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第80話 今後の方針



 朝が来た。

 長らく暗い地の底にいたせいだろうか、なんだかとても太陽が懐かしく感じる。


 昨日まで体中を巡っていた激痛と疲労感も、いくらかマシになっている。

 実に素晴らしい解放感だ。

 まるで新しいパンツを履いた正月元旦の朝のような、スゲー爽やかな気分だ。

 

「見張りご苦労だった!

 ディン•オードよ!」


 目を覚ましたトリトンが張りのある声で開口一番にそう言った。

 普段の騒がしさが戻っていて何よりだ。


「ディンで良いですよ。

 昨晩はその……色々とすみませんでした」


「気にすることもない!

 貴公の必死さは伝わった!」


「……そうですか」


「それより、さっさとクロハを起こすがいい。

 今後の方針も定まらんだろう!」


「……」


「なんだ、私は何かおかしなことを言ったか?」


「……いえ、ちゃんと『クロハ』って呼んでくれるんですね」


「当然だ!

 戦友の伴侶ともなれば丁重に扱わねばなるまい!」


「伴侶ではないですがね、まあいいです」


 良かった。

 この人はやっぱり悪い人じゃなかった。

 俺の目に狂いはなかったのだ。

 口調はクソムカつくけどな。


 さて、クロハを起こすか。


「おーい、クロハ〜 朝だぞ〜」


 陽だまりの中で気持ちよさそうに眠るクロハの体を、そっと揺さぶる。


「ん゛〜……」


「クロハ〜! 起きろ〜!」


 困ったな……全然起きてくれない。

 昨晩はうなされてたみたいだし、疲れが取れてないのかな……


「何をしているディン、さっさと起こしたいのならこうすれば良かろう!」


 そう言って丸太から腰を上げたトリトンが、こちらに腕を向ける。


「こうって……どうするんーー」


 そう言いかけたところで、トリトンの腕から水弾が打ち出され、クロハの顔面に直撃した。


「ちょっとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッ!

 何やってんですかぁぁぁぁぁッッッ!!」


「朝はやはり水だ!

 何よりも爽やかに目覚められるからな!」

 

 水で顔洗うのと、いきなり水ぶっかけられんのは違うだろ!


 いや落ち着け、きっとこいつに悪気はないんだ。

 見ろ、この曇りなき眼を。

 倫理観やデリカシーすらも持ちえない、純粋な瞳だ。


「う……ぐっ……

 ゲホッッ….ガハッッ……

 うぅ……」


 大量の水を顔に浴びたクロハが、苦しそうに咳き込む。


「大丈夫かクロハ!!

 一回起き上がれ、少し楽になるから……」


 慌ててクロハの体を起こし、その背中を摩る。

 こんな時にあれだが、美人の濡れ髪ってなんかエロいなと思ってしまった。

 幼女相手にムラつくなんて、本来なら許されないことであろうがまあ、俺も色々と頑張ってるんだ。思う程度なら神も許してくれるだろう。髪だけに。


「クロハ、深呼吸だ」


「すゥゥー……はァァー……」


「良かった、落ち着いたか。

 ごめんなクロハ….大丈夫か?

 もう苦しくないか?」


「うぅ……ぐすっ……」


 あー……ちょっと涙目だ。

 泣いちゃうかな……どうしよう。俺なぐさめ方とか知らないし。ラトーナの時みたいになっちゃう……


「ちょっとトリトンさん!!

 流石に乱暴過ぎですよ!!

 クロハはまだ7歳だから、疲れてて起きれないのも無理ないんですッッッ!!」


「む、それは済まん」


 悪意がない故の恐ろしさだな……

 しばらくクロハが落ち着くまで待とう。


ーーー


「なぜそこまで距離を取る、もっと近くでないと話しにくいではないか!」


 丸太に座って向かい合うトリトンが、不思議そうな顔でそう声を上げた。

 どうやら、俺とクロハの座る位置が彼からめちゃくちゃ離れているのが気になるらしい。


「……もうクロハに変なことしないでしょうね」


「変なこと?……何のことだ!」


 自覚なしかよ。


「……もういいです、始めましょう」


「?……

  そうだな、早速質問だが、貴公はこれからどうするつもりだ?」


「とりあえず、ムスペル王国の王都を目指そうと思っています。

 本来の目的地がそこだったので、おそらくみんなもそこに向かうかと」


 リディはともかく、王女やロジー、重傷を負っていたセコウは大丈夫だろうか。

 彼らは彼らでお互い合流できていると良いが……


「なるほど、承知した。

 となれば、課題は2つとなるな!」


「二つ?」


「うむ、まずは現在位置の把握だ。

 ムスペル王国に向かうも何も、まずは方角がわからなねば始まるまい!」


「そうですね……じゃあもう一つの課題は移動手段の確保とかですか?」


「近いが少し違う。 持ち物だ!」


「持ち物……あ!」


「ふっ、少しは察しが良くなったではないか!」


「悪かったですね、察しが悪くて。

 ……で、持ち物っていうのはあれですよね? 食糧とお金……」


「然り、我々はさきの戦いで武器はおろか、持ち物を全て消失してしまっている。

 食糧は最悪狩りで何とでもなるが……乗り物の購入や、検疫で通行料を取られるからな、少なくともギル金貨四十(約200万円)は必要であろう!」


「二十ッ……うそ、マジですか!?

 そんなに!?

 それどういう内訳ですか!?」


 二千って正気か?……

 俺のいた村なら、2年くらい食べ物に困らない額だぞ?


「ふむ、そうだな……

 馬車に十四(約70万)。

 装備等の調達に八(約40万)。

 食糧に十二(60万)。

 検疫で銀三十(約3万)。と言ったところだな」


「うっ……」


「現在位置がわからぬ以上、食糧費に関しては減る場合も有れば、増えることもあるであろうな」

 

「アスガルズの物ってそんなに高いんでしたっけ……?」


 そもそもこっちに来てからは、買い物なんて王都でぐらいしかしてないからな。ほとんどエドマさんに任せきりだったせいで、いまいち感覚が掴めてなかった。

 言われてみれば、王都で食べた『キプト』とかいうパンみたいなのは、結構高かった気がする。俺がいた村の近くの街でなら、似たようなものが十分の一くらいで売ってそうだったし……


「昨今のアスガルズは物価上昇に歯止めが効かなくなっている。

 もともと貿易には消極的な国家だったことに加え、魔大国との戦争中と来た。

 資源や人員不足で、必然とそうなるであろうよ!」


「なるほど……あ、あと検疫ってなんですか?

 アスガルズを出る時にお金が必要なんですか?」


「アスガルズではなく、ムスペル王国入国の際に必要なのだ」


「はぁ、それはなんでまた?」


「ムスペル王国は難民と移民の受け入れを積極的に行うという特色を持っているからな。

 まあ、噛み砕いて言うなれば、余所者が多い分、治安維持の為に検疫を厳しくする必要があるということよ」


「なんか矛盾してません?

 検疫が厳しいなら、素性の知れない難民移民こそ入れないじゃないですか」


「そこの意図は私にも理解しかねるな。

 ただ手形なんてものを発行するくらいには、何か理由があるのだろう!」


「手形?」


 手形ってあれだよな? 木の板みたいなやつ。


「難民・移民として入国をしない際は、必ず通行手形が必要になる。それを取得するのにある程度金が要るということよ。

 1人につき十ギルで3人分というわけだ!」


「なるほど……ビザみたいなものですか」


「びざ?……なんだそれは」


「なんでもないです。

 で、1番の問題はその金をどうするかですね……

 冒険者とかになって工面します?」


 おお、なんか今すげぇそれっぽいこと言った気がする。

 オラワクワクしてきたぞ!

 

「世迷いごとを言うな、何が悲しくてあのような賤業に就かねばならんのだ!」


 トリトンが自分の膝をバンバンと叩きながらそう声を上げた。


「賎業て……酷い言い草ですね」


「当然だ!

 それに、ギルドに正式に冒険者として認められるには一年かかるのだぞ?

 それまでは低賃金も良いとこよ!

 もっとも、正式になったとしても依頼次第では低賃金は変わらんがな!」


「うぇ、マジか……

 じゃあどうやって稼ぐんですか」


 待ってくれよ、この世界に来て一番のカルチャーショックかもしれない。

 冒険者って、もっと華々しい職業じゃないの?……

 こっちじゃ底辺職かよ……


「ただ、貴公の発想自体は悪くない……」


「はい?」


「〝身体を売る〟という点においてはな!」


 ん?

 身体を売る……?

 体を売る……

 〝カラダ〟を売る!?


「ッ……!

 男の人っていつもそうですよねッ……!!!

 クロハのことなんだと思ってるんですかッ!?」


「む?……

 どうしたのだ、急に血相を変えて……」


「どうしたって……クロハに身売りさせようとしている人が何言ってるんですか!!!

 倫理観が欠如しているとは思ってましたが、そこまでとはッッッ……」


 いくらクロハが可愛いとはいえ、この子はまだ7歳だぞ? そんな子に水商売させようってのか?

 水が必要なのはお前だ。ついでに氷漬けにしてやるから頭冷やしてこい。


「待て待て、何を勘違いしている」


「じゃあ何だって言うんですか」


「あくまで売るのは〝武力〟だ!

 文字通り体を売ってどうする。それでは本末転倒であろう!」


「あっ、え……護衛とか傭兵とか、そう言うやつですか?」


「そうだ!」


「あ、なるほどそういう……」


 ついつい早とちりしてしまった……俺の心が汚れ過ぎていたか。

 すまんクロハ……一瞬娼婦として指名No.1を獲得してるクロハの姿を思い浮かべてしまった。

 最悪だ。なんだこれ罪悪感がやばい。

 見ろよ、このクロハの無垢な表情。俺はこの少女を下卑た妄想で汚してしまったのだ。

 本当に良くない。後で何か埋め合わせよう。


「構わん!

 だが確かに……それも悪くないな!」


「冗談でも笑えませんよ。

 クロハにそんなことさせるつもりならーー」


「違う、そもそも魔族はアスガルズでは娼婦になれぬわ!

 私が言いたいのは貴公だ、ディン!」


 トリトンがピシャリと俺を指差す。


「はい?」


「アスガルズには確か、少年を好んで貪る変態豚貴族がいた!

 容姿端麗な上物である貴公を一日貸し出せば、金銭問題はすぐに解決である!」


「は……ははっ、トリトンさんも冗談言うんですね〜?」


「?……

 冗談とは何のことだ? 

 急に話題を変えるでない!」


「……」


「おい待て、何故立ち上がった。

 そして何処へ行く!」


 俺はクロハを置いて、一目散にその場から駆け出した。

 

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