泥棒たちは買い物に出かける③
あの夜、富豪の家に入って金庫を開けた。なかには、現金一千万と一枚の絵が入っていた。
黒い布のなかから現れた絵を見て、早苗と及川は驚いた。まさか、金庫のなかに絵が入っているとは思わなかったからだ。きれいな、油彩画だった。原っぱようなところで、白いワンピースを着た女性が、頭にかぶった麦わら帽子を片手でおさえている絵。空は透き通るような青で、入道雲のような大きな雲が綿のように描かれていた。
印象派の絵であることは、見てすぐにわかった。色彩の使いかた、筆のストローク、自然光を重視した構図、ありとあらゆるものが、この絵が印象派の系譜に属していることを示していた。
作者の力量も、相当なものであるのが感じられた。金庫にしまっているぐらいだから、名のある画家なのかもしれない。だが、絵のどこにも署名はなかった。ただ、美しい景色と美しい女性が描かれているだけだった。印象派の有名な画家の名前が頭に浮かぶが、しかしどれもピンとくるものはなかった。
だが、早苗には感じるところがあった。それは、昔付き合っていた男、画家志望でギャンブル依存症の男のことだった。絵は、その男が描いた絵に似ていた。早苗に金をたかり、大金を借りて最終的には蒸発したクズ男。そのクズ男の描いた絵と、どことなく似ている雰囲気があったのだ。
「どうしたんですか、早苗さん」
絵を見つめ、茫然としていたところ、及川に声をかけられた。早苗は複雑な表情で首を振るしかなかった。まさか、「昔付き合っていた、クズ男の描いた絵に似ているのよ」などと言うことはできない。
「この絵、有名な人が描いたんですかね? 金庫にしまってるぐらいだから、高価なものですよね?」
及川は高揚しているようだった。これまで何度も盗みをやっているが、金庫から絵が出てきた経験は初めてだろう。ある意味、ロマンチックともいえる。ましてや、ルマークのすてきなお話を聞いたばかりだ。彼が興奮してしまう気持ちも、わからないでもない。
「きっと、ろくでもない画家が描いた絵よ」早苗はぶっきらぼうに言った。
「そうですか? この絵、とてもきれいじゃないですか。僕には、すてきな絵に見えますよ」
「あんたに絵画のなにがわかるのよ」
「あんたって・・・」及川が悲しそうに眉をさげた。「ひどいです」
早苗は複雑な表情で絵を眺めた。あの男と過ごした日々が、脳裏によみがえる。もう、別れてから三年経つ。金のことは諦めていた。ふんぎりもつけたはずだった。しかしなぜか、この絵を見た瞬間に、時計の針が逆回転したかのようだった。砂時計を逆さまにしたかのように、昔の思い出が頭のなかに降ってくる。早苗は顔をしかめた。自分らしくないな、と思った。
「早苗さんどうしたんですか? なんか、怖い顔してますよ」
「べつに」