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第87話 呪いの矢

「歯ぁ食いしばれよ?

 ぶっ殺してやる……」


 やばいやばいやばい!!!

 ロジーが全然止まらないッッッ!!!


「落ち着けロジー。

 ひとまずその鼠男を下ろしてやれ」


 間一髪。

 もうダメかと思ったその時、トリトンがロジーの腕を掴む。


「ッ……!」


 ロジーはギロリとこちらを睨む。


 空気がピリついている……

 ロジー1人の放つ威圧感に気圧されて、この場の大多数が一切口を開くこともできずに、ただ2人を見守るだけの構図が出来上がっていた。


「聴こえなかったか、その男を下ろせ」


 そんな中、この張り詰めた空気を切り裂くように、トリトンが口を開く。


「…………はいはい、わーったよ。

 下ろせばいいんだーーろっ!!」


 しばらくの睨み合いが続いた後、ロジーは呆れたような顔をしてそう言いつつ、掴んでいた小人族の奴隷商を思い切り投げ飛ばした。


「うっ……

 ゲホッ……ゴホッ……

 ッ……!」


 尻餅をついた商人が苦しそうに咽せ込んだあと、地面に突っ伏したままロジーを睨む。


「ああん?

 なんだてめぇ、その目はよぉぉぉぉぉぉ!?」


 ほっと胸を撫で下ろしたのと束の間、再び2人の間に火花が散る。


「ロジーさん!!

 もうやめて下さーー」


「そこまでだ」


 ジリジリと小人族に近づいていくロジーを制止させたのは、俺でもトリトンでもなく、一人の男の野太い声だった。


「ローラン様……!!」


 突然にやってきたその男の姿を見た途端、尻餅をついていた奴隷商はビシリと勢いよく立ち上がって、深々と頭を下げた。


 『ローラン•マクルーリー』

 それが俺達の前に現れた中年の男の名であり、俺達の雇い主の名だ。

 高貴そうな服を身に纏い、堂々たるそのオーラは、社交会に出席していた貴族にも引けをとっていない。


「一体なんの騒ぎだ、出発予定時刻を優に過ぎているぞ」


「ーーもっ、申し訳ありません……!

 これには深いわけが!」


 あたふたと身振り手振りで小人の奴隷商は地面に頭を擦り付ける。


「……手短に話せ」


「!……

 ありがとうございます!

 あれは昨日のことでございました……


ーーー


「ーーという次第でして、この娘とそれを庇うこの男の始末、いかが致しましょう?」


 下っ端の小人族が淡々と話すのを、ローランは眉一つ動かさず聞きていた。

 内容は……特にこれと言って脚色もされていない。事実をありありと語ったものだった。

 ホラ吹きやがったらどうしようかと思っていたが、こいつは結構馬鹿なのかもしれない。

 普通、俺らが不利になる様に話盛るだろ。

 まあ、俺らにとっては好都合だから良いんだけどさ……


「……なるほど。

 で、どう償うつもりだ?

 懸賞金500ギル《50万円》の銀髪と、2000ギル《200万円》の魔族の娘よ」


『!……』


 ローランの一言によって、周囲の空間が凍り付いたように静まり返る。


「……知ってて僕らを抱え込んだんですか?」


 20やら500やら、とんでもない数字だ……

 普通なら、そんな爆弾抱えて移動なんかしない。


「まさか。

 我々とてアスガルズの表は歩けないからな。

 昨日辺りか、そこの護衛で雇った者どもがヒソヒソと話していたのを小耳に挟んだだけよ」


 ローランの言葉を聞いて、俺は周囲の人々に視線を流す。

 3人ほど、俺から目を逸らしたやつがいた。どうやら本当に噂されていたらしい。

 となると、何の企みもないのか?……


「もちろん、我々の仕事を妨害するというのならば、君達をアスガルズに突き出すとも。

 手段ならいくらでもあるからね」


「……じゃあ、僕らはもうお払い箱ですか?」


 正直、力ずくならトリトンやロジーがいる時点で俺達が勝つのは明白だ。

 しかし、ここで対立して仕舞えばムスペル王国への入国手段や、食糧金銭などの問題が再び浮かんでくる。

 なんとしてでも穏便に潜り抜けたい。

 トリトンは無自覚に人を怒らせる天性の才能を持ってるし、ロジーはあたまがわるい。

 この2人では交渉できない。

 俺だ。

 俺がやらなきゃ……


「お払い箱ね……それはどうだかな、君達次第と言ったところーー」


 話の最中に突然、ローランがその口を止めた。

 それと一瞬、彼の背後に何かが降ってきたように見えた。気のせいか?

 

「……どうしました?」


「……」


 ローランの様子がおかしい。

 急に黙ったかと思えば口は開いたままだし、目も焦点があっていなーー


「ーーって、うぉぁ!?」


 ローランの動きが止まったかと思えば、今度は凄まじい速度で彼の体が俺の元へ吹っ飛んできた。

 文字通りの等速直線運動。

 異様な光景だ。まるで巨人族にでも蹴り飛ばされたかのように、おそらく彼の意志関係なくこちらに吹き飛んできたのだ。

 

「ディン!

 大丈夫か!?」


 硬直したローランの下敷きになった俺の下にロジーが駆け寄ってきて、手を差し伸べてくれた。


「あ、ありがとうございまーー」


『うわぁぁぁぁぁ!

 ローラン様ッッッ!』


 俺の救出作業が終わるのを待たず、ローランの部下達が慌てて俺にのしかかっている彼の元に駆け寄る。

 随分と深刻な声音だ。

 ちくしょう、下敷きになったのは俺だってのに。


 そんな愚痴を心の中でこぼしながら、なんとかロジーに引っ張り出してもらい、立ち上がった。


「え……」


 立ち上がったついでに俺を下敷きにしていた男の背中に目をやった時、ようやく彼らの動揺の理由がわかった。


「これ矢じゃなーー」


「ディン! 避けろ!!!」


 言い終える間も無く、ロジーが突然俺を蹴り飛ばし、その後1秒と立たず、彼の脚にはどこからか飛んできた矢が勢いよく突き刺さった。


「ロジーさん!!!」


「ッ……! 平気だ!!!」


「上だ!

 射手は崖の側面にいるぞ!!

 矢の方向からしてな!!」


 蹴り飛ばされて尻餅をついた俺の前に、すぐさまトリトンが覆いかぶさる立ち、水の防壁を張りながらそう叫ぶ。


「全員物陰に身を隠せ!!

 襲撃が来てんぞォッッッ!!」


 ロジーが刺さった矢を引き抜きながら、そう叫び、すぐさま臨戦体勢をとる。


「ーーって、あっ、あれ……?」


 矢が飛んできた方向に駆け出そうとしたロジーが、何故かカクンと膝をつく。


「どうしたロジー!

 早く行け!

 貴公の魔術ならば、その程度の負傷だろうが崖の側面も登れるであろう!」


 周囲の人々を誘導しながら水の結界を拡大する操作に追われているトリトンが、膝をついたロジーに声を上げる。


「あっ、いや……なんか身体がよぉ……?

 重いん……だよ……凄く……ッ……」


 とうとう膝立ちも出来なくなったロジーが、その場に両手をつく。


「何を言うか戯けが!!

 この期に及んでふざけている場合ーー」


「待ってくださいトリトンさん!!」


「なんだというのだディン•オード!」


「これ、『呪詛魔術』じゃないですか!?」


 最初に攻撃を受けた商人のボス、ローランは俺との会話の最中、首元に矢を受けて意識を失い、口を閉ざした。


 ーーにも関わらず、その身体は俺の方へと不自然な軌道ですっ飛んできて、見事俺を下敷きにした。

 そして極め付けは彼が意識を失って口を閉ざしてから吹っ飛ぶまでには、数秒のタイムラグがあった事だ。

 こんな現象が起こり得るとしたらそれは、『反射の加護』を付与した矢を受けた場合に絞られるだろう。


 あの加護は元々触れた対象を吹っ飛ばす罠的な用途で使われるモノだが、リニヤットの書庫で見た呪詛魔術の本には、矢などに付与して用いられることもあると記されていた。


 これらの状況から見て、敵の矢を受けたロジーに起きている症状は、おそらく『鈍化の呪詛』によるものだ。


「……ふむ、なるほど確かにあり得る。

 だがそれはーー」


「はい、分かっています。

 敵は相当手強いってことですよね……」


 トリトンが眉を顰めるのもわかる。

 だっておかしいもん。

 相手は崖の上、もしくはその中腹あたりの位置から〝底にいる〟俺達を狙ってるんだ。それほど深くは無い渓谷だが、明らかに人間業では無い。


 ていうかそもそも矢の軌道がおかしい。

 真上、ないしは斜め上から撃ってきてるのに、ロジーにしてもローランにしても、首と肩を射抜かれていた。


 どうして上から放ったものが地面と並行に飛んでくるんだよ。

 明らかに複数の呪詛を一つの矢に重ね掛けしているだろ。

 でなければ放った矢の軌道を途中で変えることなんて不可能だ。

 

「呪詛の複数掛け……なんとも危険な相手だ。

 ディンよ、念のため『神盾』による防御は継続するが、『反魔の加護』が付与された矢はいくら私とて防げぬぞ」


「……わかってます。

 けど問題はないかと」


「?……

 どう言うことだ」


 そう、単純な話ではないか。

 防げないならそもそも狙わせなければいいんだ……


 簡単なことなんだよ。

 だって、一撃目も二撃目もちょっと考えてみれば、明らかに俺を狙った様な角度からの攻撃だってわかるんだから。


 次の攻撃でも、おそらく相手は俺を狙う。

 根拠も充分だ。俺には今、日本で言うところの50万円相当の懸賞金がかかっているらしいからな。

 どうしてバレたのかはわからないが、相手はおそらくクロハを所有していたデカい商会からの刺客だ。


 ならばこれは俺への用件だ。

 俺1人でなんとかするのが道理じゃないか。他の人を巻き込む理由はない。


「ふ〜……」


 とは言っても、やはり怖いものは怖い。

 足が震えて、中々踏み出せない。

 胸いっぱいに空気を吸い込み、ぎゅっと拳を握る。


「ーーよし……ちょっと、行ってきます」


「なっ!」


「おい! どこに行くディン!!」


 体を引きずってこちらに戻ってきたロジーと入れ替わるようにして、俺は水の防壁の外に飛び出した。


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