01. バス
とある八月の午前10時。
快晴の空の下を走る観光バスの中、最後部の3人掛けの席に同級生の少女3人が並んで座っていた。
「そういやこのバス、いつ目的地に着くんだっけか?」
そんなつぶやきを漏らしたのは、3人のうち一番左に座る高校2年生の少女、サキ。
茶色に染められた短めの髪、耳には赤いピアスと、ヤンキーそのものの見た目をしており、喋り方がやや荒っぽいのが特徴だ。
「そうねぇ。確か、あと2時間後だったかしら」
それに答えるおしとやかな声は、一番右に座る、サキと同じクラスの少女のルナのものだ。
明るい性格で友達も多く、アメリカ人の父親の遺伝の影響を色濃く受けた金髪がきらりと輝いている。成績も優秀で、まさに絵に描いたような優等生である。
「うー! 待ち遠しいなー!」
そしてこの元気な声の持ち主が、二人の間に座る黒髪で小柄な少女、由香。彼女はとくに特徴がない。強いて言えば、彼女は生命線が短い。
そんな3人は目的地へと向かうバスの中、とりとめもない雑談をして過ごしていた。
「本当、待ち遠しいわよねー。昨日は楽しみすぎて眠れなかったわ」
「んだよ、小学生みてーだな」
楽しそうなルナに対し、サキが言う。
「私も! 昨日から一生眠れない体になった!」
「それはなんでだよ」
由香に対しサキがぼやくようにツッコミを入れた。サキには思った事がなんでも口に出てしまうという癖がある。口が悪く見えるが、決して喧嘩を売っているわけではない。
そんな、3人がどうでも良い雑談をしている中、突然マイクで増幅された音質の悪い声がバス全体に響き始めた。
『あーあー、おほん』
「あっ、ガイドさんだ!」
由香の一言で、3人はバスの最前方でマイクロホン片手に立つガイドへと意識を向ける。
『マイクテスト。マイクテスト』
ガイドが続ける。
『えー。どうも。バスガイドの山田です。黄色いサルの皆様こんにちは。』
「なんでいきなり喧嘩腰なんだよ」
思わずサキが言う。
『本日は足元のおぼつかない中ご参加ありがとうございます』
「別にフラフラしてねぇよ」
『もうすぐ潰れそうなこんな会社のツアーですが、ぜひ楽しんで帰ってください』
「言うなよそんな事は!」
ガイドがいちいち気になる事ばかり言うせいで、ついツッコミを入れてしまう。サキの思った事がすぐ口に出る癖が遺憾なく発揮されていた。
もちろん最後尾で放つ声など走る車の中ではガイドに聞こえるはずもなく、マイクロホンによるガイドの声は滞りなく続いていく。
『えー、本日の旅行日程に関しては事前に送らせていただいた電子メールを御確認ください』
それを聞き、サキがスマホを開ける。
「えー。とりあえず、休憩所まではあと一時間だとさ」
「あら、まだ結構かかるのね」
「ながーい!」
サキの話を聞き、由香は足元のリュックからお菓子を取り出した。
「よーし、それじゃ、持ってきた菓子など貪り喰らって時間を潰すか〜」
「表現が粗暴すぎるだろ」
「あ、サキちゃんも欲しい?」
由香が言う。
「まあ、くれるなら」
「はい、ペットフードあげる!」
「なんでだよ、人用くれよ」
サキは由香が差し出す茶色い粒を押し返した。
「ご、ごめん! サキちゃんってオコジョに似てるから、つい」
由香が手を合わせる。
「ピンと来ねぇ動物で例えるなよ。頭に浮かばないだろ」
それを聞き、ルナも会話に混ざる。
「うーん、どちらかと言うとサキは、毒吐きデスオオムカデに似てると思うわよ」
「存在しない化け物で例えんなよ。あと人の形してないだろそのムカデ」
サキが呆れた声を上げた。そんなサキの様子は気にせず、由香はお菓子を取り出したのと同じリュックを漁っていた。
「あと、ジュースもあるよ!」
言って、由香は二本の缶をリュックから取り出した。見ると、それはコーラとサイダーだった。缶には企業名が書かれている。
「なになに、DyDoのドリンクか?」
「違うよ。Die Do(死を行う)のドリンクだよ」
「企業名怖すぎんだろ!」
サキが思わず叫んだ。
「へぇ。これは私も知らないわね。美味しいのかしらね?」
二本の缶を指差し、ルナが疑問符を浮かべた顔でいう。
「うーん。飲んだことないけど、地元ではこの二本は『うんコーラ』と『くっサイダー』って呼ばれてるよ」
「絶対マズイだろそれ!」
そんな全く中身のない会話を続けるうちに、まず手始め、3人の乗るバスは休憩所へとたどり着いた。