泥棒たちは買い物に出かける⑥
「ふーん」と言って、ミクルは興味深そうな顔をしていた。
「それより、ミクルちゃんは彼氏いないんだっけ?」
「いないよ。あたしは、推し一筋だから」
「おかしい」実際、おかしかった。ミクルが推しているのは、女性四人組のアイドルユニットだった。同姓の子を応援するために恋人をつくらないというのは、おかしな話に思えた。
「あたしの話はいいよ。早苗さんはどれぐらい彼氏いないんだっけ?」
「三年ぐらいかしら」
「そろそろつくってもいいんじゃないの?」
「あなたに言われたくないわよ」早苗は笑いながら言った。
「ねえ、元カレはどんな人だったの?」
その質問には、早苗は言葉を詰まらせた。ミクルにあの男のことを話したことはない。話す必要もなかったし、話すべきだとも思えなかった。どうしてそんなことに興味を持ったのかはわからない。気まぐれな性格からして、ただの暇つぶしで訊いたのかもしれない。
「大した男じゃないわよ」とだけ、答えておく。
「ねえねえ教えてよ。早苗さんがどんな人と付き合っていたか、知りたい」
ミクルがアクセルを踏みながら言った。興奮が足に伝わったのか、GTRがぐんと加速する。エンジン音に変化はなく静かだったが、景色が流れる速度がはやくなった。
早苗はどうするか迷っていた。ミクルは猫のように気まぐれだが、好奇心はある方だった。またたびに食いつく猫のように、一度興味を示したものは簡単には離さない。早苗は考えた。少しは話してやらないと、彼女は諦めてくれないように思えた。
「芸大出の、画家志望の男だったわ」
「そうなんだ」ミクルが目を輝かせた。まるで、獲物を見つけて黒目を大きくする猫のようだった。「初めて聞いたよ。もしかして、早苗さんが絵が好きなのは、その元カレの影響だったりするの?」
「べつに絵が好きなわけじゃないけど」遠くにある高層ビルを見ながら言った。「まあ、その男の影響も多少はあるかもね」
「へええ、そうなんだ」
「癪だけどね」
「でも、絵を描く人ってかっこいいね。なんか、クリエイターって感じがする。どうして別れちゃったの?」
「逃げたのよ」早苗は正直に言うことにした。「私から金を巻き上げて、どっかに逃げたの」
「うそでしょ」ミクルが高い声をだした。興奮しているような、嬉しそうな声だった。「騙されちゃったの? 信じられない。早苗さんは、そういうの引っかからなそうだけどな」
「私だって信じられないわよ」ドリンクホルダーからペットボトルをとり、水を飲んだ。「まだ若かったし、馬鹿だったのね。私にも、甘いところがあったのよ」
「その人お金に困ってたの?」