第95話 妖精族
エメラルド色の大地と、そこに点々と聳え立つ巨大樹。見上げれば、果てしなく林冠の緑ぇ覆われた空。
森の中に一つの世界がある。そう言っても過言ではないだろう。
これがエルフ最大の集落か……
「おい兄ちゃん、あれ見てみろ!」
そう言ってセリが指差したのは、目下に広がる村ではなく巨大樹の方だ。
「……?
樹がどうかしましたか?」
「よく見てみろ!」
そう肩を叩かれて、目を凝らす。
「ん……?
あ、家がある……!」
驚いたことに、巨大樹の表面にも家が建てられている。幹から幹へと吊り橋を繋いで足場を作って……
うわ、もはや村だ。上にも下にも村がある。
「家もそうだが、この浮遊している光源は?」
トリトンが指差したのは、この村のそこら中に浮かんでいるぷかぷかと浮かぶ光源体。まるでデッカい蛍のようなモノだ。
「ふふ、それが精霊ですよ」
遅れてやってきた案内のエルフが、そう言って微笑む。
「精霊だと……?
どうして我々にも見えている」
「今あなた方が見ているのは高位の精霊です。
位の高い精霊は、妖精族の血は関係なく視認できるのです。
——と、それよりも、お怪我をなされている方々はあちらにお願いします」
そう言って、案内のエルフがこちらに向かってくる別のエルフ達を指差した。
どうやらロジーの容態を先に診てくれるらしい。
「ディンの兄ちゃんはどうするか?」
「あ、僕は後で結構です。
先に村長への挨拶を済ませましょう」
「そうか。
でもよ兄ちゃん、その背負ってる獣族くらいは預けて行ったらどうだ?」
「うーん……そうですね。
エルフさん、一応この子もお願いします」
背負っていた獣族の子を、ロジーを運びに来たエルフ達に預ける。
「あ、ああ……わ、わかったよ……」
獣族の子を渡そうと彼等に近づいた際、なぜか少し嫌な顔をされた。
態度も少しそっけない。
案内のエルフといい、なぜ俺だけ嫌な顔されるのだろうか……
ひょっとして俺臭いのか?
それとも顔が怖いとか——
「あの……」
「あ、はい」
獣族の子を受け渡されたエルフが、眉を八の字にしてこちらを見つめている。
「もう行ってもよろしいですか……?
何か言いたげな顔ですが……」
しまった。顔に出ていたか。
「あっ、い、いえいえ!
なんでもないです!
その子とロジーさんを宜しくお願いします!」
そう言って勢いよく頭を下げると、エルフ達はまるで俺から逃げるようにセカセカと去っていった。
冷たい態度を取られるのはクロハとラトーナのお陰で慣れてはいたが、ここまでくると流石にちょっと傷つく……
「——それでは、準備も済みましたので、ドリュアス様の元へ向かいます。その場を動かないで下さい」
「え? それってどうい——」
〔○>°÷^\××〆→〕
エルフが念話で聞き覚えのない単語を呟いた瞬間、周囲に漂っていた妖精達が発行し始めた。
そしてそこから1秒と経たないうちに、周囲の景色が入れ替わる。
「——えっ!? あれ、空!?」
気づけば俺達は、板張りの床と、壁が取っ払われて手すりのみとなっている、奇妙な建物に移動していた。
地平線の果てまで晴れ渡る景色と、目下にある巨大な木々の林冠。ひょっとしてここ……
「おー、こりゃすげぇ!!
ここ空中にあんのか!?」
「それも気になるが、今エルフが見せた転移魔術、人間業ではないぞ……」
やっぱ今のが転移魔術か。
トリトンの言う通り、このエルフさん、ちゃっかりえげつねぇことしてんな。
事前に魔法陣も用意せずに、全部手動で複数人を転移させるとか……
あーもう情報が多すぎる!
「お気に召しましたか?
こここそが、我々自慢の謁見の間。
空中テラスにございます」
案内のエルフが、額の汗を軽く拭いながら、俺達に向き直ってニコリと笑った。
これだけの転移魔術をやって、少し汗をかく程度ってのもだが、やっぱりこの空中テラスはすげえな。
屋根の装飾も宝石いっぱいで綺麗だし……あ、て言うかよく見たら天井も柱無しで浮いてるじゃん!
テラスというより浮遊型のでかい櫓だな。どういう仕組み……?
「——して、件のドリュアス殿は何処へ?
見たところ、この建築物に部屋は一つしかない様に見えるが?」
「ここにおりますとも」
美しくもどこか貫禄のある声と共にその人は、この部屋の大きな天窓からゆっくりと現れて、俺達の前に降り立った。
「なっ———」
「ふむ、これはまた……」
「ん?
おい待て、あの村長さん、俺の見間違いなじゃなきゃ浮っ……う……」
浮いている……
ロープで身体を吊っているわけでもなく、はたまた風魔術などを使用している痕跡もない。
目の前のエルフの村長は、正真正銘浮遊している。
「皆様、こちらのお方が、この極大集落の長にして生みの親……
そして数少ない妖精族の生き残りでもあられる、ドリュアス様に御座います」
「ふふ、紹介ありがとうベル。
では改めて、どうぞ宜しく」
村長って女の人だったのか。しかも美人。どことなくラトーナに似てる気もするな。
ていうか妖精族? 聞いたこともないな……
「あ、あのっ!」
トリトンとセリの後ろだとよく見えないので、グイグイと2人を退けて飛び出し、彼女の前に立つ。
何故だろう。やはり顔がラトーナに似ているからか。
「はじめまして!!
俺の名前はディ——」
大きく息を吸って、彼女の目を見て声を上げる……と、その瞬間、俺の頬を1本の矢が掠めた。
「……へ?」
誰が矢を撃ったのか、それは考えるまでもない。
なぜなら、目の前にいるからだ。
「ドリュアス様!?
一体何を……!?」
村長の突然の行動に、誰もがあんぐりと口を開けている。
案内のエルフの反応から見て、罠というわけではないようだ。
「貴様、客人にいきなり手を出すとは——」
「悔いを慎みなさいリニヤット!!!」
怒気を纏った叫びが空間をビリビリと揺らし、思わずトリトンも口をつぐんでその足を止める。
「そして下がっていなさいベル!!!
——今のを良く避けましたね。さすがは忌まわしき龍族の……」
何やら話し始めたと思えば、村長が俺に指先を向けたまま、ピタリと動きを止めた。
ていうか今、俺のこと指して龍族って言ったよな? なんの話だ……?
——いや、問題はそれよりも、この人がどうやってさっきの矢を撃ったかだ。この人の手には弓なんか無い。見たところ、指先から直接放っていた。
そう、まるで俺の『死神之糾弾』みたいだ……
「——よく見るとあなた……龍の血に加えて、妖精の血まで…………ッッッ!
あぁぁぁぁぁぁぁなんという悲劇!!!
悍ましいヴィヴィアンの再来かッッッ!!!
あぁ同胞よ! 見ていますか!?
千年の屈辱をようやく晴らす時が来ました……!!!」
やばい。完全に目がキマっている。どう見ても話し合いって空気じゃ無い。
やはり逃げるしかないか?
「お、落ち着いて!!!
誰かと勘違いしてませんか!?」
対話を試みるも虚しく、村長の頭上には数本の矢が出現した。
先程同様、空中から生成された青白く光るそれは、明らかに普通の矢ではない。考えられるのは魔力製かということぐらい。
「!!!——————」
有無を言わさず、矢が俺に向けて一斉に放たれた。
数が多い。1、2、7、9……
真横ではトリトンが俺の元へ駆け出している。
しかし、あの距離では間に合わない。
——仕方ない。
「うおぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
容赦なく浴びせられる弾幕の中、慌てて手すりの方まで走り、それを飛び越えた。
数発掠ったが、まあセーフだ。
「うわ高!!!」
見渡す限りの青空、真下には生い茂る葉っぱ。そして俺を強く煽る風!
地面から見た村の巨大樹があんなに下に……
どんだけあのテラスは高い位置にあったんだよ!
しかし逆に助かった。このまま林冠に落下すれば、木の葉や枝に引っかかって死ぬことにはならなそうだ。
「ふぅ……よしッ。集中、集中……」
だがまあ、流石に生身のまま木に突っ込んだら怪我するからな。
魔術でなんとかできない分、魔装で身を守るしかない。
「放出せずに止める、放出せずに止める……
体を水で包むイメージ……」
トリトンに習ったことを復唱しながら、林冠に向けて自由落下する。
体の力は極力抜いて、ほとんどの意識を魔力操作に回す。
「うがっ、痛ぇっ! 痛てててててててて!!!!」
大量の枝と葉のクッションを抜けて、なんとか太めの枝に着地する。いや、枝というか、ここまで太いと枝と言っていいのか……
「うぅ……くそ痛ぇ……
あんまし上手く行かなかったな……」
魔装の『佩帯』はなんとか形になったが、ムラがあったせいか、そこら中に切り傷ができてしまった。
でもまあ、小さい枝と葉っぱに揉まれながら落ちたおかげで、骨折しなかったが幸いだ。
「ふぅ……さて、どうしよ———」
さて、どうしたものかと伸びをしながら一息吐きかけた時、俺の足元に数本の矢が突き立てられた。
青白く輝いている矢だ。それも、かなり太い。
「まじかよ……」
見上げると、数メートル先にヤツの姿がちらりと見える。最悪だ。
しかも、小狡いのか器用なのか、わざわざ幾重にも重なる枝の隙間を縫って撃ってきやがった。
こっちに近づく気はねぇってか。
——まったく想定外だ。木に隠れれば巻けると思っていたのに。
「ッッッ!!!」
慌ててその場を立ち去り、できるだけ音を立てないようにしながら、枝から枝へと飛び移って逃げまわる。
まさか、アインと修行していた森でターザンまがいの事をしていたのが、ここで役にたつとは……
だがやはり、魔術が使えない分、動きは遥かに悪い。
追いつかれるのは時間の問題。早急に対策を立てなければ。
ーーー
脳天目がけて飛んできたレーザーの様な矢を、紙一重でかわす。
「ッ……!
なんでこんな事するんですか!!!」
結局、頑張って距離を広げたのも虚しく、5分とせずに見つかって追いつかれてしまった。
なんなんだあのガンギマリ妖精……魔力感知だかなんだか知らんが、見つけんの早過ぎだよ。
「何故こんな事をするのかですって?
そうやってとぼけて、また騙すのでしょう!?
私はもう同じ過ちを犯しません!!!
ここで死になさい!!!」
完全に俺の言葉が届いていない。
いや、それよりも問題なのは、俺がこの人に対する自衛手段を持ってないことだ。
あぁ、そんなこと言ってるうちにまた矢が……
枝の死角を利用して、なんとかやり過ごす。
「ッッッ……!!!
私の矢をこうも簡単に避けますか!」
簡単じゃねえよふざけんな。
結局魔装も完成してないから、保ってあと数分なんだよ。
「流石は龍族というべきですか……
——仕方ない、やり方を変えます」
彼女はそう叫ぶと同時に、ピタリと攻撃を止めた。
すぐさま体勢を立て直し、幹に背中を預けて周囲を警戒する。
嫌な予感だ。こういう時は大抵、どデカい攻撃が来る。俺ならそうするからな。
「ッ!?」
しかし、予想は大きく外れた。
突然俺の目の前に出現した魔力性の鎖に足を取られ、抵抗する間も無くその場で宙吊りにされてしまった。
空中から大量の鎖を生成とか……どこの金ピカだよ!
「冗談キツイぞ……」
こんなの避けられるわけない。急に目の前の何も無い空間から鎖が生えてきて、足に絡み付いたんだ。
別の攻撃が来ると思っていた分、どうしても反応が遅れる。
ていうか相手の能力が万能過ぎるんだよ!
「ようやく捕まえました。
全く、チョロチョロと……
血筋だけでなく動きまでが癇に障ります」
ゴミを見る様な目で俺を見下しながら、彼女はこちらにゆっくりと近づいてきた。
やはり空中浮遊している。卑怯だ。
ラトーナに顔が似てるから評価高かったけど、やっぱこいつ大っ嫌いだ。
「え? 『プーンプーン』?
よくわかりませんね……
羽虫みたいだなとは思ってましたが、まさか言葉まで虫みたいなんですか?」
「……」
村長が無言でニコリと笑って、こちらに指先を向ける。
やばい、カッとなってつい煽ってしまった……
完全に和解の線が消えた。どうしよ……
俺が思考している間にも、彼女は黙々と頭上に一本、また一本と青白い矢を生成していく。
足の鎖も取れない……
あ。これ、ひょっとして死ぬのか……?
急に現実味を帯び出した死を前にして、身体から汗が吹き出す。
「これで終わりです。
『アンフレーシ•ダ•アトムスファ•エレクレタ——』」
ーー神槍ーー
こちらに迫る矢を前に目を瞑りかけたその時、彼女の矢が到達するよりも速く、突然上空から降り注いだレーザーが俺の足の鎖を撃ち砕き、間一髪で矢を逃れることができた。
誰の助けかは考えるまでも無い。鎖を砕いたレーザーから散った水飛沫が教えてくれた。
「無事かディン!!!」
そう叫びながら、村長と俺の間に割って入る様にして、トリトンが降り立った。
「た、助かりました……」
助かった。本当にギリギリだった。
あとほんの少し遅かったら、俺は蜂の巣だった。
こんどからはもっと自分を抑えよう……
「邪魔をするのはお辞めなさい、リニヤットの末裔よ」
「悪いがその願いは聞きかねる。
私にはこの小さき友人を守る使命がある故な」
そう言ってトリトンは村長に槍を向ける。
なんだこの人。めっちゃカッコいいんだが。
「ッ……!
私に気取られることなく攻撃したのは評価します……が、二度はありません。
あなた程度では相手にならないと教えましょう」
「ハッ、見当違いも甚だしい!
誰が私1人で相手をすると言った?」
「?……
何を言って——」
「ぅぉぉぉぉおおおおおおッッッ!!!」
雄叫びと共に、地面の方から凄まじい勢いで飛び上がってきた何かが、村長の目の前を通り抜ける。
「今度は何事ですか、騒々しい……!」
飛び上がってきた何かが綺麗な放物線を描きながら、トリトンの手前に着地する。
「何事だぁ……?
ミーミル最速の騎士、ロジー様のご登場に決まってるだろ!!!」
自慢の赤髪を靡かせながら、ロジーが胸を張って高らかに叫んだ。
今年最後の投稿となります。
みなさん、来年も『ユグドラシル転生記』をどうぞ宜しくお願いします。
それでは良いお年を!!




