第69話 迷宮決戦⑨ー水神ノ槍vs死神ノ弾ー
時は、数週間前の作戦会議まで遡る。
「つまり君は『死神之糾弾』なら、フィノース家に優位を取れると?」
「そうですリディさん。
現状、あの魔術は速度、威力共に申し分ないです。生成する弾の大きさ次第では、それこそ敵の神槍にも勝るかと。
ですが問題もあって、発動時間と再発動までのインターバルが長過ぎるんです」
「へぇ〜、どれぐらいかかるの?」
「練習してだいぶ短くなりましたが、装填まで5秒〜10秒、インターバルもそんな感じです。
激しい戦闘とかだと、集中が乱れてもっと長くなるかもしれないです」
「なるほど、たしかに厳しいね。
じゃあどうすんの?」
「以前リディさんは、魔道具の話をしてくれたじゃないですか」
「ん?
ああ、したね……うん、うんうん」
あ、覚えてないな。この人……
「魔導具は魔術の補助もできるんですよね?」
「うん。
ーーって……あ、なるほどね」
「……なるほど、たしかにその手があったか」
リディとセコウが揃って顎に手を当てる。
「え、何がっすが?
隊長今のでわかったんすか?
セコウさんも?……」
「ああ。
つまり『死神之糾弾』に必要な複雑な工程の一部を魔道具に任せて、発動時間を短縮させたいんだろ?」
頭に『?』を浮かべるロジーに、セコウがそう付け加えた。
「御明察です!
現在確認されている魔道具は基本的に中級魔術までの補助くらいしかできないとセコウさんはおっしゃいましたが、僕の魔術は初級魔術の組み合わせなので、魔道具に操作を任せても術の精度は落ちません」
「はえ〜」
セコウがこれだけ丁寧に説明してくれたというのに、ロジーの目の焦点がいまいち合ってない。
全然わかってないって顔だ。
この要領の悪さは、アインを思い出す。
「それじゃあ、ディンはそれを補助する専用の魔道具が欲しいってことだよね?」
その点、リディとセコウは話が早くて助かる。
「はい、直ぐにでも制作するつもりですが……その……」
「作り方がわからない。と」
「……はい」
「わかった。
そっちの方はセコウが詳しいと思うから、色々と協力してあげてよ」
「わかりました」
「ありがとうございます、リディさん、セコウさん」
「いいよ」
「礼には及ばんさ」
セコウに至っては、エドマの一件があってすぐだから辛いだろうに、なんだかこき使うようで申し訳ない。
「そんでまとめると、ディンの魔術を補助する魔導具さえ完成すれば、彼らに勝てるってこと?」
「はい……多分……
撃ち合いになれば、『神槍』並の威力を複数同時発射できる『死神之糾弾』を使える僕が圧倒的に有利……のはずです」
「なるほどね。
結論から言うよ。それじゃ勝てない」
「え……マジスカ」
「うん」
「ドウシテ……?」
「いや……たしかに魔術の撃ち合いになれば君が勝つよ?
でもさ、戦闘って必ずしもよーいドンで始まるわけじゃないんだよ?
それにもう一つ、致命的な問題がある」
「致命的?」
「中々言うタイミングなかったから後回しになってたんだけど……
ディンさあ、身体強化下手すぎるんだよね」
「え……?」
「もっとハッキリ言うと、才能ないね。
今までラルドにナニ教わってたの?」
「え、え……?」
え、そんなに言う?
泣いていい?
「これはフィノースに限ったことじゃないけど、強い魔術師はみんなそれなりの練度で身体強化を行ってるから、本人の直接戦闘能力もある程度高いのよ。
だから、今の君の身体強化の熟練度じゃ、魔術で優位を取れても総合力で圧倒的に負けてる。年齢による体格差とかもあるしね」
「いや、でも前回は……」
「前回はセコウという優秀な前衛がいたのに加えて、敵が比較的弱めだったからだ。
気づいてなかったかもだけど、あの時の戦闘でセコウは常にあの魔術師が君の元へ近づかないように立ち回っていた。
もう一人の剣士を相手取りながらね。
普通ならあんなのんびり撃ち合ってらんないよ?」
「前衛ならセコウさんがやーー」
「だめだ。
人と組む事でより良くなる戦術ならいい。
だが、人に頼らなければそもそも成立しない戦術は使えない。
ディンの雷魔術がもう少し強ければ、近接の線も考えたけどね」
「……」
近接戦闘の頼みだった雷魔術、格上を相手にするようになってからわかったことだが、練度の低い俺の雷魔術では、相手が魔力を体に纏うーーつまり一定以上の練度の身体強化で容易に防がれてしまうということだ。
ただでさえ、元々苦手な魔術だったのに、社交会の一件のせいで余計に扱いが下手になってしまった。
今じゃドンキに売ってそうなビリビリボールペンと同レベルだ。
「だから、君が今回やるべきことは、前衛がいるなら後方支援に徹する。
単独行動になって敵と遭遇した場合は、躊躇なく最大出力の魔術を連発して、その隙に逃げる。
このどちらかだ」
「……」
「これはクロハにも伝えてある事だ。
本当なら君達二人も戦わせたかったけど、相手の頭脳はセリだ。
あいつが取る奇策は、昔から俺にも予想しきれないものだからね」
ーーー
「クロハ、行けるか?」
問いかけると、クロハは俺の目を見て、コクリと頷いた。
相変わらず綺麗な目と、整った顔だ。きっと将来はすごく美人になるのだろう。
「さあ、少年少女よ!
開戦といこう!」
トリトンの高らかな叫び声が、図書室内にこだまする。
相手はやる気満々。「喧嘩上等!」って顔をしてる。
だがな、最初から勢い自信のあるやつほど、序盤の想定をはるかに超える事態には弱いものだ。
俺ですら、エドマが死ぬまで知らなかったんだ。お前らが知っているはずもない。
リディがこういう事態を想定して残しておいた札を……
ジリジリと、相手との間合いをはかる睨み合いが続く中、クロハの背中をドッと叩いて俺が開戦の火蓋を切る。
「クロハ! 今だッッッ!」
俺の合図と同時に、トリトンに向かって走り出したクロハの姿が、段々と周囲の景色に溶けていく。
「むっ!?
少女が消えた!?
貴公の魔術か!
ディン•オード!!」
クロハの透明化を目の当たりにし、トリトンは一瞬その構えを乱す。
そうだよな、そりゃ驚くよな。叫びたくなる気持ちもわかる。
俺だってびっくりしたさ。まさか透明化できる魔術があるなんて、思いもしなかった。
しかもそれを7歳の少女がやるんだ。
「僕の魔術?
さあね〜、どうでしょう?
それより、クロハばかりに気を取られていて良いんですか?」
ーー死神之糾弾ーー
「ッ!!!」
俺が放った複数の弾丸を、トリトンは慌てて近くにあった本棚の影に隠れてかわした。
よっぽど動揺していたのか、少し反応が遅れて何発かは体に命中したようだ。
「情報にない奇妙な魔術……岩魔術か!?
その右手に着けていた無骨な鎧は魔導具だったのか!!」
立ち並ぶ本棚の奥から、トリトンの声が反響して耳に届く。
焦ってはいるようだが、奴の息遣いは乱れていない。
どうやら弾傷は致命傷ではない上、既に治療を終えていると見て良いようだ。
だがしかし、回復魔術というのは他の魔術と違って消耗が大きい。このまま戦闘が長引けば、いづれ相手の回復は魔力切れで使えなくなる。
位置取りも、数もこちらが上。
もはや負ける要素がなーー
ーー神槍ーー
「!!!」
突然、メキメキメキッッッという不気味な音が響いたかと思うと、次の瞬間、本棚を突き破って現れた水のレーザーが、俺の頬を掠めた。
「うわっ!
危ねッッッ……!」
詠唱らしき声が少しも聞こえなかった……
流石に距離が離れ過ぎていて聞こえなかったという線もあるが、情報通り相手は無詠唱で間違い無さそうだな。
「外したか!
やはり勘だけで当てるのは難しいな!」
まじか……
今の勘かよ……っていや、そんなすごいことじゃないか。
俺は障害物のない場所に突っ立ってるんだ。一歩もここから動いてないことを想定して位置をなんとなく覚えておけば、可能なことだろう。
「ひぃぃ……
ーーよっと!」
慌てて本棚の迷路に駆け込む。
こうすればお互い、視覚ではなく、魔力感知に頼った上での撃ち合いになる。
正直、魔力感知には自信がないのだが、今回はクロハというジャミング係がいる。
クロハの透明化はあくまで視覚のみ、実体はあるので魔力感知には普通に引っかかる。
だがそれが良い。
相手はどこから現れて、何をしてくるかもわからないクロハを感知で常に気にしながら、この本棚の迷路で俺と撃ち合わなければならない。
二人に集中しなければならない相手と、一人に集中すれば良い俺、ちょうどいいハンデだ。
そう!
相手に勝てないのなら、俺が強くなるのではなく、相手を弱くすればいいのだ!
ーーー
メキメキッッッ
水のレーザーが本棚を突き破り、俺の真横を抜けていく。
ズドドンッッッ
幾発もの弾丸が、視界一面に広がる本棚をまだら模様に染める。
迷路のように並び立っていたいくつもの本棚は、俺とトリトンの魔術のせいで、既に蜂の巣状態になりつつある。
長い……
撃ち合いが始まってから、かれこれ10分近く経った気がする。
消耗戦なら俺の方が有利だと思っていたが、そうでもなかった。
本棚の迷路を走り回りながら撃ち合わなきゃいけないから体力的に疲れるし、あととにかくうるさいから精神的にも疲れる。
俺の魔術は発射時に轟音が出るから、それを1番近くで聞いてる俺のダメージたるや……
流石に数十発程度なら問題ないが、数百発ともなると、もう頭が痛くなってきた……
「……クソ、なんで当たらねぇんだよ」
頭痛のせいか、集中力も切れてきて、魔力感知が上手くできない。
段々と敵の位置がわからなくなってきた。
それなのに、相手はこちらを正確に狙ってくる。
リディじゃあるまいし、魔力感知だけにしては、流石に正確すぎる。あらかじめ地形を把握してないとできない芸当だ。
まさかとは思うが、わざわざあんなに高い本棚に登っていた理由って……
まあとにかく、作戦を変えた方がよさそうだな……
本棚に穴をあけ過ぎると崩落するから自重していたが、もうやめよう。こんな迷路更地にしてやる。
『死神ノ糾弾』のサイズを大きくしたのを使いたいが、発射時の爆発が室内で放つにしてはあまりにも危険。ある程度処理はしたが、もし周囲の埃にでも引火したら、図書室内が大爆発だ。
それだけはいかん。
魔力をかなり消費してしまうが、仕方ない。普通の『岩砲弾』にしよう。
聳え立つ本棚の壁を前に、腕を突き出す。
指先に大量の魔力が集まる感覚がある。
ーー岩砲弾ーー
俺の手から放たれた砲弾が、激しい轟音と共にその発射軌道上にあったものを跡形もなく消し去った。
視界はとても開けている。
「……やったか?」
ノリで口に出してしまったが、大体こういう時の『やったか?』は、やれていない。
「驚いたぞ!
まさかこれほど破壊力のある魔術をまだ隠していたとは!」
崩れ去った本棚の破片が舞い散る中、砂煙の中から姿を現した男は高らかに声を上げた。
服装はかなり乱れているが、目立った外傷は見られない。
回復魔術か……はたまた〝神盾〟による防御だろうか……
「よく……今の攻撃に反応できましたね」
馬鹿みたいに魔力を込めたから攻撃は気取られ安かったが、速射したから避けるのは容易でない筈だ……
なのにどうやって、あの巨大な砲弾を防いだんだ?
しかも、壁越しに撃ち合っていたせいでわからなかったが、思ったよりお互いの距離が近い……
相手の武器は三叉槍だし……これじゃあ、下手すりゃ相手の間合いだ。
もう隠れる本棚もない。
ちょっとまずい状況だ。
「攻撃に気づけずとも、最初から防御していれば、何も恐ることなど無かろう!」
トリトンはそう言って、自身の前に水の盾を出して見せた。
「……凄いですね」
最初から防いでいたとなると、ずっと水の盾を出していた訳か……
水の盾だって制御が難しいだろうに、それを出し続けながら俺と撃ち合ってたのか。
えぐい集中力だな……
「ハハッ!
何を言うか狸め!
見たところ、貴公はあれだけの魔術を放っていながら、ほとんど魔力を消費していないではないか」
「そういうのって、わかるもんなんですね」
「朧げだがな」
ぶっちゃけ俺は、魔力感知を使っても、相手の魔力残量とかがわからない。
もし、俺も練習すれば会得できるなら、是非欲しい力……って、あれ?
「!……」
頬に冷や汗が伝う。
俺の視界には、トリトンの背後で透明化を解いたクロハの姿が映っていた。しかもその手には、リディから渡された短剣が握られている。
トリトンを不意打ちしようとしているんだ……
失念していた、クロハに戦闘に介入されたくなかったからわざわざ狭い本棚の迷路での撃ち合いを続行していたというのに、それを全部壊して更地にしてしまっては意味がないじゃないか。
まずいまずいまずい……
不意打ちなんて、魔力感知に引っかかってバレるに決まってる……
「やめろッッッ! 引けッッッ!
クロハ!!!」
叫んでももう遅かった。
クロハは止まらない。
やばい、クロハが死ぬ……!
迷宮決戦篇もあと6話ほどで終了。ぜひ最後までお付き合いください。
おまけ
そういえば年齢書いてなかったので書いときます。
ディン 9歳 アイン 11歳
クロハ 7歳 ラトーナ 9歳
リディ 26歳 ラルド 27歳
ロジー 17歳 エドマ 享年16歳
セコウ 24歳
トリトン 18歳
セリ 38歳




