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泥棒たちは買い物に出かける⑧


 しかし、早瀬が大学を卒業した頃から、そうした日々に変化がおとずれるようになった。


 早瀬はアトリエを兼ねた自宅にこもり、絵を描くことに専念した。出版社やデザイン事務所に就職することはせずに、ひたすら画家として独立することを目指した。早苗もそれを応援したし、彼ならその夢を叶えられると思っていた。


 早瀬は油彩の描き手で、印象派のような絵を好んで描いていた。それは、早苗から見ても相当レベルの高い、美しい絵だった。彼は芸大の絵画科を首席で卒業していたし、企業が主催するコンクールで一位を取ったこともある。彼が画家として有名になるのは、時間の問題だと早苗は考えていた。


 だが、芸術の世界ははそんなに甘くなかった。独創性の神様は、簡単に振り向いてはくれなかった。


 早瀬がどんなに絵を描いても、芽が出ることはなかった。テーマが決まった公募ではそれなりの絵が描けるのだが、自分の描きたいもの、画家として独創性を打ち出したものはまったくだめだった。どんなに絵を出しても、彼の名が世間に知れ渡るようなことはなかった。一度など、早苗が金を出してやって個展を開いたりした。だが彼の絵が売れることはなく、足を運んだ心ない人間からは「絵に魂が入っていない」などと言われた。


 二年もすると、早瀬の絵を描く頻度は減った。それと反比例して、ギャンブルに足を運ぶ回数が増えた。最初はパチンコに行く程度だった。だが、時間が経つにつれて様々なギャンブルにのめり込み、いつしか非合法のカジノにも足を運ぶようになっていた。それでも早苗は諦めなかったし、いつか彼の名が世に知れ渡って、日の目を浴びる時がくると信じていた。


 交際してから五年目の冬に、早瀬は蒸発した。その頃にはすでに彼との関係も冷え切っており、連絡を取らない日が続いていた。携帯電話が繋がらなかったので、アパートに行ってみるとすでに部屋は引き払われていた。ピッキングをして玄関のドアを開けると、がらんとした部屋がそこにはあった。描きかけの絵も、絵を描く道具も、そこにはなかった。


 それから早瀬から連絡が来ることはなかった。早苗も彼のことを探そうとはしなかった。五年間で貸した金額は一千万近くあったが、それはどうでもよかった。そんなことより、時間を無駄にしたことのほうが悔しかった。その悔しさはあっても、後悔や未練を感じることはなかった。早苗はすっぱり彼のことを忘れることにした。そうして今日まで生きてきたし、彼のことを思い出すこともなかった。あの夜富豪の家に入って、絵を見るまでは。


「ねえ、早苗さん」


 早苗の回想を打ち切るように、ミクルが声をかけた。となりを見る。ミクルは何やら、難しそうな顔をしていた。


「なに?」


「つけられてるかも」



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