泥棒たちは買い物に出かける④
「この絵、どうするんですか?」
「どうするもなにも・・・」
「大熊さんに連絡すれば、買い取ってくれるブローカーを探してくれるんじゃないですか?」
「こんな誰が描いたかもわからない絵、売れるわけないじゃない」
「そうなんですか? 有名な画家が描いた絵じゃないんですか?」
「署名もない絵よ。金庫にあるからって、どれもこれも名画ってわけじゃないのよ」
「そうですか」及川が肩を落とす。「じゃあ、置いていきますか」
それが得策だろうと思えた。価値のないものを、わざわざ盗む必要はない。だがなぜか、早苗はこの絵を置いていく気になれなかった。絵を持つ手が、ろうで塗り固められたかのように動かない。
「それか、僕が持って帰ってもいいですか? なんだかこの絵、気に入っちゃったんですよね。きれいだし、部屋に飾りたいと思います」
横から及川が手の伸ばしてきた。早苗はその手を払いのけた。
「だめよ。これは、私がもらうわ」
「ええー」及川がぶすくれた顔をする。「早苗さんさっき、この絵はろくでもないって言ってたじゃないですか」
「そんなこと言ってないわよ」早苗が及川を睨む。「それに、この金庫を開けたのは私よ」
「そんなこと言ったら、警備システムを解除したのは僕ですよ」
「私は玄関のドアを開けて、金庫も開けてるのよ。二人分の働きをしているの。この絵をもらう権利は、私にあるわ」
まるで子供のような言い合いだった。しかし結局は、早苗に軍配があがった。窃盗団のリーダーは早苗で、彼女が計画を立てたり物事の判断をくだしている。及川は最終的には、早苗の意見に従うほかない。
「わかりました」及川が弱々しい声で言った。まるで、飴玉をとりあげられた子供のような顔だった。
それから近くの路上に待機しているミクルの車に乗り、その場を離れた。ミクルは絵を見ても、とんと興味を示さなかった。ただ及川と同じように、「高級な絵なの?」と絵画の経済的価値にだけは関心を示した。
その後、及川の家に寄った。いつものように現金を山分けし、それからミクルに自宅まで送ってもらった。早苗は家に帰ったら、一人でゆっくり絵を眺めようと思っていた。だが実際家に着くと、絵を見る気にはなれなかった。バックパックから取り出したものの、そのままクローゼットにしまってしまった。