靴磨きの少年と魔法
1回5分10ペンス。お客の靴を磨くのが僕の仕事だ。
お客は1日に10人くらい。だから一日の稼ぎは大体100ペンス。パンを一つ買って帰る。病気で寝込んでいる妹と半分に分けて食べる。それが僕の一日。
食べたいものは食べられないし、靴墨で汚れた服も買い換えられない。でも不満は無い。魔法なんて無いとわかっているから。
そんなある日、奇妙な客が現れた。まず格好が妙だ。黄色いジャケット、緑のズボン、赤いシャツ、青いネクタイ、白黒チェックの山高帽。
「靴を磨いてくれないか?」
「はいよ、旦那」
靴墨を取って靴に塗る。布でこすって塗りつける。ピカピカになるまで磨きつける。
「君は今の自分をどう思う?」
「どう、とは?」
「ふむ。いや、その返事で十分だ」
言動まで変な客だと思った。客はそれ以降口を開かなかった。僕もしゃべらなかった。
「終わりました」
「うむ。ありがとう。いくらかね?」
「10ペンスです」
「ペンス?」
男は財布を開いて中をかき回すのをやめて、顔をしかめた。
「シリングではなく?」
「ペンスです」
「……これは使えるかね?」
客はコインを一枚差し出してきた。黒ずんでいて汚れていたが、ペンス銅貨ではないことはすぐにわかった。
「使えません」
「……まいったな。どうするか……」
客は顎に手をやって考えている。僕は黙っていた。しばらくして客は、ぱんと手をたたいた。
「こうしよう。私は実は呪い師なのだ。君に一つ魔法をかけてやろう。何がいい?」
「……は? まじない?」
「ああ、わかりにくかったかね。願い事はあるかね? 叶えたいが叶わぬ願い。無いのかね?」
「じゃあ、妹の病気を治してください」
「よかろう」
男は帽子を取って上下をさかさまにした。すぐに戻してまたかぶりなおす。
「叶えたぞ」
「えっ?」
「なんだ? 何か不満かね?」
「あんまりあっさりしてるから、嘘なんじゃないかと……」
「呪文など唱えんぞ、私は。しかし、嘘と言われるのは心外だな。……まあよかろう。今すぐに確かめられない君を責めるわけにもいくまい」
「あの……」
「ではな。私は先を急ぐので」
そう言うと男は目の前から消えた。瞬きはしていなかったと思う。本当にふっといなくなった。
まだ昼だったけれど、そこで仕事を切り上げて家に帰った。男のかけた魔法が気になった。家に着いて、扉を開けると妹はベッドから出て立っていた。
「お兄ちゃん、……なんか治ったみたい」
「へえ……。魔法みたいなこともあるもんだな」
僕は妹の頭を撫でながら、少しくらいは魔法を信じてもいいかもしれないな、と思った。