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第83話 胸のつかえ


『兄ちゃん』

 俺をそう呼んだ男の方へと、恐る恐る振り返る。


「!!!!!」


 心臓がキュッと締まる感覚、高所から突き落とされた様な感覚が、全身に駆け巡った。


「よぉ〜兄ちゃん、〝また〟会ったな」


 いた。


 俺が振り向いた視界の中に、セリがいた。

 ついこの前まで俺と殺し合いをしていたセリだ。


「っ……なんで…………」


 言葉が出ない。

 思考がまとまらない。

 何故?

 どうして?

 リディはセリを仕留め損ねたのか……?


 いや、それだとリディは負けたということになる。

 それは絶対にあり得ない。あの人が強いのもそうだが、それ以前にセリは手負いだった。

 現に、目の前のセリの右手は、手首から上が俺に吹き飛ばされたままだ。

 奥の手があったにせよ、リディがそれを見逃すとも思えない。それこそ、回避できない規模の攻撃でもない限ーー


 ……待てよ?

 もしかしてあの迷宮の崩壊は、セリが仕込んだのか……?


「ははっ、まあ……運が良かっただけだ。

 いや、悪かったと言うべきか?……」


「おい、誰なんだよこのおっさん」


 ロジーが鋭い眼光で睨みながら、セリと俺の間に割って入るように立つ。

 彼の右手は既に剣の柄にかかっている。


「……その人がーー」


「ーー其奴が此度の襲撃の頭脳だ。

 名をセリと言う」


 うまく口が回らない俺の言葉を遮って、トリトンが口を開いた。


「は!? 何だとッッッ!?

 じゃあ今この場でーー」


 そう言って勢いよく剣を抜いたロジーの肩に、トリトンが手をかける。


「待て、この男はあくまで雇われ。

 大敗を期し、戦力の大半を失った今、此奴に戦う理由はない。我々にもな。

 ……そうであろう? 平民の策士よ」


 トリトンがそう言ってセリの方に目を向ける。


「へっ、そう言うこった。

 残念だったな、ミーミル最速の騎士さんよ。

 ……まあもっとも、そっちの兄ちゃんは俺を殺したくてしょうがねえかもだけどよ」


 一同の視線が、俺に集中する。


「どういうことだよ、ディン」


「……ふむ、たしかにそう言われればそうかもだな」


「あっ……いや、その……」


 途端に気まずくなってしまった……


 いや、違うな、違う。今は怨みつらみを語る時じゃない。もっと大事なモノに目を向けねば。


「……それよりもリディさんはどうなったんですか。

 その返答次第で、僕の答えは変わります」


「へっ、知らねぇな」


「……ふざけてるんですか?」


「誰がふざけるかこんなところでよ。

 崩壊が始まってから別れたきりだってーの」


 なるほど、じゃあリディはやられたわけじゃないのか。

 あ、でも全然安心できない……

 リディ1人ならまだしも、王女と脚を負傷していたセコウを連れての脱出となると、かなり確率が下がる……


「……む?

 それよりも貴公、その剣は……」


 俺が黙り込んでいる傍でトリトンが『あっ』と口を開けて、セリの腰を指さす。

 俺もそらに釣られて、彼の腰に目線を向ける。


 彼の腰には以前差していた魔剣に加えて、もう一本剣が増えていた。

 それはとても記憶に新しい剣だ。


「ああ、ブエルの剣だよ」


 『ブエル』……セリと一緒にいた剣士がそう呼ばれていた。

 王都で襲撃してきたことを含めれば、俺は彼と2回戦ったことになる。もっとも、どんな奴かなんてこれっぽっちも知らんがな。


「そう……其奴だ。

 一緒ではないのか?」


「死んだよ。

 大岩に押し潰されて身動き取れないまま、迷宮の崩壊に巻き込まれてな」


 そう言って、セリは寂しそうな表情で、新たに増えた剣の柄に手を置いた。

 大岩……おそらくーーいや十中八九、俺が放った全力の『岩砲弾』だ。


 少し背中が熱くなって、鼻の奥がジーンとした。


「……謝り……ませんからね……」


 咄嗟に、そんな言葉が口から溢れた。

 自分でも驚いた。


 声はかなり小さかったが、セリには届いていた様で、彼はクロハに寄り添う俺の正面へと位置を変えてしゃがみ込んだ。


 殴られるか、罵られるか。

 俺は反射的に体をこわばらせて目を瞑った。


「!……」


 しかし、飛んできたのは拳でも罵声でもなく、とても優しい声音だった。


「別に恨んでなんかいねぇよ、前にも言ったろ?

 仕事だってな」


 俺がゆっくりと目を開けて顔を上げると,そこには俺の頭を優しく撫でながら笑うセリの姿があった。

 

「こんな仕事だ。

 あいつだって覚悟はしてたろうさ、文句は俺が言わせねぇよ」


「……」


 俺は何も言えなかった。


 こんなの……違う。

 俺が待っていた答えは、それじゃないんだ。


 酷く不快な何かが、俺の胸の中につかえ始めた気がした。


ーーー


「んでなぁ!?

 そこの酒場の長耳族の娘がよぉ!?」


「おうおう!

 そんでそんで!?」


「『触ってみるぅ?』なんて言うからよ、ガッツリ揉みしだいてやったのよ!」


「おぉーッッッ!

 で! その感触は!?」


「長耳族にしちゃあ随分でかいなとは思ったが、同時に違和感もあったのよ。

 まあ、そんときゃ思い出せなかったから、娘にぶん殴られただけで終わったんだ。

 だがな、翌日冒険者ギルドに顔出した時に思い出したのよ『あ! あの胸、スライムの感触だ!』ってな?

 どうにもあの娘、自分の胸にギルドで安く買ったスライムの死体詰めてやがったのよ!」


「ギャハハハハハッッッッ!!!」


 ガラガラと鳴る馬車の車輪と、ロジーの笑い声。こういう明るい雰囲気は、とても久しく感じる。

 

 結局、俺達はあの場にいた奴隷商の護衛をしながらムスペル王国に入国することとなった。


 当然、俺はクロハのこともあって猛反対したのだがセリ曰く、クロハを所有していた商会の息がかかっていない且つ、手早く稼げる仕事先はこの街だとここしか無いそうなのだ。


 それだけならまだ考えものだったが、どう言うわけか、パニックを起こしていたクロハが急に落ち着いてしまったのだ。

 これでは断る理由もない。


「なぁなぁ!

 他にはなんかおもしれー話ねぇのか!?」


 それにしても……ロジーめ……

 なんだよな、最初はセリのことめちゃくちゃ警戒して同行を拒否してた癖に、今じゃあんな楽しそうにおしゃべりしてるよ。

 もっとこう……警戒心とか緊張感があってもいいんじゃないかな。


 少なくとも、セリはまだ信用に足る人物ではないと思うのだが……まあともあれ、


「楽な仕事で良かったです」


 隣で馬を引いているトリトンに話しかける。


「楽などではないぞ?」


 意外だ。彼なら『私1人で事足りる!』なんて言うかと思ったのに。


「そうですか?

 たかが奴隷を運ぶ馬車数台の見張りですよね?」


「たしかにそうだが……場所が悪いのだ」


「はあ、なるほど……?」


「アスガルズ神聖国とムスペル国の境は、屈指の異常気象地帯であり、強力な魔物が大量発生しているのだ」


「……」


 あれ……?

 それマズくないか? だって今俺はーー


「まあ、最近ではムスペル王国の発展に伴って、整備が進みつつはあるのだがな。

 聞いた話でしかないが、以前は一軍で突破するような地帯だったらしいが、今ならこの程度の戦力でも余裕で突破できるそうだ」


「へっ、この程度の戦力とはよく言ったな。フィノースの若いの」


 横から割り込むように、セリが口を開いた。


「質の話ではない、たかが8人程度で4台の馬車を護衛なぞ、相当な労力だ。

 加えてまともな戦力はディンと私とロブーとやらのみ。

 貴公は隻腕で、他の有象無象には期待してもいられん。クロハは……まあ、うむ」


「ロジーだっつってんだろ!

 いい加減覚えやがれ!」


 横で叫んでるロジーのことはどうでもいいとして、たしかに四方八方から魔物に襲われたとしたら、護衛は結構キツイな。

 

 まあ、言ってもしょうがないし、やるしかないんだけどね……


ーーー


 仕事が始まってから一日経った、魔物の襲撃自体はあったが、運のいい事にどれも雑魚ばかりだった。

 セリ曰く、強い魔物はこの先通過することになる異常気象地帯ーー『太陽が落ちた場所(ラーヤ=カーマ)』に集中しているそうだ。


 まあ、実際に通過するのはその地帯で1番安全な渓谷らしいが、なるほどトリトンが愚痴をこぼすわけだ、その渓谷も決して油断ならない場所らしい。

 渓谷の底を通るので、当然ながら逃げ場が無いわけであり、簡単に上から挟み込まれてしまう。

 護衛には骨が折れそうだ……

 

 あと、クロハがやけに大人しいのも気になる。いつもならずっと手を握っていたら振り払って来るのに……


ーーー


 そしてとうとう、渓谷の入り口に辿り着いた。

 

「仕事も大事だが、あくまで自分のこと最優先でな?」


 突入する間際に、セリは俺達にそう言った。

 俺はやり抜けるだろうか、今のこの体で……

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