第78話 賭け
英王暦418年初秋、アスガルズ王国のとある城塞都市にて、記録的な大地震と魔力波が観測された。
原因は一切不明とされているが、現地では「魔族の少女が厄災を運んだ」•「国蛇様がお怒りになった」•「壌土王の呪いが再び目覚めた」等、さまざまな考察が交わされていた。
また、アスガルズ周辺各国も、このことをいち早く察知していたが、不可侵国家であるムスペル王国、アスガルズと戦争中である魔大国連盟、ミーミル統治下であるヴェイリル王国は、これといって干渉を行わなかった。
意外だったのは、国交が悪化していたはずのミーミル王国が積極的な調査協力を申し出たことである。
アスガルズはこれを受け入れ、大規模な調査団が組織され、約一ヶ月間に渡り調査が実施されたのだが、明確な原因は何一つとして確認されなかったという。
しかしその際、反政迷宮施設〝エデン〟の存在がアスガルズ王室、英樹協会に露見し、関係貴族は全員捕らえられ、身分剥奪、または処刑となった。
「プフッ……ハッハッハッッッッ! それは災難であったな、リディよ!」
黄金に彩られた玉座に頬杖をついて座るその男は、目の前に立つ薄汚れた男ーーリディアンを見下ろして、そう高らかに笑った。
「全く……久しぶりに肝を冷やしたよ」
ゲラゲラと笑う男を前に、リディアンはため息混じりの苦々しい笑みをこぼした。
「ほぅ、貴様が肝を冷やす程の相手とはな。俺も一度、相見えたかったものよ」
「冗談じゃないね。もし次会ったら、あいつ何してくるかわかんないよ」
「よもや、神話にて語られる『国蛇様』を利用してくるとはな。神性で言えば『スルト』や『ヒュドラ』らに並ぶか。流石の俺も、空いた口が塞がらぬわ。
——で、実際見たのか?」
「ん? ああ、蛇ね。うーん……見たっちゃぁ、見たけど……」
「……わざわざ濁しよってからに、話してみせよ!」
「……迷宮から逃げる際にそれらしきものは見たけど、大き過ぎてその全貌はよく分からなかったよ。
でもまあ、感じた魔力的には『赤竜』や『青竜』、『黒竜』の主よりかは、確実にでかいだろうね。
いや、それどころかそいつら数十匹束ねたところで、全然比較にならない大きさだ」
「ふむ……龍殺しも悪くないな」
「あーあー! ダメダメ!
どうせ今向かったところで、アスガルズの調査連中と鉢合うだけだよ」
「……たしかに、それは俺の望むところではないな」
「うんうん」
「ところで、部下達はどうした。王女1人に瀕死の眼鏡1人……まさかお前に限って、他は死んだなんてことはあるまいな?」
「生きてるよ〜 ただ、このムスペル王都からだと、随分離れてるっぽくてね……」
「はぐれたということか。ならば、貴様の千里眼で見つけ出せば良いではないか。未来を〝視て〟それを元に推測ぐらいはできよう?」
「千里眼とはいえ、〝見える〟範囲は限られてるんだ」
「ふむ、そうであったか」
「そうそう。まあ、気長に待つさ。ルーデルもこっちに向かってるらしいし」
「ほう、あの不死鳥か。面白い、ならば賭けようではないか!」
「なにを?」
「不死鳥が先にこの地に現れるか、はたまた件の者達が先か…………どうだ?」
「うーん。 まあ、いいか」
「よし、それでこそよ! 言っておくが、『未来視』は無しだぞ?」
「もちろんさ。そっちこそ、姫の力は使うなよ?」
「当然だ。では我は、件の者達に宝物庫の1割を賭けよう!」
「お、意外だね」
「たまには、大穴を狙いたくなるものよ」
「へぇ〜……っていうか、勝手に宝物庫の物賭けちゃっていいの? 負けても知らないよ?」
「構わん、宝物庫なぞ大層な名が付いて言えど、所詮は俺のへそくり箱だ」
「あら太っ腹」
「して、貴様は何を賭ける? わかっているとは思うが、金銭の類は要らぬぞ。こうして溢れるほど持っているのだからな」
そう言って男が手を挙げると、彼の座る玉座の背後に、いくつもの金銀宝石類、果ては武器までもがフワフワと浮かび上がる。
「わかってるよ……いちいち財宝を見せたのは自慢かい? どっからそれ運んできたのよ……」
「フハハハッッッ! 人に見せずして何が財か!!
それより、早う賭けるものを言え」
「うーん……じゃあ、俺が何でも一つ言うことを聞くってのはどう?」
「乗った。その言葉、もう取り消すことはできんぞ?」
「取り消さないよ」
「ん、では去るがいい。そろそろ時間だ。お前が王宮にいることがバレたら大変な騒ぎになるからな」
「そうだね、じゃあまた」
「滞在場所は聞いておるな?」
「うん、わかってる。しばらくは王女と観光を楽しむよ」
リディアンはそう言って笑うと、広間の窓に足をかけて、そこから飛び出していった。
迷宮決戦篇 ー終幕ー




