泥棒は教会へ行き、そして別れる②
「でもまさか、こんなに上手くいくとは思いませんでしたね。まんまとキングさんが騙されてくれて、良かったですよ」
「大川原が偽物の絵を持って来たのが大きかった」早瀬が口に煙草を加える。禁煙なので、加えたままもて遊んでいた。「大川原が途中で偽物だと気づいていたら、この作戦は失敗していただろう」
「つまり、自分の絵のおかげだと言いたいわけ?」早苗が早瀬を見る。
「いや、そんなことはない。これは、君が考えた作戦だ。君の立てた作戦が良かったし、それになにより、俺たちにはツキがあった」
「天網恢恢疎にして漏らさず、ってやつですね」及川が腕を組み、何度もうなずく。
「終わりよければすべてよし、かもね。絵を取り返すことはできたし、大川原も始末することができた」早苗が髪をかきあげる。「アンティーブ岬も失わずに済んだしね」
早苗の指示した通り、大熊はアンティーブ岬を回収していた。アンティーブ岬の盗難はニュースで大々的に報じられており、大熊は念のため都内を離れて他県に行き、そこで密かに絵を保管している。
「まあ、あの後キングの家から帰ってくるのは大変だったけどね」早瀬が苦笑した。
「なにかあったんですか?」
「俺の部下になれって、うるさかったんだ。うまく断るのに骨を折ったよ。無下に断って機嫌を損ねたら、なにをされるかわからないからね」
「部下になってたら、大川原に直接手を下せたかもね」ミクルが能天気に笑う。
早苗たちが談笑していると、教会の入り口から里美が入ってきた。早苗と最初に会ったときのように、グレーのパンツスーツを着ている。髪をアップにして、ヒールの音を鳴らしながら歩いてきた。
「みなさん、お待たせしました」
里美が声をかけると、一同が立ち上がった。
今日、里美に絵を返すことになっていた。早瀬が盗んだ、ルーベンスの未発表の作品。里美の父である、ルマークの形見の品。
早瀬がアタッシェケースから絵を取り出した。それを、里美に渡す。里美は受け取ると、微笑みを浮かべてゆっくりと眺めた。
「里美さんごめんなさいね、迷惑をかけちゃって」
「君が謝ることはないよ」早瀬が早苗の言葉を打ち消す。「これは元々、僕が盗んだものなんだ。責任はすべて、僕にある」
「そうだよ。早瀬さんが絵を盗まなかったら、こんな面倒なことにならなかったんだから。あたしたちだって、大川原に脅されることもなかったし」ミクルが唇を尖らせる。
里美はくすくす笑っていた。それから、西側の壁に移動し、絵をかけた。そこはもともと絵が飾ってあった場所で、早瀬が盗んだ場所でもあった。