第75話 迷宮決戦⑮ーセコウの覚悟ー
きっと、褒められたからだ。
フィノース本家の長男でありながら、水魔術に適性がなかった私が、一時は全てを投げ出していた私が、何もかも中途半端な私が、再び顔を上げることができたのは。
隊長に連れらて、たまたま王宮に訪れた時に出会った彼女ーーエドマ。
隊長が王女の相手をする機会が増えてからは、彼女とも良く話すようになった。
最初は大して意識していなかったが、段々と話しているうちに彼女の魅力に気づいた。
物腰の柔らかさや、世話焼きなところ、しっかりしているようで少し抜けているところ、優しいところ。全てが私にとって魅力的だった。
今思えば、彼女は何も特別なことはしていなかったのかもしれない。
彼女はただ、一王宮の人間として、普段通りに振る舞っていただけなのかもしれない。
きっと、私を救ってくれた言葉も、何気ない日常の一欠片だったのかもしれない。
誰かに認めてもらいたくて必死だった私は、そんな彼女に虚像を見て、彼女は私などそもそも見ていなかった。
お互い、見つ目合ってなどいなかった。
きっとそうなのだろう。
だが、仮にそうだとしても、私の感謝は決して揺らがないだろう。
虚像であろうと、見ている方向が違おうと、彼女は私に沢山のものをくれたのだから。
そんな彼女のために、私は何をしてやれたのだろうか。
私の行動は正しかったのだろうか。
薄々勘づいてはいたんだ。この護衛が始まってから、エドマが何かを隠しているのは。
気になったことは逐一報告しろと隊長には言われていたが、私はその事を口に出さなかった。
隊長に話せば、全てが解き明かされてしまう。臆病な私は知りたくなかったのだ。最悪の場合を。
もしかすれば、この時ちゃんと話しておけば、状況はまるっきり変わっていたのかもしれない。
結局、恩人である隊長に嘘をついている罪悪感や、エドマ自身への不安から、私はエドマ本人にその事を追及し、彼女が敵と内通している事を知った。
いや、順序が逆だな。私は見てしまった。怪しげな魔道具で簡易的な連絡を取り合っていたエドマを。
そして彼女は語った。
『家族が人質、協力すれば、王女も命まで取りはしない』正直、私には家族の大事さなどわからないから共感はできなかったが、彼女の必死さを見て私は、やはりこのことを隠し通す道を選んだ。
なにより、彼女の力になりたいと思ったのだ。
だが結果はどうだ。
エドマは死んだ。私の手で。
隊長は言ってくれた。
『部屋を開けるから好きにしろ』と。言い換えれば、『2人で逃げても良い』ということだった。
でも、私は逃げられなかった。
逃亡を拒むエドマを説得できなかった上に、仲間を捨てる罪悪感と心配。
そしてなにより、私自身に彼女を守り切る自信もなかった。
結局、私は彼女の力になることはできなかった。
だからこそ、次こそは誰かのために、何かをなさねばならない。
ここで役目を果たさずして、死ぬわけにはいかないのだ。
ーーー
「おいおいにいちゃんよ!?
回復の間隔が開いてきてるぜ!?
魔力切れかぁ!?」
猪突猛進で連撃を繰り出してくるセリから、距離を取ろうと背後に飛ぶ。
「ッッッ!!……」
飛んだ際に生まれた隙を突いて、ブエルの刺突攻撃が来る。
体勢が崩れているので避けられない。
致命傷を避けるため、攻撃を腕に逸らす。
ーー遡及(強化×鈍化)ーー
腕で剣を受け止めたことで、相手の動きが一瞬止まった。
その隙に、地面と自身の体から復元した呪詛魔術を相手に当てる。
「ぐ……」
数倍に膨れ上がった己の体重に耐えきれず、ブエルが膝をつく。
トドメを刺そうと、ブエルの首に向けて剣を振るうも、すぐさまセリが私とブエルの間に割って入る。
私には回復があるから、セリの攻撃を避けながらでも強引にトドメを刺したいところだが、『鸛ノ鉤爪』による攻撃は、掠っただけでも魔力を根こそぎ持っていかれた。
体に直接でも貰ったら、どれほど魔力を持っていかれるかはわからない。
ただでさえ、魔力は残り少ないというのに、それはリスクが大き過ぎる。
ここはやはり、距離を取るしかないか……
いや、ここで引いては意味がない。
もう時間はないのだ。
ここで勝負をつけよう。
3人の視線が間近で絡み合う中、2人に気づかれぬよう、小声で詠唱を始める。
ーー遡及ーー
詠唱を続けたまま、後ろに後退する姿勢を取りつつ、布切れから復元した小麦の袋を切り裂き、中身を中空にばら撒く。
「なっ……!!」
「おいっ!? 正気かこいつッッッ!?」
周囲に散乱した小麦を目にして、セリとブエルの顔に驚愕ーーあるいは恐怖の色が浮かぶ。
流石に察しがいい。
とある冒険者の話を参考にさせてもらった。
迷宮や洞窟などで小麦粉を撒き散らして、火を起こすと激しい爆発が起きる。
セリには魔術を使った攻撃は無力化される上、半端な攻撃ではブエルという男に回復されてしまう。
ならばいっそのこと、捨て身で至近距離の爆発に巻き込んでやろうという算段だ。
このまま同じ流れを繰り返していても私が負けるだけ。
柄にもなく、賭けに出たのだ。
「ーー『発火』」
そう口にした瞬間、広間全体が凄まじい爆発に包まれた。
ーーー
体中が痛む。
目眩と耳鳴りがすごい。もしかすると耳が壊れたのかも知れない。
「うっ……重い……」
体を押し潰すようにして私の上に被さっていた金属の板をどけ、体を起こして立ちあがろうとするも、足の先端がないことに気づいた。
やはり至近距離の爆発では、あらかじめ用意しておいた盾の復元が間に合わなかった。
いや、足だけで済んだのはまだ良い方か。
しかし、私はルーデルさんではないので、さすがに体の欠損部位までは治せない。
つまりもう立つことができない。
正真正銘最後の攻撃となった。
2人には届いたのだろーー
「ううっ……くそッッッ
痛ぇぇ……」
「ッッ……危な……かった」
ぼやける視界で煙の奥を覗くと、魔剣を杖代わりによろよろと立ち上がる2人の姿があった。
どうやら、防がれてしまったようだ。
「ふぅ……ブエル、もう一回頼めるか?」
「……無理です、今ので……全部使い、切りました」
「……そうかぁ、ちくしょぉ……」
息絶え絶えになった2人が、こちらにゆっくりと近づいて来る。
終わりだ。
治せる範囲で傷は治したが、疲労感が激しい。
もう、魔力も体力もほとんど残っていないのだろう。
くそ……今のが私に出せる最大火力だったというのに……
結局、何一つ残せなかった。
誰のためにもなれなかった。
いや、何もかも中途半端な私には、うってつけの最後なのかもな。
済まないみんな……後はたのーー
「セリさんッッッ!!!」
諦めて目を閉じた瞬間、聞き覚えのある声が広間に響いた。
「……?」
声のする方向にゆっくりと目をやる。
「ディン……」




