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第6話 まさかのお嬢様


 いじめっ子達を奇襲したあの日から半年が過ぎた。あれ以降、彼らからのフィンに対する嫌がらせはピタリと止み、しばらく穏やかな日々が続いている。

 急に嫌がらせが止まったので本人は不思議がっていたが、バレると面倒なので適当にはぐらかしておいた。

 再発はないだろう。おかしな素振りを少しでも見せるたびに、俺が睨みを利かせているからな。今度は跡が残るレベルの火傷を負わせると脅してある。


「ディン」


 イジメ問題はとりあえず解決。

 しかし、新たな問題も見つかった。ラルドのことだ。

 半年前、ラルドがいじめを黙認していた件を本人に問い詰めたのだが、『俺が教えるのは剣だけだ』の一点張りで、埒が開かなかった。

 どう考えても、師範以前に人として問題がある気がするのだが、なにせここは異世界。日本——いや、俺の中の常識とラルド達のそれが乖離していも、なんら不思議じゃないわけだ。


「ディン!!!」


 だからこの問題は未解決。ていうか、ラルドが怖いからあんまりズカズカ踏み込めないんだよなぁ……

 いじめの話題を持ち出すと、露骨に顔を顰めるのだ。

 全く、プライベートとはいえ弟子のメンタルケアくらいちゃんと——


「ディンってば!!!!!」


「うわっっと!? はい!?」


 机に乗り上げて、俺の目と鼻の先まで顔を近づけて声を上げるフィンに、椅子から飛び上がる。


「ここの計算がわからないんだ!」


 フィンは口をへの字にしながら、手元の紙っぺらを指差した。

 紙がくしゃくしゃになっている。俺がぼーっとしてる間も必死に考えていたのだろう。


「あ、ここですか。これはここの数を同じ数で割って……」


「あ! なるほど、ありがとう!!!」


 フィンの顔には笑顔が戻り、彼は再び机に向かった。

 この数ヶ月間、俺の家で彼に簡単な算数やら魔術を教えてきたが、なんというか……その、フィンの頭がとても悪いということがわかった。


 俺だって、まだこの世界の読み書きはちゃんとできないし、魔術の習得にもまあまあ苦戦したから、大して人のことを言えない。だが、こいつは別だ。異次元だ。教えたことは3日で忘れる上に、理解力も発想力もない。

 あれだけ剣が出来て、真面目でやる気もあるのに、どうして座学となるとこうもポンコツなのだ。


 フィンの親の頼みじゃなければとっくに投げ出しているところだ。

 全く、親同士が仲良いからだかなんだか知らんが、本人の了承も得ずに決めるのはやめて欲しいモノだ。あんまり性格の合わないやつと我が家で長時間過ごさにゃならんのは、神経をすり減らすのだ。

 

「うーん……やっぱわかんない……」


 生き生きと問題に取り組んでいたフィンだったが、それも束の間。ゴンと頭を机に打ちつけて、そのまま項垂れてしまった。

 まあ、かれこれ一時間ほどやっていたわけだしな。彼の集中もそろそろ限界だろう。


「じゃあ今日はここまでにして、いつものやつやりますか?」


 机に突っ伏しているフィンの頭のアホ毛をイジりながらそう尋ねると、彼はまるでクイズ番組の早押しボタンのように飛び起きた。


「うん! やる!!!」


 さて、フィンもこう言ってるし、とっとと庭に出るか。


ーーー


「前より強くなったなディン!」


 そう叫びながら振り下されるフィンの木剣を避けて、ガラ空きの胴体を狙う。


 しかしまあ、流石と言うべきか。フィンはこれをわずかな足の重心移動だけで滑らかにかわし、バックステップで俺との距離を取った。


「チッ……」


 この半年間、俺の家でフィンと毎日打ち合い稽古をしてきたおかげで、ようやく試合と呼べるレベルの戦いが出来るようになってきた。


「相変わらず攻めるのが遅いぞディン! それじゃいつまで経っても僕に勝てないぞ!」


 まあ、フィンが今言った通り、この半年で彼に勝ったことはほぼ無いに等しいわけなのだがな。


「フィンこそいい加減割り算を覚えてください。

 これじゃいつまで経っても次に進めませんよ」


「なっ! 今は関係ないだろそれ!!!」


 今までは『型がなってない』だの、『練習をサボるな』だの、ぐうの音も出ない正論でボコボコに殴られていたわけだが、俺が毎日勉強を教えるようになってからは、こうして言い返せるようになった。

 こんな軽口を叩き合えるのは、本当の友達が出来たようで、なんだか良い気分だ。


「たしかに関係ないですね。あ、お帰りなさい父様!!!」


「え、師範!?」


 ジリジリと間合いを詰め合う中、俺が突然頭を下げたことに釣られて、フィンは己の背後に顔を向けた。


「隙ありぃぃぃぃぃぃぃぃいッ!!!」


 俺の言葉に騙されてフィンが構えを解いたところで、すかさず彼に向けて木刀を投擲する。

 馬鹿め。まだ昼飯の時間ですらないのに、ラルドが道場から帰ってくるわけがないだろう。

 

「うわ!?」


 慌てて俺の剣を弾いたフィンが体勢を崩す。流儀通りに今までほぼ全ての攻撃をかわしてきた彼は、攻撃を弾いたり受けることには慣れていない。だから再び剣を構え直すまで、ほんの少しだけ間が開く。

 対する俺は投擲と同時に走り出し、既に彼の間合いの手前まで迫っている。


 丸腰で突っ込んできた俺を見てさらに動揺するフィンだったが、どうやら気を持ち直したようで、予想よりも早く構えを正してきた。全く、その冷静さを勉学にも活かせないものか。


「必殺、『幻想体験•店長失墜イマジナリー・スライド』!!!」


 そう叫びながら、フィンの横薙ぎのカウンターを掻い潜るようにしてスライディングし、彼の足元に滑り込む。

 『幻想体験•店長失墜』……生前やっていたコンビニバイトのクソ店長が、夜勤時に深夜テンションで口走った『スライディングでバイトのJ Kのスカートの中を覗いてみたい』というゴミみたいな発言から着想を得た技だ。いつか報復に内部告発として世に晒そうと録音までしていたが……まあ、この話はまた別の機会に。


 さて、フィンの足元に滑り込んでさえしまえば、やることは一つだ。


「ほっ!」


 フィンの両足を掴んで彼を引っ張り倒し、その上に馬乗りになって、手首と首元を押さえつける。これでマトモに動くことはできないだろう。

 初めてフィンの体に触れたわけだが、彼の体は思ったより華奢だった。


「久しぶりに僕が勝てましたね」


 フィンを抑えつけたまま、そう言って笑う。

 ていうかこいつの肌スベスベだな。なんか凄く良い匂いもする……そういえば、こいつ親がそこそこ金持ってるとか言われてたな。風呂……に頻繁に入る文化はここら辺にはないから、多分香水つけてるのかな。

 しかしこれじゃあまるで……

 

「ッ……っあ、あまりベタベタ触らないでくれ!」


「うげっ!」


 フィンが顔を真っ赤にしながら放った拳が、彼にまたがる俺のみぞおちに直撃。

 やってしまった。フィンの体に気を取られて、彼の片手がフリーだということを忘れていた。


 近くに石油王の爺さんがいたら、俺に『花京院ッ!』と叫んでくるほど強烈なパンチだ。


「あ、ごめん! 強くやり過ぎた!!!」


 仰向けになって地面に倒れた俺の肩を、フィンが真っ青な顔をしてゆすった。


「気にするな……致命傷だ……ガクリッ」


「そ、そんな! いっ、今ヘイラさん呼んでくるから!!」


「あ、いや冗談で——」


「ヘイラさぁぁぁぁぁんッッ! ディンが……ディンがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」


ーーー


「もう! ちゃんとアインちゃんに謝りなさいね!」


「フィンです!」


 フィンに連れられて俺の元に駆けつけたヘイラからお叱りを受けた。『紛らわしいことをするな』だそうだ。

 なにを大袈裟なと思ったが、ヘイラ曰くフィンは魔力による身体強化を行えるそうで、下手すれば俺は本当に大怪我をしていたかもしれないそうだ。

 ヘイラも俺も治癒魔術は使えないので、そうなると大惨事だ。考えただけで背筋が凍る。


 まあ幸い、ちゃんと加減は出来ていたようで、俺の腹に風穴が開いて『なんじゃこりゃぁぁぁぁぁっ!?』って展開にはならなかったわけだが。


「……ごめんなさい」


 まあ、とりあえず謝罪はしておこう。フィンも半泣きになって俺を心配していたしな。ちょっとやり過ぎた。


「あ、うん……」


 俺が頭を下げるのを見て、ヘイラはやれやれとため息を吐きながら台所へ戻っていった。


「……」


 ヘイラが去ったことで、リビングは急に静かになった。一言も交わさぬまま、静かにただ、フィンと机を挟んで向かい合う。

 一体なんなんだこの時間は……


 ——それにしても、なるほど……身体能力の強化か。原理は知らんが、バトル漫画とかによくあるやつのように考えてよさそうだな。

通りでラルドは剣一本で簡単に岩を砕いたり出来たわけか。

 ん? 待てよ? となると……


「……どうして、手加減してたんですか? 僕は卑怯な手をいっぱい使ってるのに」


 先程フィンは、『いつもは抑えているが咄嗟のことで力が入り過ぎた』とヘイラに事情を語った。

 流れから考えれば、フィンは俺との打ち合い稽古の時に身体強化を使っていない、もしくは大幅に制限していることになる。

 不可解だ。手を抜いて戦うなんて彼自身が一番嫌いそうなことなのに。


「て、手加減してるわけじゃないよ! 出来ない君にそれを使うのは卑怯だからだ!」


 フィンが机から身を乗り出して声を上げた。


「でも僕のズルは許して良いんですか?」

 

「ずるいとは思うけど……それは君が頭を使って考えた作戦だ。考えなしに戦ってる僕が悪いだけだ!」


 こいつ……頭がわるい割には、随分と大人な回答だ。なるほど、あくまで俺と同じ条件で勝たねば意味がないと思ってるのか。


「カッコいいですね。そういうの」


 皮肉も何も無しに、素直にそんな言葉が口から溢れた。


「そ、そうかな!? えへへへ……ちょっとは王様に近づけるかな〜って!」


「王様?」


「そう! 昔の王様! 隣のミーミル王国で英雄王って呼ばれてる人だよ!」


「ヘぇ〜どういう王様なんですか?」


「えぇっと……ユグドラシルっていう大きな木をね!? 海の向こうのヘイルム王国から守った人なんだ! で! 最後はユグドラシルに認められたって!」


「は、はぁ……」


 なんともざっくりとした内容だ。しかしそれよりも気になるのは……


「『ユグドラシル』っていう、木があるんですか?」


 『ユグドラシル』、北欧神話にて語られる世界樹の名前。発音も同じ。

 これを聞かずにはいられない。


「今もミーミル王国にあるらしいけど……僕は産まれてすぐこっちのヴェイリル王国に来ちゃったから、見たことはないよ」


「そうですか……」


 どうやら知っているのはその名前だけっぽいな。詠唱に続く前世との繋がりだったから何かと期待したが……


「あ、でもミーミル王国の貴族だったヘイラさんなら知ってるんじゃないかな!」


「あーたしかにそうですね……って、はい?」


「どうかした?」


「母様が……何ですって?」


「貴族って言ったんだよ? ヘイラさんから聞いてないの?」


 フィンにそう言われて、すぐさま台所へと視線を向けた。

 ヘイラと目が合う。どうやらちゃんとこちらの会話を聞いていたようだ。

 さあ、なぜそんな大事を秘密にしていたのか、教えてもらおうか。


「あら、私うっかり忘れてたわ☆」


 あ、現場からは以上でーす。

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