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泥棒たちは買い物に出かける⑦


「借金よ。ギャンブル依存症でね、どうしようもない男だった。最初は少額を貸してたんだけど、ちりも積もれば山となるってやつでね。気づいたら、かなりの額を貸してた」


「どのぐらい?」


 うーんと言って、早苗は思案した。顎に手をあて、考える。しばらくしてから「一千万ぐらい?」


「一千万!」ミクルが叫んだ。勢いあまって、クラクションを押してしまう。プワーンと音が鳴った。「一千万って、大金じゃん。家が買えるよ、家が」


「家は買えないわよ」早苗が苦笑する。


「早苗さん、あたしに金の遣い方で説教する資格ないよ」


「ほんとよね」


「で、一千万を貸して、その人は消えちゃったわけ?」


「そうなのよ。私もね、少しは信じていたのよ。絵は描いていたし、この人はきっといつか、どこかで立ち直ってくれるって。今思うと、ほんとに馬鹿よね」


「そんなことがあったんだね」ミクルが感慨深そうに言う。


 それから、会話が途切れた。


 早苗は窓の外に視線を向けた。青空があり、すぐ近くには立ち並ぶ高層ビル群が見えた。その奥のほう、左の方向には東京タワーが見えた。青のキャンバスに浮かんでいるような、赤色の細長い鉄塔。早苗はそれを見ながら、金を持って逃げた男、早瀬正臣(はやせまさおみ)のことを思い出した。


 早瀬とは大学生の頃に知り合った。早苗がたまたま足を運んだマルセル・ルーベンスという画家の企画展で、たまたま知り合った。ミュージアムショップでとある一枚のポストカードを取ろうとしたとき、偶然手が重なった。その相手が早瀬で、それをきっかけに二人は知り合った。まるで小説や漫画みたいな出会い方だが、そうしたことは現実にある。


 当時の早苗が二十歳で、早瀬は二十二歳だった。まもなく芸大を卒業して画家になるんだ、と言った彼の自信満々な表情に惹かれた。早苗はそのときからすでに泥棒稼業に足を突っ込んでおり、大学に友達がいるとはいえ、つるんでいるのはほとんどが悪党だった。芸大出の優男と知り合ったのは新鮮で、まるで違う世界に飛び込むかのような魅力があった。


 お互いにぐいぐいと距離を詰め、すぐに付き合った。早瀬は明るい男で、話がおもしろかった。早苗の知らないこと、絵画に関する知識が豊富で様々なことを教えてくれた。そうしたことも、付き合うきっかけの一つになった。彼が一般的な芸術家のイメージ、静かで思索的で、暗い男だったら交際することはなかっただろう。


 早苗はよく、早瀬のアパートに足を運んだ。有名絵画の複製画や大量の筆、キャンバス、絵具に囲まれたワンルームのボロアパート。そこによく足を運んで、彼の芸術談義に耳を傾けた。早苗が行くと、彼は決まってコーヒーを淹れてくれた。貧乏学生で金はなかったが、コーヒーだけは贅沢しているようで良い豆を使っていた。それはとても美味しいコーヒーで、早苗は床に座ってそれを飲み、早瀬は絵具で青くなったり白くなったりした革製の椅子に腰かけ、話をした。ささやかだが、充実した日々だった。



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