泥棒たちは再び作戦を練る⑤
一方の早瀬はまだ半信半疑の顔をしていた。だが、ルーベンスの絵があの教会にあったことは事実で、それは動かし難いものだ。難しい顔をしていたが、結局は「まさかルーベンスが日本で結婚していたとはな」と、里美の言うことを認める形になった。
「ルーベンスでもルマークでもどっちでもいいけどさ」ミクルが溜め息交じりの声で言った。「とにかく里美さんは、お父さんの描いた絵を探しているんでしょ? でもあの絵は、残念だけど大川原が持って行っちゃったよ」
確かにミクルの言う通りだった。早苗たちは大川原の家に侵入し、金庫を開けて絵を盗んだ。だがそれから、大川原は及川の家を襲撃し、早苗たちから絵を取り返して行った。
「あの男が、僕から無理やり奪ったんだ」早瀬が苦い顔をして言った。「僕は最初に見つけたとき、あの絵を持って海外に行こうと思った。ルーベンスの絵を発掘したとなれば海外でも画商としてやっていけるし、なにより大川原から逃げることができる。だがあの男は僕が保管していたのを目ざとく見つけ、奪って行ったんだ。渡さなければ殺すと、遠回しに脅されたよ」
「だからあの絵は、あなたの物じゃなく私の物です」里美が厳しい口調で指摘する。
「早瀬さん、里美さんの機嫌を損ねないほうがいいですよ」及川が怯えた口調で言った。「下手なことを言ったら、早瀬さんまで撃たれかねませんよ」
それを聞いて里美が声を上げて笑った。それから、手に持っていた自動小銃を掲げる。「それなら心配いりません。これは殺傷能力の低いゴム弾ですよ。撃たれても、しばらく意識を失う程度で済みます。絵の奪還作戦には父の友人たちも全面協力してくれているので、色々な道具を用意してくれました」
それを聞いて、及川は安堵したような表情を浮かべた。息を吐き、ハンカチで額の汗を拭う。
「で、大川原は結局のところ絵をどうするつもりなの?」シートに両腕を乗せ、ミクルがのんびりした口調で言った。
「里美さん、あなたが絵を取り返したい気持ちはわかる。でも、やめたほうがいい」そこで早瀬が、少し真剣な表情になった。
「なぜですか?」
「大川原は、あの絵をキングに売るつもりなんだ」
「キング?」里美の表情がいささか曇る。
「君もキングの名ぐらいは知っているだろう。キングは大の絵画愛好家でね、自宅の豪邸に色んな絵を飾っている。もちろんルーベンスもね。大川原は彼に絵を売って、取り入ろうとしているんだ」
そこで早苗が怒った声を出す。「それなら最初から、私たちに仕事を頼む必要なんてなかったんじゃないの」
「あの男は欲深いんだよ。それに、心配性でもある。手元のカードたくさんあるほうがいいし、保険も複数かけておきたい派なんだ」