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第86話 責任


「初歩的なことだよ、ワトソン君」


 少し声を低くして、顎に手を当てながら舌を走らせる。

 不気味なほどに静かで暗い夜の渓谷の底、隣には口をポカンと開けている赤髪の青年、そして目の前には短刀を持った黒髪の少女。

 探偵モノのワンシーンにはあつらえ向きのシュチュエーションとも言えよう。


「あ?

 今なんて言ったんだ?」


 まぁ、意味が通じないから盛り上がっているのは俺だけなんだけどね。


「……コホン、まず『どうしてクロハがここにいることを知っていたのか』だったね、ワトソン君」


「あん? 『わとそん』……?

 急に何言ってるんだ? お前」


「まあまあ。

 今はホームズと呼びたまえよ」


「は、はぁ……」


 ロジーが首を傾けながら、ため息を吐く様にして相槌を打った。


「……もういいです、話を戻しましょう。

 クロハがここに現れると分かった理由でしたね。

 それは馬車の格子が内部から破壊されていたからですよ」


「……内部?」


「はい、そうです。

 そもそもおかしいんですよ。

 この馬車を護衛していた人はずっと『傷一つだって付けさせなかったと』言っているんです。

 あれだけ派手に格子が破壊されてるのにですよ? 嘘にしては少々無理があります。

 だから気になって破壊された格子の破片とかを拾ってみたんです」


「お、おう……」


「ぶち破られて散らばっていた破片をいくらか集めて元の形になんとなく戻してみるとあら不思議!

 やはり内側から切り傷を入れられていた様な痕があるんです。

 中の奴隷の方々は刃物なんて持ってません。魔物なんてそもそも格子の中にすら入れませんし」


「クロハなら中に入れるってか?」


「入るのは流石に無理ですが、格子の隙間に手を入れて、短刀でギコギコやって亀裂をいれることぐらいならできるでしょう。

 本人は透明化してるわけですし、襲ってくるサラマンダーにも、警備にもバレずやり放題ですよ」


「あー……たしかになぁ……

 いやでもーー」


「『Why done itなぜそうしたか』ですね。

 それは語るまでもないです。

 どうしても気になるなら本人に直接聞いてみては?」


 ロジーがふいっとクロハの方に目を向け、それに呼応する様にクロハがビクリと肩を震わした。


「……助けたかったのか?」


「……」


 ロジーの問いに対して、クロハはずっと地面を睨みつけた体勢で沈黙を貫いている。


「お前……こんな所でこいつら逃して、どうするつもりだったんだ……?」


「……」


『助けたかった』

 そう、助けたかったのだろう、自分と同じような目に遭っている人々を。

 もちろんそれは理解できるし、いくらか共感する部分もある……だがしかし、それは今やるべき事ではないのだ。


 周囲は沈黙を保ったまま、時間だけが過ぎていく。

 渓谷の底に吹く冷たい風が、俺達を急かしている様にさえ感じられる。

 だが、俺の口から言葉が出ることはない。


 勢いでここまで来たが、俺は自分が何をすれば良いかわからないのだ。

 ふざけた口調で誤魔化してはいたが、俺は今、クロハにどんな言葉を投げ掛ければ良いのかわからないのだ。

 クロエ王女ーーあるいはリディなら、この子を説き伏せられかもしれない。

 でも、その2人はここにいない。彼女を拾った身として、俺が責任を持って向かい合わねばならないのだ。


「ーーまぁまぁ、嬢ちゃんを責めてやるなや」


 静寂を切り裂く様にして、その男はやってきた。


「セリ……さん…………

 盗み聴きですか……?」


 まずいぞ……今の会話、雇い主にチクられでもしたら面倒なことになる……


「何を人聞きの悪りぃこと言ってんだ?

 俺ぁ小便スポットを探そうと歩いてただけだよ。

 ……まっ、盗み聴きもちょっとしたけど」


「ッ……」


「ハハッ、そー怖い顔すんなって!

 別にチクろうって腹でもねーよ!!

 また腕を吹っ飛ばされても困るしな!!」


 残っている方の手で頭をポリポリとかきながら、セリが笑った。

 渓谷中に響くほどの爽やかな笑い声。しかしどうにも、俺には彼の動作の一つ一つから表情までが、胡散臭く見えて仕方がない。ついつい身構えてしまう。


「通りすがりならなんで出てきたんですか、貴方には関係のないことでしょう……」


「関係ないなんて……そんなこたぁねえさ。

 この護衛パーティの指揮を預かる人間としては、揉め事は極力起こして欲しくねぇんだよなぁ〜」


「……すみません」


 俺がそう言って軽く頭を下げると、セリはバツのあるそうな顔をして視線を逸らし、数秒ほど黙ったまま頭をポリポリとかいた後、再び口を開いた。


「んん〜……

 まぁ……なんだ?

 お節介かもしれねえがよ、ここはちっとばかし、俺に任せちゃぁくれねえか?」


「……クロハを、ですか……?」


「ああそうさ、ちょびっと俺が話すだけだ。

 なぁに、悪いこたぁしねえよ。

 怪しいと思うんなら、俺の隣にロジーでも張りつけときな」


 何をする気だ……?

 まあ、これだけ俺の都合に寄った提案をしてくるあたり、今は信用しても平気そうだが……


「…………わかりました。

 ロジーさん、念のためお願いします」


 念のため。

 念のためロジーに彼を見張っていてもらおう。


「お、おう……

 お前がそう言うならわかったよ……」


 納得したような、していないような顔でロジーは首を縦に振った。


 手持ち無沙汰になった俺は、サラサラの砂の大地に腰を下ろして、渓谷の底から夜空をぼーっと見上げた。


ーーー


 朝が来た。

 結局、昨日はセリがクロハを説得(?)て直ぐにお開きとなった。

 近くで2人の会話を聴いていたが、終始魔神語で会話していたので、何が起こっていたのかはよく分からなかった。

 何かあるとすれば、『自分だけではどうにもならなかった』という安堵と罪悪感にも似た複雑な感情が残っているだけだ。


「よいっしょっ……と!

 ンンンンンン〜!!」

  

 寄りかかっていた馬車の車輪から体を起こして、伸びをする。

 身体中が痛い……

 野営と言うからには覚悟していたが、ここまでとは……

 王女を護衛してた時は寝袋があったから、だいぶ良い環境だったんだな……

 

「起きたか、ディン」


「ひゃっっっ!?」


 馬車の影からヌッと出てきたトリトンに、思わず声を上げる。


「ちょっと……

 いきなり怖いんですけーー」


「少々まずい事になったぞ」


 軽く体を小突く俺に構わず、いつにも増して仏頂面のトリトンがそう続けた。


「……はい?

 何かあったんですか?」


「いいからついて来るがいい」


 そう言って、トリトンはクルンと180度回ってせかせけと歩き出して行ってしまった。


「ああ、ちょっと待ってってぇー!」


ーーー


「だからよ!!

 証拠なんかどこにもねえだろ!!」


「はっ!

 証拠ならあるじゃねえか!

 お前もあの銀髪のガキの推理を聴いていただろうが!!」


 わけもわからずトリトンに引っ張られて、俺達の雇い主がいる先頭の馬車の方へ向かうと、そこには昨日揉めかけた小人族の下っ端商人と言い合いをしているロジーの姿があった。

 よく見ると、ロジーの影にクロハが隠れている……


「それに、その魔族のガキが透明になれるってのも知ってんだよ!

 周りの奴も見たって言ってるしな!

 そうだろ? おい!」


 商人の男はそう怒鳴って周りに集まっていた他の護衛メンバーを睨む。


「ま……まあ一回だけ、見たかな……」


「ああ、俺も遠目だが見たぞ……」


 男達は目を逸らしつつ、ボソボソと答える。


「トリトンさん……

 これはどういう状況ですか……?」


「ーー見たまんまだよ兄ちゃん、あの魔族の嬢ちゃんのやったことがバレて、それをロジーが庇ってるんだ」


 いつの間にか俺の背後に立っていたセリが、トリトンに代わってそう答える。


 バレた……?

 クロハが奴隷を逃がそうとしてたことがか……?

 どうして……?

 いや、どうもこうもないな。


「ッ……!」


「おーっと、睨むなよ?

 それは早とちりってやつだぜ、兄ちゃん。

 俺ぁチクらねぇって言っただろ?」


 そう言って、セリがわざとらしく両手を上げた。


 いちいち神経に触る仕草だ。やっぱり恨みありありじゃねえか。

 潔白を証明したいならせめて誠実さの一つでも見せろってんだ。

 喧嘩売りやがって……

 

「その男への詮索は後にしたほうが良いぞ、ディン。

 このままロリータにクロハの弁護をさせれば、状況は悪化すると見た」


 トリトンにそう言われて、クロハ達の方に視線を戻す。

 たしかに、さっきよりも彼らの周りに険悪な空気が漂っているような気がする。

 ロジーに至っては冷や汗で大雨に打たれた人みたいになってる。


「……確かにそうですね。

 僕らも向かいましょう。

 あと、『ロリータ』じゃなくて『ロジー』です。

 だれですかロリータって……」


ーーー


「そもそもよ!

 クロハが何してたかなんて誰も見てねえんだからよ!

 本当に檻を壊してたかどうかなんてわかんねぇだろ!!!」


「ここにいる人間の中で、あんな風に檻を壊せるのはその小娘だけだって話をしてんだよ!!!

 お前が1番近くであの銀髪のガキの推理聴いてたんだろうが!!!」


「!……

 てめぇ……盗み聴いてやがったな!?」


 ニタニタと笑う奴隷商の胸ぐらを、ロジーが思い切り掴み上げる。


「ウッ……カハッ……」


「舐めたマネしやがって……

 一度3枚に下ろしてーー」


「ダメですロジーさん!!

 落ち着いて下さい!!」


 慌ててロジーの腕に飛びつく。

 

「……なんだ、ディンか」


 俺の顔を見ずに、ロジーは静かに俺の名を口にした。


「いいから! はやく! その人下ろして! あと左手の拳も下ろして!!」


 ロジーの腕にぶら下がったまま彼の体を強く揺する。

 このまま彼がこの商人を殴ってしまえば、大変なことになる。その確信がある。


 この場はなんとしてでも収めねば……。

わりとマジでどうでもいい設定公開②


 基本的にこの世界の魔術は『基礎自然5属性』『結界』『呪詛』『回復』『空間』の5項目に分類されています。

 

 これに関しては、作中で言うところの所謂『特級魔術』ーークロハの「透明化」やディンの「氷結」、セコウの「時間」、さらには『王の遺産』やら『魔剣』も例外ではありません。


 ディンやクロハの魔術や魔剣と遺産に関しては、この先の物語で明らかになるのでここには書きませんが、セコウは書く予定ないので書きます。

 彼の「物体の時間を巻き戻す魔術」は、『回復』とほんの少しの『呪詛』がベースになっています。

 

 ちなみに、セコウが『ソロモン魔剣』複製or復元しようとした場合、あまりの情報量の多さに脳が焼き切れて死にます。

 まあそもそも、『ソロモン魔剣』は〝破損しない〟ので机上の空論も良いところですが。

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