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「偽物の天才魔術師」はやがて最強に至る 〜第二の人生で天才に囲まれた俺は、天才の一芸に勝つために千芸を修めて生き残る〜  作者: 空楓 鈴/単細胞
第2章 迷宮決戦篇

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第72話 迷宮決戦⑫ ー氷結のポストリュードー


「なっ……」


 まだ微かに霧が残る図書室の中で、トリトンは目を見開いて声を漏らした。


 それもそのはず、彼の前にへたり込んで息を荒くしている銀髪の少年ーーディンにかけたはずの魔術が、少し目を離した隙に解けていたからだ。


 彼のかけた水魔術『神牢』は本来、術者本人の意思でしか解除することができない。

 そして言うまでもなく、トリトンは『神牢』を解除していない。


「ッッ……

 一体何をした!

 ディン・オードぉぉぉぉぉ!!」


 異様な事態に、ただならぬ焦りを覚えたトリトンは、ディンに怒声を浴びせる。

『何かを見落としている』

『一度撤退すべきでは?』

 彼の本能がそう警鐘を鳴らしていた。

 しかし、彼は引き下がらない。いや、引き下がることができない。


「……」


 トリトンの叫び声が図書室にこだまする中、ディンは沈黙を貫いていた。

 ただじっと、トリトンを見据えたまま。

 

「ッ……まあいい!

 貴公の魔力量が大幅に減少しているのは分かっている!

 もはや微塵も感じぬぞッッッ!

 見るに、先程の霧で魔力をかなり使ったのではないか?」


「……」


「ッッッ……」


 ディンは一向に口を開かない。

 それに加えて、彼が負っていた筈の傷の数々が、いつの間にか綺麗さっぱり消えていることにトリトンは気づき、眉を顰めた。


「……どうやら喋る力も残っていないようだな! 

 早々にその息の根を止めてやろう!!!」

 

 そう早口に言うと、トリトンはディンに向けて走り出した。

 それと同時に、先程までトリトンの背後で棒立ちだったクロハが、彼を追うように走り出す。


「まさか2度も同じことを言うはめになるとはな!!!

 今度こそ幕引きだ!!!

 ディン・オードぉぉおおおッッッ!!!」


 トリトンは追ってくるクロハに構わず、真っ直ぐディンの元へ迫る。


 今に至るまで、慎重に戦うことを重視してきたトリトンらしからぬ行動だ。


 それはひとえに、400年に渡って研鑽されてきたフィノース家の水魔術への信頼と、彼自身のプライドに起因していた。

 『神牢』が破られた事実が、彼の心を大きく乱したのだ。


「!?……

 それはっ……!」


 走りながら槍を中段に構えたトリトンが、ディンの数歩手前まで迫った時。

 ディンは懐から筒のような物を素早く取り出し、それをトリトンに向けた。

 その筒を持つ手は、微かに震えていた。


「ハッッ!

 くどいぞ!

 その球が飛び散る道具はもう見た!!!」


 そう、ディンが迫り来るトリトンに対して向けたものは、先程クロハが使用した持ち歩き用の『簡易ショットガン』である。

 形状は筒そのものであり、長さは20センチほど。中には火薬と、小さな金属の球体が幾つも詰め込まれているだけの、単純なものだ。

 火、または雷魔術による直接着火によって発射されるそれは、本来の銃のように、銃身を通さずして薬莢から弾を排出するため、有効射程距離は極めて低い。


 故に、トリトンはその足を緩めない。

 彼の目算では、ディンやクロハの持つ『簡易ショットガン』の有効射程はせいぜい1メートル。

 発射を目視してからではトリトンの防御が間に合わない距離は、そこから更に縮んで0.5メートル弱。

 

 仮に、今すぐそれを放たれたとしても、ディンと彼との間にはまだ十分な距離がある。

 防御は間に合う。


 ここで足を止めて、魔術による攻撃を行うことも可能だ。

 しかし、ここに来て初めて、己の魔術を突破されたトリトンは本能的に、近接攻撃によって、確実にディンを仕留めることを選んだ。

 

「石ころごとき、恐るるに足らんッッッ!

 『神盾』!!!」


 トリトンが『簡易ショットガン』の射程内にその足を踏み入れる瞬間、彼はそう叫んで、己の体の前面に水の盾を展開した。

 こうなれば、たとえどんな攻撃魔術がこようと、彼がダメージを負うことはない。あとはディンに槍を当てるだけ。

 

 しかし、その時だった。


「背後を貰ったぞ!

 トリトンッッッ!!!」


 絞り出したような甲高い声が、図書室一帯に響き渡った。

 

「!!!!!!!!!!!!!」


 その刹那、トリトンの頬に冷や汗が伝う。


 なぜか、それはたった今部屋中に響いた少年の声が、彼の目の前で地面にへたり込んで筒を構えているディンのものと瓜二つであるからだ。

 そして、今トリトンが前にしているディンは一度も口を開いていない。

 背後には自分を追う魔族の少女しかいないはず。

 だというのに、耳に入ったのは『ディン』本人の声。


 敵を前にして他所見など、言語道断。

 しかし、この奇怪な現象を前にトリトンは、思わず己の背後へと目を向けてしまった。


「なっ……! は?……」


 トリトンはおかしな声を漏らすと同時に、己の目を疑った。


 背後には魔族の少女などどこにもおらず、変わりに銀髪の吊り目の少年ーーディンがいたのだ。


 そう、己の前面と背後合わせて

〝ディンが2人いた〟のだ。

 

ーー閃光弾ッッッ!!!ーー


「ぐッッッ、があぁぁぁぁぁぁぁぁああッッッ!!!!!」


 トリトンが振り向くとほぼ同時に、ディンの手からは、周囲の風景全てが白に帰すほどの光と、空気を裂くような破裂音が響いた。


(まずいッッッ……例の光の魔術か!

 目が眩む、耳鳴りがする……

 いや、それよりどういうことだ?

 なぜディンが2人……いやそれも違う!

 まずは防御だ!)


「『神鎧』!!!」


 凄まじい光が周囲を照らしつける中、トリトンが目元を抑えながらそう叫ぶと、彼の身体は一瞬にして、膨大な量の水に包まれた。


 『神鎧』とは、水を圧縮して盾とする魔術『神盾』の応用にあたる魔術である。

 全身を大量の水ですっぽりと覆うことで、全方位からの攻撃を防ぐために用いられている。

 使用中、術者は移動と呼吸が制限されるため、長時間の持続はできないが、その防御力は『超級』相当の結界にも並ぶと言われている。


 そう、ディンの目眩しに対して、トリトンが咄嗟にとった行動は『回避』ではなく、『防御を固める』こと。

 視力を封じられたことに加え、相手は『神盾』では防ぎきれない攻撃を行う。


 たしかに、次手の回避行動をとることは厳しいだろう。

 しかし、トリトンは誤った。

 重なった想定外の出来事が、彼の判断を鈍らせた。

 『神鎧』は術者の呼吸を封じてしまうため、詠唱ができない。そのため、トリトンは閃光によって一時的に失った視力を、治癒魔術によって早期に回復させることができない。

 また、彼の息が保つ内に、自然治癒によって視力が戻ることもない。


 言わば、これはただの延命に過ぎない。

 いや、延命ですらないと言えよう。

 なぜならディンは、この『神鎧』を突破する術を持っているのだから。


 トリトンの出した全身を包む水のベールを前に、ディンは一度その足を止めて、大きく息を吐いた。


「フゥー……

 これで俺の……勝ちだ……」


 ディンはゆっくりと、トリトンを包む水のベールに手を当てる。


 瞬間、ディンの手から溢れ出した冷気が図書室全体を包んだ。


ーーー

【リディアンサイド】


 迷宮下層の大広間を、縦横無尽に駆け回っていたリディアンが、突然ピタリとその足を止める。


「……なんのつもりだ?

 まさか、白旗を上げる気になったとでも言うまいな?」


 静かに立ち尽くすリディアンを前に、艶のある金髪の中年男性ーーマリン•F•リニヤットは、眉を顰めて尋ねる。

 戦闘が始まってからかれこれ1時間近くになるため、彼の声は、かなり途切れながらのものだった。


「……もう、いいや」


 マリンの問いに対し、そう答えたリディアンの声は、酷く冷たいものであった。


「なんだと?」


 リディアンの吐き捨てた言葉に、マリンは目を細める。

 その眼光に込められた殺気に、周囲のフィノース家の者達は、思わず息を呑む。


「盤面が動いた。

 もう君達の相手をする必要が無いと言ったんだ。

 さっさと遺産を回収してセコウを助けようかな」


 マリンの向けた鋭い眼光に一切動じることなく、リディアンはそう言って笑う。

 そんな彼の目には光が灯っていなかった。

 ただただ、目的の為に作業を淡々とこなす人形のような目だと、リディアン本人を除く、その場にいた誰もが思った。

 

「ほう……防戦一方の身でありながら、随分な口振りだな。疲労で頭がおかーー」


「念話だろ?」


「!!!」


 当主ーーマリンの話を遮って、リディアンが放った言葉に、その場にいたフィノース家の者達全員の瞳孔が開く。


 耳を澄ませば誰かの荒い息遣いが聞こえていた広間は、一瞬にして静まり返った。

 

「具体的なことはよく分からないけど。

 フィノース家が持つ『遺産』の能力は、『他者との念話』だろ?

 それなら、長耳族の狩りに似た、『言葉を交わさずして行う一糸乱れぬ連携』にも説明がつく」


 静寂の中、リディアンは彼を取り囲んでいるフィノース家の者達の顔を見回しながら、流暢にそう語った。

 

「だとしたら、どうだと言うのだ?」


 静寂をーー何かの悪い流れを断ち切るようにして、マリンが口を開く。

 

「いや、良い能力だと思ってね。

 是非とも欲しいかなと」


「ハッ!

 誰が貴様なぞに誰が『遺産』を譲渡するか!」


「譲渡なんてしなくても、殺せば手に入るから結構だよ」


 マリンの頬に、冷や汗が伝う。

 

「……あくまで我々を殺せると思っているらしいな」


「ああ、もちろんさ。

 なぜなら俺には、あんたらの未来が見えるんだから」


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