泥棒は教会へ行き、そして別れる④
「おかげで僕は、この絵を見つけて盗むことができたわけだ」早瀬が自嘲気味に笑う。
「父は生前、絵が盗まれたら探してくれるように、泥棒仲間の友人たちに依頼していました。そして彼らが、ルマークの指環という架空の話を広めたのです。もし絵が盗まれたら、ルマークの指環が盗まれたという噂を広める。そうして段階的に情報を広めていけば、盗んだ犯人の手がかりが得られると考えたんです。まさかこんなに早く、犯人に辿り着けるとは思っていませんでしたが」
「あなたのお父さんも、友人たちも賢いのね」
「ですがもう、ここに絵を飾るのはやめにしようと思います。もう充分、多くの人たちに母の姿を見てもらいました。これからは私の家に飾って、少数だけれど親しい人たちに鑑賞してもらうようにします」
「それがいいわね」早苗が微笑んだ。
早苗たちはしばらく絵を鑑賞した。教会を出るとき、里美は出口まで来て見送ってくれた。優しい微笑みを浮かべながら手を振る里美を見て、早苗は「また、ここに来てもいいかしら?」と訊ねた。
「ええ、いつでもいらしてください」里美が笑顔で返す。
「次に会うときは、ルマークじゃなくてあなたの物語を聞かせてね」
帰りは別々だった。ミクルと及川は用事があると言い、二人は車で帰ることになった。早苗と早瀬は、駅までの道のりを二人で歩く。別れ際、ミクルが意味深長な笑みを投げかけてきたが、早苗はただただ苦笑することしかできなかった。
駅までの距離は短いが、二人はゆっくりと歩いた。早瀬が口を開く。
「今回の件では、君たちにとんだ迷惑をかけたね」
「いえ、そんなことないわよ。金庫から絵を盗んだのは私だし、お互い様ってところじゃない」
早瀬が笑みを浮かべた。
「僕はこれから、フランスに行って絵の修行をしようと思うよ」
「あら。私の言ったように、また画家を目指すことにしたの?」
「そうなんだ」早瀬は少し、照れ笑いを浮かべた。「大川原はいなくなったし、自由の身になった。もう一度、かつての夢を追いかけてみようと思う」
「あの絵を初めて見たとき」早苗が金庫を開けた瞬間を脳裏に浮かべる。「あなたが描いた絵にそっくりだと思ったの。廃工場であなたが描いた絵を見たときも、とても上手だと思った。あなたには油彩を描く才能があるわ。ちゃんと修行すれば、きっと有名な画家になれるわよ」
「もう年だけどね」早瀬が頭を掻く。
「年齢なんて関係ないわよ。アンリ・ルソーは四十歳を過ぎてから画家を目指したんだし。マグリットが世に認められるようになったのは、五十歳を過ぎてからよ」