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第97話 弱さの正体


「引っ掛かりましたね!?

 安い挑発に乗った甲斐がありましたわ!!!」


 悪い予感は的中し、ロジーがドリュアスの足元直前まで迫った瞬間、彼女はピタリと暴走の演技を辞めて、彼の迫る地面方向に体を向け、すぐさま広範囲に及ぶ矢の雨を降らせた。

 今までよりも、明らかに一度に放つ矢の量が増えている。

 今まではワザと手を抜いてやがったのか……

 

「ッッ……あ、ヤベ!!」


 予想外の敵の動きに加え、相手との距離はわずか数メートル。流石のロジーも回避は間に合わない。

 持っていた黒いブレードでなんとか矢の雨を凌ごうとするロジーだったが、所詮は即席の極薄ブレード。三、四発防ぐと、すぐに粉々になってしまった。


 だが、相手がロジーに回避をさせないようにと、大量の矢を広範囲に分散させたおかげで、三〜四発程度で凌ぐだけで弾幕を抜けられた。


「防いだところでもう遅い!!」

 

 弾幕を抜けて彼女に肉薄したロジーに対し、ドリュアスは遂に魔力の剣を生成し迎え撃つ。

 丸腰のロジーに勝ち目は無い。


「ロジーさん!!!」


 はずだった。


「死になさ——

 ぐふッッ!?!?!?」


 ロジーの首元スレスレまで剣を振り抜いていたドリュアスが、突然その手を止めて顔面を抑えながら悶え出した。


「ゲホッゲホッッ、ガハッッ……

 目をやってくるとは!!!」

 

「なんだ?

 ドリアンに何が起きた……?

 剣を受ける直前に、ロブーが何かしたように見えたが……」


 怪訝そうな顔で、トリトンが俺の肩をつつく。


「へへっ、ディンならわかるだろ?」


 ドリュアスが悶えている隙に、こちらに戻ってきたロジーがそう言って笑う。


「いや、なんとなく検討はつきましたけど……」


 検討はつく。なぜならロジーの持っていた黒いブレードは、俺が渡した砂鉄をロジーの磁力によって固定することで形作られている。

 だから剣を砕かれて粉塵に戻ったそれを、磁力で相手の顔めがけて飛ばしたんだろう。

 剣の脆さと、粉塵が届くほど接近していなければ、ロジーは今頃お陀仏だ。


「おい、なぜあの女を放置したままなのだ」


 トリトンの言う通り、今ならトドメを刺すまでとは行かずとも、拘束をする余裕はあるはず。

 ロジーはなぜそれをしないんだ?


「ははッ……

 ちょっと無理しすぎたっていうか……

 ——ッ……!!」


「ロジーさん!?」


 ロジーがガクンと膝をついた。

 顔色が悪い……まさか——


「貴公……

 やはり治療の途中で飛び出してきたのか……」


「ちょっ……凄い熱じゃないですか!!

 早く治療を——」


「させるものですかッッ!!」


 地を揺らす様なドリュアスの怒声と共に、ロジーを支えていた俺の元へ飛来した矢の嵐を、トリトンの水魔術が阻む。


「段々と目が慣れてきた。

 ——そうだな、次は貴公の矢よりも速くその眉間を撃ち抜いてやろう」


 大きな水の盾を俺達の前に展開しているトリトンが、ドリュアスにそう笑いかける。

 

「目を潰した程度で、随分なつけ上がり様ですね。 

 二度とそんな口を利けないようにしてあげましょう。クソ餓鬼共……」


「ほう……

 魔力感知だけで戦うつもりか。

 老体にしては見事だ」


『……』


 無言の睨み合いが続く。

 手数で押し潰さんとするドリュアスと、そこに生じる隙を突こうというトリトン、そしてそれを見ていることしか出来ない俺。

 なんとももどかしい。もっと剣を練習しておけば……もっと——


「やめろーーー!!!!」


「!?」


 突然頭上から聞こえた叫び声にその場にいた全員が顔を向けた。


「この魔力……ベルと、西の村の子供ですか」


 顔上げるとそこには、案内のエルフさんに抱えられてゆっくりと、フワフワとこちらに降りてくるリオンの姿があった。


「おれはリオンだ!!!

 あんたなんでおれの友達をいきなりおそうんだ!!!」


「それは……」


「おれといもうとを助けてくれたんだぞ!!!

 この人たちだってたいへんなのに!!!」


 案内のエルフの腕を振り解いて、俺の前に飛び降りてきたリオンが、両手を広げてドリュアスの前に立ち塞がる。


「じいちゃんが言ってたぞ!

 南の村の村長はすごくいい人だって!!

 ぜんぜんちがうじゃないか!!!」  


「…………」


 ドリュアスが口をつぐんで下を向いた。

 リオンの言葉が届いている……

 説得ができるかもしれない……


「ドリュアス様……

 一度この方達の話を聴いてみては?

 それに、これ以上は森に悪影響です……」


「……」


ーーー


「——というわけで、先程は大変ご無礼を致しました。

 図々しいのは百も承知で申し上げさせていただきますが、この埋め合わせは必ず致しますので、どうかお許し頂けると幸いです……」


 心地よい風が吹き込む空中テラスの中心で、ドリュアスは俺達を前に、抑揚のない声で深々と頭を下げた。

 リオンの身を挺した説得あってか、俺達は和解することに成功したのだ。


「いや〜、誰も死ななかったから良いけどよ……?

 せめて、いきなり兄ちゃんを襲った理由ぐらい説明してもらわねぇとな?

 なあ? 兄ちゃんよ」

  

 頭を下げたままのドリュアスを前に、セリがぽりぽりと頭をかきながら苦笑する。

 あんな事があった直後だが、案外皆んなは落ち着いている。

 もしこの場にロジーもいたなら、今頃彼女の顔に拳が叩き込まれている事だろう。

 

「…………それは——」


「いっ、言いたくないなら構いませんよ!?

 今回は怪我人も出なかった事ですし……」


「おいおい、良いのか兄ちゃん?」


 いやまぁ、全然良くないんだけどね。

 だって殺されかけた上に、理由は言えませんだなんてのは、随分とふざけた話だ。

 でも——でも、ここは敢えて大人の対応だ。こういう高い地位の人には貸を作っておいて損はない……筈だからな。本音を言えば、これ以上この人を刺激したくないってだけなんだが。


「ハハハ……

 キラワレルノハ、ナレテマスカラ」


「……感謝します」


「——あっ、でも……」


「?……」


「交換条件……と言ったらアレですが……

 僕の体を診てもらえませんか?」


 妖精族って言うくらいだし、見た目こそ若いが結構な経験と知識がある筈……


「見る……?

 も、申し訳ありませんがっ、子供とそう言ったようなことは——」


「そういう意味じゃないですよ!!

 急に魔術が使えなくなったんで、その原因を知りたいんですよ!!!」


「あっ——

 なるほど……失礼。

 構いませんよ。私が直々に診ましょう」


「ありがとうございます」


「——コホン、それではあいさつも済みました事ですし。

 ベル、皆様に村を案内して差し上げなさい」


「承知いたしました。

 では皆様こちらへ、一斉に転送しますので」


 案内のエルフがそう言って、手招きをする。

 

「皆様、どうぞ好きなだけこの村に滞在して行ってください。

 私に用がある時は、何時でもそちらのベルにお申し付けを」


 村長にそう言われて、皆んなが案内のエルフの元へぞろぞろと歩き出す。


「あ、ディン殿」


 そんな中、村長に名指して呼ばれて振り返る。


「はい?」


「貴方はこれから治療しますのでこちらに」


「あ、え、わかりました……」


「じゃあな兄ちゃん〜

 俺達ぁ先見て回ってるからよぉ〜」


 セリがそう言って手を振ると、すぐさま彼らはどこかに転送されてしまった。


 また、また置いてけぼりだ。


ーーー


「着きましたよ。

 ……なぜ目を瞑るのです?」


「あはは……

 いや、なんか転送魔術には慣れなくて……」


 村長——ドリュアスに治療のために連れていかれたのは、木張りの小屋だった。

 風通しの良すぎるテラスと比べて、小ざっぱりとして少し狭いこの空間は、とても落ち着く。あと木材の匂いがとにかく良い。


「それでは早速、服を脱いで下さい」


 ドリュアスが俺の元にズズいと迫ってきた。


「……え?

 何でですか……」


「まずは貴方の肌を通して私の魔力を流し込み、魔力脈の状態を診ます」


「あ、はい」


 ちょっとえっちな展開を想像してしまったが、気のせいだった。


「それでは失礼」


「っ……」

 

 服を脱ぎ、上裸になった俺の胸に、ドリュアスがそっと手を当てた。

 柔らかくてしなやかな手だ。ちょっと冷たいのが少し気になるが。

 

「……」


「……」


 ドリュアスは目を閉じて集中している。

 肝心な俺は、やることもなくただ突っ立っているだけ。

 魔力を流し込んでいるらしいが、やられている側としては全くそんな感覚はないから、尚更退屈だ。

 しかも……


「……」


「……」


 しかも気まずい。

 そりゃあ、歳の差が(すごく)あるとは言え、男女が密室でこんな事しているんだ。そう感じても仕方がないかもしれない。

 だが俺達に限っては、殺そうとした奴と、殺されかけた奴という、なんとも特殊な関係までおまけでついてきている。

  

「あ、あの……」


 向こうは気にしていない様だが、流石にこの空気は耐えられないので、何かしらの話題を探る。


「はい?」


「さ、さっきの転移魔術すごいですね。

 無詠唱であんな事ができるんですか?」


「……あれは自力で構築した魔法ではありません。

 上位精霊を核にして、多数の精霊を介して組み上げた術式……いわゆる精霊魔術です」


「へぇ〜」


 精霊魔術。初めて耳にするモノだ。

 だがしかし、なるほど。精霊に術式を組ませているのか……


「……じゃあ、あの青白い魔力の矢は——」


「済みません。集中していますので、後にしていただけると……」

 

「あ、わかりました……」


「……」


 再び静寂が訪れた。

 そして気まずさが倍増しになった。

 早く終われ早く終われ早く終われ……


「……終わりました」


 あ、良かった。


「どうでした? 僕の体……」


「まだ若いのに程よく筋肉がついていて、とても良いと思いま——」


「いや症状の方です」


「……あら失礼、そちらでしたか。

 簡潔に言いますと、戦場病ですかね」


「戦場病……?」


 聞いた事ない病気だ。

 ていうかこの症状、病気のせいだったのかよ。


「はい、昔の魔術師によく見られた症状です。

 過度に身体の許容を超える出力の魔術を連続で行使したり、超長時間の魔術使用によって、体内の魔力脈を痛めてしまうことです。

 貴方の場合は前者。魔力脈の疲労によるモノではなく、明確な損傷によるモノです。しかもかなり重度の……」


「損傷……ですか……」


「何か心当たりは?」


「あー……」


 そう言われると、心当たりはめちゃくちゃある。

 まずは魔装ポンコツの全力使用だろ?

 あと最大出力の『岩砲弾』やら『氷結』をインターバル無しで連射したろ?

 ていうかその後も無理やり魔術使ったりしてたし……


「こ、これちゃんと治りますか……!?」


「治ります。

 ——けれど、貴方のそれは相当な重症です。……そうですね、あと一、二週間ほどは絶対安静ですかね」


「絶対安静……

 魔装とかも使ったらダメですか?」


「魔装?

 ああ、魔力闘術のことですね。

 可能なら極力行わないで下さい。その方が治りが早まるかと」


「そうですか……

 2週間って、結構長いですね……」


「効くかどうかは分かりませんが、薬を煎じて差し上げますので、後ほど試してみて下さい。

 上手くいけば、1週間程度で完治するかもしれませんよ」


「おお! ありがとうございます!!!」


「いえ、せめてものお詫びです。

 ——さて、診療も終わりましたし、ベル達の元へ飛ばして差し上げますね」


「あ、はい!」


 まさかの直通。いやまあ、余計に歩かなくていいのなら、それではそれで良いわけだが。


「では」


 ドリュアスが俺の額に手をかざし、目を閉じた。転送が始まるのだろう。


 ……正直、まだ話したいことは山ほどある。俺が『龍族』だどうこうっていうのや、記憶に新しい『ヴィヴィアン』の名前。

 本人が話したがらなそうなのでどうしようもないが、何とかして聞き出せるタイミングを探りたい。


「あ、そういえばまだ質問に答えていませんでしたね」


 周囲に浮かぶ精霊が、魔術の発動に合わせて発光し出す中、ドリュアスが口を開く。


「はい?」


「妖精族の大半は、大気中の魔素を使役することができるのですよ。矢なんて簡単に作れます」


 ドリュアスがそう言い終えると同時に、俺はみんなの元へと飛ばされた。

 転送が始まる瞬間に彼女が見せた控えめな微笑みは、どこかラトーナを彷彿とさせるものだった。

 ああ、彼女は元気かな……

 

「うおっっ!?

 ——って、びっくりしたぁ〜

 何だよ兄ちゃん、直接飛ばされたのか?」


「お! おかえり!」


 ちょうど集落を観光ツアーの様に回っているセリ達の前に立ち塞がる様にして転送されたので、一瞬リオン以外の全員に身構えられてしまった。

 まあ、目の前に急に人が現れたら誰でもびっくりするか。


「戻ったかディンよ。

 案内は始まってからはそれ程経っていない。

 貴公も加わると良い。中々に興味深いぞ」


「はい! ただいま戻りました!」


 いや、おセンチになっていても仕方ないな。きっとまた会えるはず。

 だから今を精一杯楽しもう。

 

わりとどうでもいい補足


 ロジーはディンの助言で、服の至る所に砂鉄を仕込めるように改造を施してある。

 

 ロジーが今回使った砂鉄ブレードは、ロジーの魔力で砂鉄をくっつけて、魔力操作によってそれの形を整えている。


 ドリュアスは妖精族の中だと中の下くらいの戦闘力。

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