過去の亡霊⑤
「去年さ。刑務所には入ったが、初犯ということが幸いして刑期は短かった。大卒という経歴も良かったんだろうね。大いに更生の余地あり、ということで良い工場に配属してもらえた。一生懸命やっていたから、刑務官にも目をかけてもらったよ。模範囚として良い待遇を与えてもらえたし、仮釈放もずいぶんもらうことができた」
「そこで、大川原と出会ったのね」
「ああ、そうだ。僕が配属された工場に大川原さんはいた。そのときはもう、あの人は出所間近だった。一緒に過ごした時間は短い。けれどもあの人は、僕のことを色々世話してくれたよ。親身になって話も聞いてくれた。僕に身寄りがないことを知ると、出所したら面倒を見てやるとも言ってくれた。僕は、嬉しかったね。ギャンブルにはまって身を滅ぼした馬鹿な男にも、手を差し伸べてくれる人間はいるんだ、と思ったよ。まさに、地獄で仏に会ったような気分だった」
早瀬の声には孤独感がにじんでいた。そのときのことを、思い出したからだろう。早苗は想像してみた。彼が置かれた境遇を、その心境を。
確かに早瀬は、馬鹿な男だった。彼が言ったように、自業自得としか言いようがない。だが、彼が投資詐欺に手をだしてしまったことは、早苗には批判する権利はないように思われた。
なぜなら、そもそも自分だって窃盗という、れっきとした犯罪行為をしていたからだ。それに、藁にも縋りたい心境というのは理解できる。彼も、彼なりに必死だったのだろう。なんとか泥沼から這い出ようともがいていたのだ。そして、沼から出ようともがいているうちにどんどん深みへとはまり、気づいたらどん底に落ちていたのだ。
「笑うだろう?」そう言って、早瀬が笑った。相手にも笑ってほしいという、笑い方だった。
「まあ、私には笑うことはできないわね。あなたが借金をつくったことは笑えるかもしれないけど、投資詐欺に手をだしたことは笑う資格はないわ」
「君が窃盗団のリーダーだったとは、思わなかったよ」そこで早瀬が、声の調子を明るくした。重々しい話題が去ってくれたと思っているのだろう。「今日会ったときは、本当にびっくりしたよ。まさか、こんな形で再会するとはね。いつからやっていたんだい?」
「その割には、落ち着いているように見えたけどね」
「それは、君も同じじゃないか?」
それを聞いて、早苗は少し笑った。どうやら平静を装っていたのは、お互い様らしい。
「あなたは刑務所で大川原と知り合った。それで、出所してから連絡を取ったのね」
「そうだよ」
「それで、今のあなたがあると」
「それは、さっき言ったとおりだよ」
「わかったわ」
早苗は言った。もう、聞きたいことには充分に答えてくれたと思った。ある一つの質問を除いて。




