泥棒たちは作戦を練る①
「いやあ、もう、死んだかと思いましたよ」
及川が冷たいタオルで顔をふきながら言った。
大川原たちが帰ったあとだった。彼らは用件を済ませると、そそくさと帰っていった。
まるで拳銃などなかったかのように、スーツを着た風変わりな引っ越し業者のように、目的を終えるとすぐに撤収していった。駐車場と路上に停められていた異常な数の高級車は跡形もなく消え、残ったのは早苗たちの疲労感だけだった。
いまは全員が及川の自宅に残り、作戦会議をしていた。もっとも、本当の理由は帰る気にならなかっただけだ。リビングにある大きめのテーブルの椅子に座り、及川の淹れたコーヒーをちびちびと飲んでいた。まだ昼食もとっていなかったため、軽食のつもりで焼いたトーストがテーブルの真ん中に置いてある。
「いきなり押しかけてきたの?」トーストの角をかじりながら、ミクルが言った。
「そうなんですよ。朝早く起きて執筆してたんですけど、八時ぐらいですかね? いきなりチャイムが鳴りましてね。前の日にアマゾンでワイヤレスイヤホンを注文していたので、もう届いたのかと思って喜々として玄関の扉を開けたら、連中が立っていました。反射的にドアを閉めようと思ったんですけど、片足を突っ込まれましてね。ずかずかと上がり込んできました。あとは縄で縛られて、あのざまです」及川が自嘲気味に笑う。
「すごい刺激的な体験だよね。小説で使えるんじゃないの?」ミクルがにやにやしながら言った。
「いや、そうなんですよ。縛られてるときはパニックでなにも考えられなかったんですけど、いまになってそう思いますね。きっとこれは、良い題材になりますよ。拳銃を突きつけられる経験なんて、誰もができるわけじゃないですからね」
さっきまでの泣きっ面が嘘のように、及川は明るい顔をしていた。
「そんな能天気なこと言ってる場合かしら」早苗が呆れながら言う。
「開き直らないとやってられないよ」
早苗に反論するように、ミクルが口を尖らせた。「いきなり脅しつけられてさ。これからコストコで楽しいショッピングをする予定だったのに。これで盗んだ一千万も没収されてたら、渋谷あたりで火炎瓶でも投げてたよ」
「ほんとですね。お金がとられなかったのが幸いでした。あの大川原さんとかいう人も、意外と心が広いのかもしれませんね」
早苗は及川を見た。いつもと違って、目がらんらんとしている。おそらく、深い恐怖を味わった反動なのだろうと思った。人間は強い不安感や恐怖感から解放されると、その反動でハイのような状態になることがある。誘拐監禁された被害者が、犯人に同情心をもったりすることもある。いまの及川は、まさにそのような状態なのだろうと思った。
「いや、それはないよ。あれはくそじじいだよ」ミクルが舌をだす。「汚い顔をしてたし、品性も下品だった。あたしと早苗さんを、性奴隷にするとか言ってさ。ほんと、最低な野郎だよ」




