第91話 隠し事
「体ではなく、頭に毒が回っていたのか貴公……」
「い、いきなりどうしたよ兄ちゃん……はは」
「あっ、いやそのこれは違くてーー」
パッと頭に浮かんだから思わず口に出してしまった。そうだ、2人はあの出来事を知らないんだ。
ていうかまあ、あんな夢か現実かもわからないような状況での出来事なんか、何の信憑性もないじゃないか。
あ、でもそのおかげで急に魔術が発動したわけだし……
うーん……
だがこれ以上心配されて、絶対安静なんて言われたらそれこそ面倒だ……
ーーよし、なんとか誤魔化そう。
「いっ、いやぁぁね!?
さっきリオンが『狩りには慣れてる』なんていってからね!?
一族全体で狩りに慣れてるんだとしたら、魔物やら生き物の毒にもある程度知識があるのかなぁ〜?
ーーなんてね!?」
嘘は言ってない。
なんなら、嘘ぶっこいてるうちに本当にそういう思考が浮かんできたから、これはもはや嘘ではない。
わかったら素人は黙っとれ。
「……まあ、聞いてみる価値はあるなぁ」
「で、そのリオンとやらは何処なのだ」
二人が一瞬、目を合わせていたのには引っかかるが、まあ誤魔化せたな。うん、多分、絶対。
「今は檻に戻ってるみたいです、とりあえず行きましょう」
ーーー
「あー、わかると思うぞ」
退屈そうに檻の天井を眺めながら、リオンは俺達の問いに答えながら、欠伸する。
「そうか、それは大したものだな」
「へぇ〜、すげぇな!
名推理だったな兄ちゃん!!」
「ははっ……」
え、マジで合ってたの?
あんな咄嗟に思いついたようなモノが……?
「どうした兄ちゃん?
そんなボーッとしてよ」
「あ、いやいやいや特に何でも!
ーーで、そのエルフの集落っていうのは何処にあるんですかね!?」
澄んだ目で俺の顔を覗き込むセリから思わず目を逸らし、格子越しにリオンに迫る。
「うわっ! そんな近寄んなよ気持ち悪い!
ーーていうか無事だったんだな。良かったよ」
「あ、ええ。お陰様でどうもです。
それより集落の位置はーー」
「集落の位置は教えられねーよ」
「え……
それは何で……?」
「嫌がらせしてるわけじゃないぞ?
だけど俺にも願いがあるんだ。
この間話したよな? 妹も同じ奴隷として捕まってるって」
「あ、はい。ええ……」
たしか、最後尾の病人用の馬車に隔離だっけか?
「なるほど〜
取引っつうわけか、エルフの兄ちゃんよ」
「まあ当然だな。
ただでさえ借りがあるのだ、むしろこちらから積極的に要望を聴くのが道理であろう」
あー、なるほどねふんふん。取引ね?
そういうことか。まあ、わかってたけどね?
「で、リオンの条件って?」
そう尋ねると、リオンは態々体を起こして姿勢を正し、ひと呼吸置いてから口を開いた。
「俺と妹をここから出して欲しいんだ。
最悪、妹だけでも良い。妹をここから出して、どこかで治療してやってくれないか?」
まあ、この流れだとそうだよな。
予想通りだが……
やはりそう簡単なことではない。
トリトンとセリなら何か妙案がーー
『……』
「いや2人とも黙らないで下さいよ!!!」
ダメなのかよ。
さっきまで『ほう、取引か。乗ってやるぜ』みたいな態度してたのに……
あーあ、下向いて目逸らしちゃったよ。何がしたかったんだこの2人。
「……やっぱり、できないことなのか?」
できない。
そう言いたいが、恩人である彼に即答で断るなんてできるわけがない。
ていうか、取引が成立しなければことが進まない。何とかしたいものだが……
「うーん……
できねぇこたぁねぇんだがよ?」
難しそうな顔で腕を組んだままセリがそう答える。
「どういうことですか、セリさん?」
「どうも何も、簡単さ。
この2人を買えばいいんだ。
そうすりゃあ、揉め事もなく連れ出せる」
「あー……なるほど。
でもそれは……」
確かに無理だ。なぜなら金が無い。今回の護衛の報酬が出るのなら、まだ幾らか可能性はあったが……
ーーって、うん……?
難問に眉を顰めていたら、ふとコートの裾を引っ張られていることに気づいた。
「あれ? クロハ……?」
いつのまにか、俺の背後にはクロハが立っていた。
「そうだ、今まで何処にいたんだ?」
「ろじー、みてた」
なるほど看病か。
まあたしかに、この子はリディの次になぜかロジーに懐いてたしな……
「まさかロジーに何かあったの……?」
恐る恐るそう尋ねると、クロハ首を横に振った。
「ちがう。みんなの声して、きた」
なんだよ焦った……まあ何も無いなら良かった。
っていや、良くない良くない!
このままだとそのロジーが死ぬんだよ。
クロハには隠しておかないと…………
ーーん?
クロハ……?
あ、そうか。
「セリさん、お金の方はなんとかなるかもですよ!」
「そりゃほんとか!?」
ーーー
「はぇ〜、なるほど……
嬢ちゃんの魔術で偽の金をねぇ……」
そう、クロハが使用する特別な魔術は『透明化』だけに留まらない。
例えば石ころをナイフに見せることだって出来るし、トリトンを倒した時みたく、人を別人の見た目に変えることも出来る。
藍染様もビックリの能力だ。
「でもよぉ?
その魔術の効果って、要は幻なんだろ?
どれくらい続くんだ?」
「え……っと……
クロハ、変身は、どれくらい、続く?」
そう尋ねると、クロハは首を横に振る。
「しらない」
「あちゃー……
それじゃダメじゃねえかよな」
セリがため息を吐いたのを見て、クロハがしょんぼりと下を向いた。
おそらく完全には聴き取れてはいないだろうが、落胆されているというのが、セリの態度から伝わってしまったのだろう。
「あ、いやでも!?
強い魔力に当てられたり、よっぽどの衝撃を受けなきゃ、簡単には幻は消えませんよ!?
な!? 凄いんだよなクロハ!!」
「……」
やっぱ俺じゃ励ませないな。うん。
「んー……よっぽどの衝撃って、どのくらいだよ」
「え、成人した男の軽めのパンチくらい……ですかね。
まあ、お金として普通に扱ってたら、まず幻は解けないかと…… 多分、ええ、きっと……」
「それはいいとして、他にも問題があるぜ?
その魔術、幻なんだろ?
ならよ、相手がそれに触った瞬間気づくじゃねえか。偽物だぁー! って」
「ああ、そんなことですか、大丈夫ですよ。
だって僕が金貨と同じ形の石を魔術でつくーー」
ーーあれ……?
「?……
どうした兄ちゃん?
手なんか差し出して、何かくれんのか?」
「…………あ、いやいや、あははは!!!
なんでもないです!!
それより偽物が云々でしたっけ?
それなら残り半日くれれば、幻を被せるためのコインを作っておきます!
奴隷2人となると、金貨何枚で足りますかね!?」
「うーん、まあ俺が値切ることを前提にすれば……3〜4枚かなぁ」
「わわかりました!
それじゃまた後で!!!」
「あ、おい!! 話はまだ終わってーー」
「これから集中するので暫く1人にしてください!!!」
そう言って強引にセリを振り切って、俺はさっきまで寝ていたテントに戻った。
ーーー
あれから数時間経ち、夜になった。
「ッ……!
クソッッッ!!!」
月明かりが渓谷の底をうっすらと照らす中で、俺は叫びながら砂の大地に拳を叩きつけた。
魔術が発動しない。
どれたけ腕に魔力を込めても、何度繰り返しても、わざわざ不要だった詠唱を使っても。
この掌はうんともすんとも言わない。
昼間までは魔術を使おうとした時点で腕に激痛が走っていたが、今はそれすらもない。
「やはりな、おかしいと思ったのだ」
背後の暗闇から、誰かがそう言った。
心臓が止まるかと思った……
皆んなからは離れた場所でコソコソとやっていたつもりだが、どうやら跡をつけられていたらしい。
「……見てたんですか、トリトンさん」
振り返って暗闇にそう呼びかけると、バサバサと砂の大地を踏み締める音と共に、真っ黒な空間にトリトンの輪郭が徐々に浮き上がってきた。
「いつからつけてたんですか?」
「最初からだ。
貴公が強引にセリの会話を切って逃げ出してからな」
「…………『やはり』とはどういう意味ですか?」
トリトンの口ぶりだと、俺が魔術をうまく扱えなくなっているのに前から気づいていたように思える。
彼の性格からして、普段から一人ひとりの人間を見ているわけがない筈だが……
「怪訝そうだな。
そもそもおかしいという話だ。
何故あの時、〝私に〟霧を出させた?」
「!!」
あの時……
そうか、トリトンと行動を開始して最初に辿り着いた街で、住民に指名手配がバレて逃げようとした時だ。
「私との戦闘で多用していた程には得意なはずの霧の魔術。
何故それを、一刻を急ぐ状況で私にやらせた?」
「……」
たしかに、思えばその時点で大分あからさまだったな。
けど、仕方ないじゃないか、その時は魔術を使うと腕に痛みが出始めてすぐの頃だったんだ。
混乱するし、使用を避けるに決まってる。
「他にもおかしな点はあったぞ。
そも、私を打ち負かした者が、あの程度の街の貧民に拉致されるわけがない。
あとは、今回の戦闘でも、1番防御手段に優れていて且つ、遠距離攻撃が可能な貴公が何故か後衛に回ったりと、消極的な動きだったことだ」
戦闘の話……セリから聞いたのか。
「……こう言ったらアレですが、バレるとしたらセリさんにかと思ってました」
「そこが穴になったというわけだな。全員を欺くことなんて出来ないものだ。
ーーで、どうするつもりだ?」
「え……あ、えーっと……」
正直、自分でもどうして良いかわからない。
当然、病名も治療法もわからない。
みんなに打ち明けたところで、この症状が治るわけでもないし、というか不要な心配をかけたり、行動範囲が狭まる可能性だってある。
「ーーはぁ……
詠唱と細かい調整は?」
トリトンがため息を吐きながら、俺の前にどかりと座る。
「……はい?」
「金貨の大きさと重ささえ合っていれば良いのだろう?
土魔術は大の苦手だが……
うむ、丸一夜かければ、少しは様にもなろう。
ましてや、貴様が常に傍で助言するのだからな」
え、つまり俺の代わりに金貨のベースを作ってくれるってこと……?
「どうして……」
思わず口からそんな言葉が漏れた。
それを聞いたトリトンは、さらに溜息を吐いて応える。
「私が手を貸さなければ、貴公はそこらの石を削ってでも、無理矢理にソレを作り出そうとしたのであろう?
冗談ではない。そんな陳腐なモノを使って相手にバレないはずがない」
「な、なるほど……」
「わかったら早々に指導を始めよ!
朝までの時間は限られているのだ」
「えっ、あ、はい!
まず詠唱にある重さの項目をーー」
「待て。 項目……?
何の話だ!」
「え……っと、そこからですね。
まずーー……」
こうして、長い長い夜が始まった。