泥棒たちのすり替え大作戦①
大川原はリムジンの後部座席に乗りながら、窓外の景色を眺めていた。空は晴れていて、雲間からふりそそぐ光は柔らかくて透明だった。まるで、今日の自分のことを祝福してくれているように思う。
地方への出張を終え、自宅マンションに着いたのは午前十時過ぎだった。部下にコーヒーとスクランブルエッグを作らせ、軽い朝食をとりながらCNNのニュース中継を見た。少し休憩してから、アルマーニのスーツに着替えて金庫を開けた。中にあるルーベンスの絵をアタッシェケースに入れ替え、家を出る。
これからキングの家に行って、絵を渡す予定になっていた。ルーベンスの未発表の作品。早瀬が見つけてきたもので、まさか生きているうちにこんな幸運に巡り合えるとは思ってもいなかった。やはり自分は、ツキのある男だと思う。
ルーベンスの話をしたら、キングは食いついた。彼は滅多なことで人を褒めない。血生臭い仕事をしている人間の癖で、常に他人を疑っているし、安易な儲け話に乗ったりすることもない。だがルーベンスの話をしたときは別だった。それまで不機嫌そうな顔をしていたが、とたんに子供のように無邪気な表情をして、目を輝かせた。それからもし本当なら、自分はいくら金を積んででも買い取りたいと言った。普段はケチケチしてて一円単位でも出費に厳しい彼には、考えられないことだった。
大川原はそれを固辞して、破格の値段で売ることを確約した。ルーベンスの未発表の作品であれば、オークションで競り落とすのに必要と思われる金額の、十分の一の値段だった。キングは一瞬、鋭い目つきになった。だが大川原に裏の魂胆がないことを読み取ると、すぐに銀行に電話をして金を用意させようとした。ずいぶん気が早いものだと、大川原は苦笑した。
高値で売るつもりはなかった。あまり高い金額の買い物をさせることは、キングのような人間を相手には危険なことだった。それよりも安値で売り、彼に恩を売っておきたい。大川原が画商としても、他のビジネスもうまく軌道に乗せることができたのは、彼がライバルを潰してくれたからだ。彼の持っている様々な権力、パイプを利用させてもらうためにも、これからも末永くお付き合いさせていただく必要がある。
唯一、目障りなライバルは佐々川だった。文化庁出身の元お役人で、エリートという抽象名詞がスーツを着たような、痩身で凛々しい佐々川の姿が脳裏に浮かぶ。佐々川はいってみれば競合他社みたいなもので、あの男さえいなければ画商ビジネスももっと幅広く手掛けることができた。
そんな佐々川を潰すためにも、早苗とかいうコソ泥たちに仕事を命令した。自分の家に盗みに入ったと知ったときは、頭に血がのぼった。すぐにキングに連絡し、南米の治安の悪い土地に奴隷として売り飛ばしてもらおうと思った。だがそこで、機転が利いた。これはもしかして、利用できるのではないかと閃いた。それから佐々川の企画展を潰す計画を思いついたときには、さすがに自分は天才だと思った。キングがアンティーブ岬を欲しがっていることは知っていたし、もし盗まれたとなれば、手は下されなくても信用は失墜する。