泥棒は教会へ行き、そして別れる①
翌日、早苗たちは教会にいた。その日は晴れていて、ステンドグラス越しに彩りある光が放たれていた。美しい光が教会の中の空気を清冽にして、とても居心地の良いものにしている。早苗、ミクル、及川が同じ長椅子に腰かけ、前の列に早瀬が座っていた。
「それで、大川原はどうなったの?」
ミクルが訊ねると、早瀬が振り返った。
「わからない。きっとキングのことだから、海外のどこかに売り飛ばすことになると思う」
「これでもう、大川原さんに怯える必要はなくなったわけですね」及川が心の底から安堵したような声を出した。
平日の朝早い時間のためか、教会の中に他の人の姿はなかった。ただ外からは人々の生活する音、車の走る音や通学中の子供たちの声などが聞こえてくる。
「でも、うまくいってよかったね、すり替え作戦」
倉庫から逃げてきたあの晩、早苗は絵をすり替える作戦を考えた。そのとき早苗は、早瀬が贋作を描くことを提案した。大川原の家の金庫にある絵は、未発表の作品で複製画がない。それなら、描ける人間に描いてもらうのが、一番手っ取り早いと考えた。
「まさか早瀬さんが、あんな短い時間で描けるとは思いませんでしたよ。しかも、記憶だけでね」
早瀬は最初、断った。限られた短い時間の中で、しかも記憶の中にしかないルーベンスの絵を再現することなど、不可能だと考えたのだ。だが早苗は、譲らなかあった。大川原から絵を取り返し、なおかつキングの怒りを買うように仕向けるには、方法はこれしかなかった。早苗は描ける、と早瀬に言い聞かせた。それに、なにもキングを騙すわけではない。短時間、大川原の目をごまかせればそれで良いのだ。
早苗の説得が功を奏し、早瀬は首を縦に振った。それから里美が用意した道具を使い、早瀬は絵を三時間程で完成させた。驚異的な集中力と、技術力だった。
「元画家って肩書はうさん臭いと思ったけど、本当だったんだね。絵を描き上げたときは、正直尊敬したよ」なぜかミクルが、上から偉そうに言う。
絵が乾くのを待って、早苗と及川が大川原の家に侵入した。そして、金庫を開けて本物のルーベンスの絵と入れ替えた。
それが済むと、今度は早瀬がキングの家に向かった。キングとは大川原を通じて面識があり、中に入れてもらうことができた。キングと面会した彼は、渾身の演技で一芝居打った。大川原が騙そうとしていると言い、偽物の絵を持ってくると訴えた。最初はキングも疑っていたが、早瀬が絵を描かされたことを説明し、録音した音声を聞かせると目の色を変えた。
「でも、あの録音は傑作だったね。早苗さんがいつの間にあんなものを録っていたのか、まったく気づかなかったよ」
大川原の家に呼び出されたときに、早苗はこっそりと録音していた。大川原から仕事を命令された証拠として、いずれなにかの役に立てればと思って録っていたのだ。
そこに、早瀬の声を追加した。早瀬の声は後から録音したもので、それを早苗が録った音声と合体させた。及川が編集ソフトを使い、あたかも本物の会話のように加工して作ったものだった。