泥棒たちは再び作戦を練る④
「どうして日本の教会にルーベンスがあるのか驚いたよ。でも、名画の発見とはそういうものだ。意外なところに、その価値を知らない人によって保管されているということが、しばしばある。僕は幸運に恵まれたと思った。ルーベンスが、僕のもとに降りてきてくれたと思ったよ。そうでなければ、僕がルーベンスを発見できた奇跡を説明することはできない」
「残念ですがあの絵は私の物ですし、その本当の価値はあなたではなく、私だけにしかわからないものです」
「いったい、ルマークとルーベンス、どっちが描いたものなの?」ミクルが頭を抱え、混乱したような声を出した。
「私の父は、泥棒でした。ルマークは母と結婚するまでは泥棒で、結婚後は足を洗ったんです。それで、前々から夢見ていた、絵描きの世界に飛び込んだんです」
「何の話?」早苗が眉をひそめる。
「まだわかりませんか。つまり、ルーベンスという画家の正体は、私の父なんですよ」
またしても車内がしんとなった。今度は早瀬が目を見開く番だった。
「君の父親は、ルーベンスなのか?」
早苗にも段々と理解できてきた。つまり、ルマークとルーベンスとは同一人物で、泥棒と画家という二つの顔を持った人物だったのだろう。そんな彼の娘が、里美というわけだ。
「泥棒から、画家になったんですか?」いきなり及川が声を張り上げた。「ルマークさんは泥棒をやめたあと、ルーベンスさんという世界的な画家になったんですか?」
「いったいなんなのいきなり、でかい声ださないでよ」ミクルが迷惑そうに、耳を押さえながら言った。「だったらなんなの?」
「もしその話が本当だとすれば、泥棒かつ小説家という似たような道を歩んでいる僕は、将来有望ではないでしょうか? 僕もルーベンスさんのように、小説家として世界的に有名になる素質があるってことではないでしょうか?」
馬鹿じゃないの、とミクルは一笑に付したが、里美はなぜか楽しそうに笑っていた。それから優しく微笑み、「きっとあなたも有名な小説家になれますよ、泥棒をやめれば」と付け足した。
「そんな話、簡単に信じることができるか」早瀬がかぶりを振った。「確かにルーベンスは素性の知れない画家だ。世界的に有名な画家だが、ただの一枚も写真は残っていない。フランス人で、日本に滞在していたという説もある。だが、それだけで君がルーベンスの娘だとという証拠にはならない」
「でも、この人は教会の関係者で、しかも絵はそこにあったのよ」早苗はそう言ってから、はっとした。「もしかしてあの教会は」
「そうです」ようやく気づきましたか、と里美が笑う。「あの教会は、父と母が出会った場所です。ルマークがシスターにプロポーズした教会とは、あの教会のことなんですよ」
早苗は驚いた。だが、里美の言葉を疑う気持ちはなかった。彼女の言っていることは本当なのだろう。そう考えたほうが、すべての話に辻褄が合った。