第96話 妖精vsロジー
「ロジーさん!?
もう動いて平気なんですか!?」
俺を殺そうと迫る村長——ドリュアスの前に颯爽と現れ立ち塞がったのは、毒の治療の為に何処かへ運ばれていたはずのロジーだった。
「…………へっ!
俺より自分の心配したらどうだ?」
シンと静まり返った空気の中で、ロジーはそう言って笑った。
わからない。
これは空元気なのか? それとも本当に完治した上でここに駆けつけてくれたのか?
だが後者だとすると、あまりにも早い。彼が運ばれてからまだ5分と経っていないんじゃないか……?
「——っと、それよりも……
おい! そこの浮いてる姐ちゃん!
なんでディンを狙うのか教えろよ!!」
「どきなさい、赤髪の人」
「おい、俺は理由を聞いてんだ!!」
「あなたには関係のない事です!!!
そこを退かないのなら——」
「関係ねぇわけねえだろ!!!
ふざけてんじゃねえぞこのヒステリックゴーストババァァァッッッ!!!!!!!」
おお、すげぇ……
トリトンですら一歩引いたドリュアスの怒声に、引かないどころか反撃するとは……
相手も面食らってるよ。
「ヒスッ……ゴースト……ババ……
——いいでしょう……武器を持っていなかったので攻撃するつもりはありませんでしたが、気が変わりました」
ドリュアスは静かな笑みを浮かべながら、再び己の頭上後方に魔力の矢を生成し始めた。
矢の生成速度が上がっている。さっきまでのは本調子じゃなかったのか……
「は〜ん、そうかい。
んじゃあもう、負けても言い訳できねぇなぁ!!!」
「おい待て貴公!!
武器も持たずにアレと戦うつもりか!?」
意気揚々とドリュアスの元へ向かっていくロジーの肩を、慌ててトリトンが掴む。
たしかに、今のロジーは剣を持っていない。おそらく、治療の際にエルフ達に回収されたのだろう。
剣士であるロジーにとって、今の状況はまさに窮地だ。
だがしかし、それは俺と出会う前までのこと。
今のロジーにとって、戦闘の際に剣を持っているか否かは、さほど重要ではない。
「余計な心配ご苦労さん〜
あんたはそこでじっとしてな!!!」
そう言ってロジーは勢いよく右手を虚空に振り抜くと、いつの間にかその手には、極薄の黒いブレードが握られていた。
まるで手品だ。
「黒い……剣……?」
「……ほう、武器を隠し持っていましたか。
流石純人族。卑怯さなら負け無しですね」
「あーへぇへぇ!
なんとでも言い……やがれ!!!」
予備動作なしの跳躍で、ロジーがドリュアスとの距離を一瞬で詰める。
「ッッ!!!
目障りです!!!」
ギリギリで反応したドリュアスが、あらかじめ背後に待機させていた大量の矢を、カウンターの様な形で目の前のロジーに放つ。
空中に浮かぶドリュアスへと迫ったロジーには当然足場が無く、ほぼゼロ距離での矢の一斉掃射。本来なら避けようがない。
しかし、ロジーなら別。
ドリュアスのカウンター攻撃とほぼ同時にロジーは魔術を行使し、己の体を人1人分、地面方向にカクンとズラした。
側から見れば、まるでその瞬間だけ、彼が地面に引っ張られたかのようだ。
「は!?
なんですかその動——」
突然落下したかと思えば、今度は明らかに慣性を無視した動きで急速に上昇を始めたロジーに、ドリュアスが思わず声を漏らす。
先程の急な落下を『地面に引っ張られた』と表現するなら。今度はまるで、『地面に弾かれた』かのような動きだ。
「キャッッッッ!?!?」
凄い速度でロジーに追い抜き……いや、飛び去られたドリュアスの胸が、ぶるんと揺れた。
恐ろしく速い痴漢……俺でなきゃ見逃しちゃうね。
「はは〜ん。
ババァくせぇ口調の割にゃぁ、結構ハリがあるなぁ〜」
ドリュアスの頭上方向の枝に、コウモリのような宙ぶらりんの体勢で張り付いたロジーが、何か柔らかいモノを揉むような動作を見せて笑う。
「ッ……おのれ無礼者ッッ!!!」
挑発に乗ったドリュアスはすぐさま矢を再生成して放つも、ロジーは難なくこれをかわし、彼の立っていた枝だけが粉々に砕け散る。
結構太くて頑丈そうな枝だったのに……
あんなの掠っただけでもただじゃ済まないじゃないか?
「はははッ!! 惜しいな!!!
もっと落ち着いて狙ったらどうだぁ!?」
「ッ……体に触るなぁッッ!!!」
ドリュアスの周りをピンボールのように縦横無尽に飛び回っては、彼女の尻や胸を触るロジーがケラケラと笑う。
わざわざ近づくリスクを犯してまであんなことをしている辺り、あくまで挑発に留めるつもりのようだ。
「ローションの奴……
ここまでの実力だったとは……」
あれだけの速度で飛び回っていてなお、手を抜く余裕があると考えると、滅多に人を褒めないトリトンの反応にも納得がいく。
まあ実際、俺なんかは目で追うのがやっとなわけだが。
「……たしかに凄いですよね。
こんな動き見せられたら、セリさんの作戦にも合点がいきますよ」
そう、迷宮での決戦はセリの発言から推測するに、誰が誰に対処するのかという割り当てが予め決められていた。
俺にはトリトン、セコウには魔剣持ち2人と言ったふうにな。
だがロジーだけは撹乱と揺動のみで、特に攻撃は受けていなかった。
……いや、攻撃出来なかった考えるべきだな。
今のロジーの動きを見ていれば分かるが、彼を半端に広い屋内——それこそ、迷宮の広間の様な場所で戦わせれば、脅威度が格段に上がる。
リディに戦力を割きたかった分、魔力感知が下手なロジーは、撹乱で充分ということになったのだろ……
——って、あれ……?
ドリュアスが攻撃をピタリと止めた。
嫌な予感だ。嵐の前の静けさとも言うべきか。
「お? どうした?
ようやく落ち着いたの——」
「おのれこんな恥ずかしめをぉぉぉぉぉおおッッッ!!!!!!」
ロジーのセクハラを交えた煽りに耐えかねて、とうとう発狂したドリュアスが、全方位に向けて矢の豪雨を放つ。
「うわぁああヤバいヤバいヤバい!!!」
当然、こっちにも大量の流れ弾が飛んできた。
「落ち着け、この程度の矢なら私が防げる」
慌てて今の足場から飛び降りようとする俺の襟をトリトンが掴んで、水の盾を展開してくれた。
「あ、ありがとうございます……」
助かった。トリトンが隣にいなかったら、俺も今頃、周りの枝や幹の様に蜂の巣になっていた……
「挑発して隙を作るつもりだったらしいが、火に油であったな。
アレは完全に暴走しているぞ」
唯一矢が飛んでこないドリュアスの真下に慌てて避難したロジーを見て、トリトンがため息を漏らす。
「うーん……どうでしょう……」
何かが引っかかる。
たしかに見境なく矢の弾幕をばら撒いてはいるが、村がある地面の方向には一発たりとも矢を放っていない辺り、ある程度は冷静さを残している様にも見える。
ドリュアスはロジーの挑発自体に乗ってはいたが、そのせいで矢の狙いが狂ったり、隙を見せるなどは決してしていなかった。
それがここに来てこうも暴走するか……?
「あっ……ヤバい、ロジー止まれ!!!」
遅かった。
俺が叫ぶのとほぼ同時に、ロジーは一気に跳躍して、彼女の元へと迫って行ってしまった。
まずいまずいまずい。
これはどう考えても……
「引っ掛かりましたね!?
わざわざ安い挑発に乗った甲斐がありました!!!」
そしてドリュアスの足元手前までロジーが迫った時、彼女はそう言って満面の笑みを見せた。
みなさん、あけましておめでとうございます。




