えっ、レ、レイチェル⁉︎」
「レイチェル。パパはまだ、死んだばっかりなんだから」
「そうだぜ。こいつの内臓が飛び出るところなんて見たくねぇ」
「まさか、コボルト相手に死ぬとは思わなかったわ」
僕に呆れた顔をするのは、かつての懐かしい魔王討伐に選ばれた仲間たちであった。
どうやら、僕はコボルト相手に亡くなってしまい、レイチェルの力で再び、目を覚ましたところだったようだ。
「あのね、レイチェル。僕は決めたよ」
「パパ?」
レイチェルが恋をしていた相手は、多分、魔王だろう。魔王を討伐してしまえば魔王ではなく、可愛い娘の手で世界が恋心から滅んでしまう。
普通の父親なら『うちの娘はやらん‼︎』となるかもしれないが、3週目の人生の僕は違う。
世界平和の為にも、娘を魔王に貰ってもらおう‼︎
「パパ?」
不思議そうな顔をするレイチェルを、僕は抱き上げると分かっていない幼女はにっこりと笑う。
やっぱり、『うちの娘はやらん‼︎』って言っちゃうかもと思いつつ、僕は魔王と娘のキューピットになるべく、今後も最弱のふりをすることにした。
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