泥棒たちは買い物に出かける②
「普通の会社だったらね」早苗は苦笑する。「若い子がもっと仕事をさせてくださいって言えば、そりゃ喜ばれるわよ。でも私たちの仕事は、会社員とか公務員とは違って、常にリスクと隣り合わせなの。あんまり頻繁にやるのはよくないし、月一回のペースがちょうどいいわ」
「まあ、そりゃそうかもしれないけど」ミクルは納得していない様子だった。
「ねえ、どのぐらいお金を遣ってるの?」
「どのぐらいって?」
「その、ミクルちゃんが好きなアイドルの応援に」
「五十万」ミクルがぶっきらぼうに答える。
「五十万? 月に?」
「いや、昨日で」なぜかミクルは、少し嬉しそうだった。「推しのライブ配信があったから、スパチャで二十万遣った。それから、来月のライブのチケットをオークションで落として、あとグッズも買った」
「それで、一日で五十万遣ったの?」
「そうだよ」
「あら、そう」早苗は目を丸くした。「それは、すごいわね」としか言うことができない。
「でしょ?」ミクルは得意そうに笑った。
「そんなに一生懸命応援してもらったら、アイドルも本望よね」
「そうなんだよ」ミクルが声を高くする。「早苗さんならわかってくれると思った」
「私は、なんでもわかるわよ」
「ねえ、早苗さんも一緒に来月のライブ行こうよ。チケットはあたしが取ってあげるから。ほんとにね、すごいんだよ。もう、鳥肌がぶわーって立って、最後は涙なしじゃ見られないんだから。きっと、一生忘れられないすてきな体験になると思うよ」
「検討しておくわ」
車は大きなカーブにあたり、滑らかに曲線を描いた。五百馬力を超えるエンジンが、静かに力強く道路を蹴る。ミクルは片手で、このじゃじゃ馬を楽々と乗りこなしていた。
ミクルは子供のような見た目とは裏腹に、国内A級ライセンスの所持者であった。車好きの父親によって、幼少期からレーサーとしての英才教育を受けていた。今でもたまに、JAF公認競技レースに出場している。運転の腕は確かで、どんな車でも乗りこなせる。窃盗団の運転手としては、このうえない人材だった。
カーブを曲がると道路は地下へと続いていた。トンネルの入り口があり、四角く切り取った空間が現れる。それはまるで、都会のなかに現れたコンクリート製のモンスターが、大きな口を開けているようにも見えた。
「ねえ、そういえばさ、あの絵はどうなったの?」サングラスを外したミクルが、言った。
「絵?」
「ほら、このあいだ盗みに入ったとき、早苗さん持ってきたじゃん。金庫に入ってた、絵」
「ああ」早苗の脳裏に一枚の絵が浮かぶ。思い出すと同時に、自然と溜め息がでた。