第85話 初歩的なことさ
「ギャァァァァァァァァァァァァ!!」
一面が赤茶色の渓谷の底に、肉を切り裂く音と甲高い断末魔が響き渡る。
サラマンダー、主に乾燥帯に生息する肉食魔獣。見た目はまぁ、大型犬ぐらいのサイズのコモドドラゴンとでも言おうか。個の強さは大したことは無いのだが、厄介なのは頭脳だ。
こいつらは基本、武器を持つ人間に襲いかかってこない。つまり檻にいる奴隷達だけを集中的に狙うのだ。
1匹や2匹程度なら格子が破られることは無いのだが、兎に角数が多い。これだけ数がいれば、檻なんてイチコロだ。
しかも、こいつらは一撃で倒さないと標的を危害を加えてきた人間に変えて、全員で襲ってくる。
「右斜め後方守り薄いぞ! 兄ちゃん頼む!」
「ッ……はい……!」
まだ10分と経っていないが、正直もう限界だ。わざわざ数時間かけてあらかじめ作っておいた石の剣も既にボロボロ。まあ、軽い素材で作ったから仕方ないのだが。
「あっ!?」
雑念を抱きながら剣を振っていたせいか、体力の限界で型が甘かったからか、とうとう俺はサラマンダーを一撃で仕留め損ねてしまった。
「ギィィィッッッ!」
仕留め損ねた奴が奇声を上げると、周囲一帯のサラマンダーの視線が俺の元に集まる。
「ッッッ……!!!!!」
まずい。まずいまずい……!
このままじゃ全員の標的が俺に向く……
早く、早く2撃目を——
そう思った刹那、俺が仕留め損ねたサラマンダーが突然頭から真っ二つになった。
そしてその上サラマンダーの足元には、薄緑色に輝く魔術印——風魔術の発動を表すものがあった。
しかも上級——遠隔発動魔術だ。
術者は誰だ……?
この護衛チームで風上級を使えるやつなんて1人もいな——
「大丈夫かディン!」
声のする方向に振り向く。
「!!!」
驚くことに、それは俺達が守っていた檻の中から響いたものだった。
「リオン……がやったのか?……」
そう、先程言葉を交わした長耳族の少年——リオンだ。
「これで貸し借りなしだな!」
彼は格子の間から手を突き出したまま、ニカりと笑った。
ーーー
「ふーーーー〜ッ……」
妙に高い声で大きく息を吐いたロジーとトリトンが、尻餅をつく。
完全に動きがシンクロしている。しょっちゅう歪みあってるが、なんだかんだこの2人は仲が良いのではないだろうか。
「ようやく終わりましたね……」
「全くだ! よもやミーミル四大貴族の私にかような雑務を押し付けようとは!」
「もうすぐ三大貴族になりそうだけどな〜」
手をうちわ代わりに顔を仰いでいたロジーが、トリトンの隣で笑う。
「む、何だと貴様……」
「おやおや、おかしいですわねぇ〜?
お家の事となると神経がその槍の様に細くなってしまうんですわねぇ〜」
「貴様ほど神経が太ければ、細い槍でもこと足りそうだな!」
「あー! ちょっとちょっと!
せっかくの休憩なんだから休みましょうよ!」
「……けっ、わーったよ」
そう言ってロジーは、トリトンに背を向けて寝転がった。
こんな砂だらけの地面でよく寝れるものだ。
「む……そういえば、ロバート。
クロハはどこへ行ったのだ?」
「ロジーだって言ってんだろ! わざとやってんのかそれ?
あと、クロハは知らねぇよ。お前らと一緒なんじゃないのか?」
たしかに、そう言われてみればクロハがどこにも居ない。
「いや、配置はロジーさんのところだったじゃないですか」
「クロハはずっと透明化してサラマンダーを襲ってたから、俺は見てねーんだよ」
「え……
じゃあクロハになんかあったと——」
「おああああああぁぁぁぁぁっ!?!?」
急に心配になってクロハを探しに行こうとした矢先、後方の幌馬車から何かを発見したかの様な叫び声が響いた。
「どうしましたか!?」
慌てて後方の幌馬車へと向かうと、そこには俺と同じくらいの身長のおっさんがいた。
体型もずんぐりむっくりというかなんというか……
特徴からしておそらく『小人族』だ。
小人族が奴隷商やってんのか……なんか違和感あるな。
「どうもなにも!
お前らのミスだろっ!」
奴隷商の小人族が顔を真っ赤にして、檻の方を指さす。
「……!」
格子が破壊されている……
他の幌馬車とは違って最後尾にあるこの馬車の檻は木製だ。病人や怪我人が乗る分、多少脆くてもお構いなしということだろう。
まあしかし、木製と言っても支柱一本一本はかなりの太さがあるし、頑丈に組み上げられている。
「いや、俺達が守ってた時にはそんな傷なかったぞ!!」
商人の叫び声を聞いて駆け寄ってきた男が、必死に訴える。
これと言って特徴のない、塩顔の男だ。なんだっけ、機関車みたいな名前……あ、トーマスだ。たしか彼がこの最後尾の担当だったな。
「ああっ!?
言い訳してんじゃねぇよ!!
テメェは報酬引かせてもらうかんな!!」
「そ、そんな……」
気の毒だな……ていうか、リオンの助けが無かったら俺も死んでたかこいつみたいに減給処分くらってたかもだけど……
いや、それ以前に妙だな……
「何ぼさっとしてんだディン。
異常は無かったみてぇだし、とっととクロハ探すぞ!」
そう言いながら、ロジーが俺の頭をボンボンと叩く。
「おい、聞いてんのか?」
「はい、聞いてます。
クロハはひとまず探さなくて大丈夫そうです」
「はぁ!?
お前何言って——」
「見捨てたわけじゃないですよ。
大丈夫、ひとまず夜まで待ちましょう」
「……うーん、お前が言うなら良いけどよ?」
そう言うと、ロジーは腑に落ちなそうな顔のまま、自身の持ち場へと戻っていった。
さて、現在時刻は空の色から見ておそらく夕方。セリ曰く、魔物はしばらく来ないらしいので休みがてら待つとしよう。
ーーー
夜が来た。
昼間のいるだけで暑くなってくる雰囲気とは打って変わり、少し肌寒い。
いつのまにか、四六時中吹いていた砂嵐も収まっている。
「なぁ、こんな時間にどこ行くんだよ」
松明片手にロジーが目を擦りながらフラフラと俺の後に続く。
てっきり爆睡して起きないかと思ったが、仲間のこととなれば例外の様だ。
まぁちょっと寝ぼけ気味なのは彼らしいが。
「最後尾の幌馬車ですよ。
ほら、なんかこの先から『カツッ、カツッ』って音がしません?」
ロジーが口を尖らせて耳に手を当てる。
眼がショボショボなのもあって、マジのジジイみたいな顔だ。
「……言われてみれば、するな」
音のする方へ歩いていくと、自然と最後尾の馬車の所にたどり着く。
カツッ カッーー……
ロジーが向けた松明の明かりに馬車が照らされた途端、その音が止む。
「おい、音が止まったぞ……っておい、何してんだ?」
「よい……しょっ! と……」
持っていたコップの水を馬車に向けて思い切り、そして横凪ぎにぶっかける。
しかし、コップから離れた水が馬車に届くことはなかった。馬車の一歩手前の何もない空間で弾けたからだ。
まるで、何か別のモノにかかったように。
「!……
おい、こりゃあ……」
ロジーが目を見開く。
一呼吸置いて、俺は口を開く。
「いるんだろ、クロハ。
透過の魔術を解いてくれ」
そう口にすると、目の前の空間が歪み出しゆっくりと、そしてじんわりとクロハの像がそこに映し出されていく。滲み出していくと言った方が、近い表現かもしれない。
「おお、本当にクロハじゃねえか……
なんで分かったんだ?」
「ふふっ、Elementary my dearWatson」
わりとマジでどうでもいい設定公開
10番目に生まれた魔剣『ブエル』
作中では『迷宮決戦篇』の後半にて登場し、ディンやトリトンの前に立ち塞がったセリの相方が所持していた魔剣。
特に説明はありませんでしたが、これもれっきとした『ソロモン七十ニ柱魔剣』の一振りです。
能力を覚醒したのはセリの相方本人であるので、セリの様に能力使用時に体力を酷く消耗することはありません。100%の力を引き出せます。
能力はシンプルで「『力』を溜め込み、引き出す」というモノです。
剣に溜め込んだ体力や魔力を他人に分け与えたり、自分に使ったりと、まぁ簡単に言うと『回復系』の能力に当たりますね。
この能力のおかげでセリは消耗の激しい『鸛之鉤爪』の「魔力を奪う」能力を乱発出来たわけです。
元々セリの作戦は、
「王女を最優先で殺したいけどリディが邪魔」↓
「せや! 巨大迷路で分離させたろ!」↓
「分離はできるけど、リディの上級(遠隔)魔術で守られると面倒やな」↓
「せや! 魔術無効化できる魔剣使ったろ!」↓
「あ、でも壊してもすぐ再生されたら困るな」↓
「それだと数回しか使えないのはアカンな、結界壊せなかった時の保険として回復頼むで」
みたいな感じだったのです。
まあ、結果として王女の前にセコウに遭遇してしまい、しかもセコウが思ったよりめっちゃ強かったので計画が破綻したわけですね。
それもそうです、
「使い捨ての魔道具を復元して使ってくるので手数がめっちゃ多い」
「実質呪詛魔術無詠唱」
「詠唱短縮の治癒魔術による高速回復」
「四大貴族の魔力量」
「守りに寄った『停進流』の剣術」
こんなの相手にして魔力と体力温存なんて無理です。
えー、なんの話でしたっけ。
まあ結論は『セコウは目立たないが作中でもかなり上位の実力』と言うことです。




