第68話 迷宮決戦⑧ー2本目ー
魔剣『鸛之鉤爪』は、ミーミル王国で現状確認されているそれの中で、もっとも適合へのハードルが高い。
そんな扱い辛い刀剣が、世界有数の大国で国宝として扱われている理由、それは……
「その剣はうちの隊長——リディアン•リニヤットに対抗し得る、数少ない手段。というわけか……」
「フッ……フフッッッ……
アハハハハハハハッッッ!!」
セコウがそう言うと、セリはふらっと尻餅をついて、大声で笑い出した。
不自然な音の反響が、広間の暗さと相まって、より一層、セリの放つ不気味さを強調している。
「……私が、何かおかしい事を言ったか?」
セリの突飛な行動に、セコウが眉を顰める。
「ハハハッ…………!!!
いやよ、おかしな話だよな?
たった1人の人間を恐れて、あのミーミルがこんな性悪魔剣にも縋るんだからよぉ?」
「……?」
首を傾けるセコウをよそに、セリは話を続ける。
「国宝っつうのは、国民の信仰の対象であり、権威の象徴だ。
そう簡単に持ち出していいもんじゃあねぇ。本来なら、使用には元老院の許可が必須だ。しかもよ、その許可自体を数ヶ月掛けて審議するんだ。
それがどうよ?
リディアン•リニヤットを殺る為と一言口にすれば、そんな手順なんぞ、すっ飛ばしちまうんだぜ?
規律だの保守だのうるせぇことばっか言ってた元老院が、それを捻じ曲げてまで、1人の男を消すことに賛同しているんだ」
「1人……ね……」
(この男……元老院と口がきけるのか。
四大貴族の雇われ傭兵ではなかったのか?)
「あー! いやいや、誤解すんなよ!?
別にリディの強さはわかってる。侮ってるわけじゃねぇ。
あいつがその気になりゃあ、国民を皆殺しにする事もできるしな」
「……そうですかね?」
「流石に誇張はあるかもしれねぇがよ。
嘘を言ったつもりはねぇぜ?」
「……なぜ、そう思うんだ?
そんなこと誰にも分からないではないか」
「あ?
近くで戦ってきたお前らが1番知ってんだろ。
防御不能、視認不能で反則的な攻撃。
それに加えて、英級の瞞着流剣術、疾風流剣術。
人類最高峰の魔力を持つ、四大貴族の中でもさらに一線を画す魔力量。
精度の高過ぎる魔力感知。そして上級魔術。
しまいにゃ、常時結界に閉じこもって、あいつに攻撃魔術は無効ときた。呪詛か魔剣によるもの以外はな」
「……」
(この男……〝あの〟ことを知らないのか?)
「おかしいと思わねぇのか?」
「……なにがだ」
「それほどまでにリディの野郎は強い。
だが何故か、あいつは国王に牙を剥けないんだ。
今回の闘争だってよ?
あいつの思い通りにしたいなら、王子でも誰でも皆殺しにすれば良いじゃねえか。どうしてここまで周りくどい事してんだ?」
「……それは現王の遺産の力のせいではないのか?
本人はそう言っているが……」
「王の遺産でリディを制御できているなら、どうして元老院の議官どもはあいつを消すことに躍起になってんだ?」
「……」
「リディと国の間には、何かがある。
リディの野郎は、重大な何かをお前達に隠してるんじゃねえのか?」
「……」
「だからよ……お前、俺と来いよ」
そう言ってセリは、座ったまま剣を鞘に収め、その居住まいを正す。
いつのまにか、彼の表情は真剣なものになっていた。
「……は?
何を言ってるんだ……
さっきまで私を殺そうとしておいて」
「確かにな。それが命令だったからよ。
でもな、俺には俺の目的があんだよ。
そしてお前と戦う内に、お前の力はこの先役に立つと確信した。リディが手元に置いておきたがる理由がよくわかる。
だから俺と来い」
「……」
「嫌か?
お前は知りたくねぇのか?
リディが——いや、ミーミル王国が何を隠しているのか!」
「……気になるな」
「だろ!?
だからお前もっ——」
「だが、寝返る気は毛頭ない」
「!……」
「あの人の中にどんな思惑があるのかは知らないが、あの人に救われたという事実は変わらない。
それにミーミル国王や、元老院が何を隠そうがどうでもいい」
「はぁ?
今さっき気になるって——」
「私が気になるのは、あの人の向かう先だ。
それに……」
「それに?」
セリが不思議そうに、その首を傾ける。
「私はまだ、貴方を許していない」
「……そうか、残念だ」
「私は残念じゃないがな」
「全く、そういうとこ主人に似てきてるぞ」
「ハハッ……それは御免だ」
「そうか」
「……では、トドメを刺させてもら」
腰を下ろしてどっかりと構えるセリに、セコウはゆっくりと剣を振り上げる。その手元は、カタカタと震えていた。
「……あ?
なんだ怖えーのか?」
カタカタと震えるセコウの皮を見て、セコウが鼻で笑う。
「いや……
うっかり手が滑って、一撃で仕留め損ないそうだ……」
セリの煽りに乗ることもなく、セコウは落ち着いた表情でそう言った。その目には、静かなる憎悪が宿っていた。
「そりゃあ困るな。
ほら……早く一思いにやってやれ」
「……ああ」
手をぷらぷらと振りながら、あくびをするセリに、セコウは遂に剣を振り下ろす。
しかしその瞬間、セコウの中に疑問が浮かぶ。
(ん? 一思いに〝やってやれ〟……?)
「!!」
刹那、血相を変えたセコウが、セリに向けて振り下ろした剣の軌道をそらし、そのまま己の背後へと振り抜いた。
「ッッッ!?」
迷宮の広間に、再び鈍い金属音が響く。
「チッ……
今のを受け止めんのか……
本当にしぶといな……お前」
「くっ……」
突然の背後からの強襲に、なんとか反応したセコウ。
一思いに「やってくれ」ではなく「やってやれ」。
明らかに、自分以外の誰かに向けての発言だ。
リディ曰く、用心深いというセリ。そんな彼ならば、いくら魔剣持ちとはいえ、単身で挑んでくるとは考え難い。
この戦いが始まってからセコウは、常に〝第三者の介入〟を想定していた。
介入のタイミングまでは予想できずとも、些細な違和感から敵の介入を察知できたのは、セコウの注意深さ故であろう。
ーー遡及ーー
「ぐッッッ!……」
セコウが魔術を発動すると直後、彼に剣を浴びせた強襲者の体は、まるで壁に投げつけたスーパーボールの様に、広間の端まで勢いよく弾き飛ばされた。
セコウが魔術によって、己の剣から「反射の呪詛」を復元したことで、その剣に触れていた者は、例外なく弾き飛ばされたのだ。
「ハァ、ハァ……
気配を消すのが上手い方ですね……
やはり最初から2対1だった訳ですか」
敵2人の対角線上から外れるように、セコウがサイドステップを踏む。
「まあなぁ〜
奥の手は取っておくもんだろ?」
「確かにそうで——うわっ!」
壁際まで弾き飛ばしたはずの男が、いつの間にか、セコウの眼前へと再び迫っていた。
予想外の復帰の速さに、反応が一歩遅れたセコウは取り乱して体勢を崩すが、しかし……
「?……」
男は急速にセコウの眼前に戻ったかと思えば、彼を無視して、そのままセリの元へと急行していった。
「ふぅ……やっと戻ったか。
ったく、先にこっち来いよ」
2度の魔剣の使用で未だ息が整わず、ヨロヨロと立ち上がるセリの前に、男は立つ。
「……すみません。今なら殺れそうだったので」
ため息を漏らすセリを前に、男はしょんぼりと首を落とす。
「……まあいい。
それより、頼んだぞ……ブエル」
セリがそう言うと、ブエルと呼ばれるその男は突然、セリに剣を向ける。
「……お前まさかっ! 王都の……」
ブエルと呼ばれるその男をしばらく見つめていたセコウが、声を上げる。
「ああ、よく覚えてるじゃねえか。
そうだよ、王都でお前と斬り合ったのもこいつだ」
そう、ブエルと呼ばれる男は以前、セコウがディンと王都に買い出しに出ていた際に、彼らを襲撃して来た人物の1人である。
「……ぁ……」
セリに剣を向けたまま、何やらブツブツと詠唱のようなものをブエルが唱えると、彼の持っていた剣が光を帯び出した。
「!?」
薄暗い迷宮の広間を、ブエルの魔剣が照らす中、その光景を眺めていたセコウの表情に、段々と〝驚愕〟の色が浮かぶ。
ブエルの持つ剣の光が、セリが握る魔剣の放つ光と酷似していたからだ。
「その剣……」
少し遅れて目を見開いたセコウが、声を漏らす。
「ああ、勿論魔剣だぜ。驚いたろ?」
動揺を隠せず、立ち尽くすセコウを前に、セリが笑みを溢す。
「ソロモン魔剣1『驚愕之処女』
へへっ、流石にこいつがあるのは知らねえだろ?」
セリがそう言って笑うと同時に、ブエルの持つ魔剣から放たれていた光がおさまり、広間には再び不気味な薄暗さが戻った。
「よし、終わったか。
よっこらせっ! っと!……」
光を失った魔剣をブエルが鞘に収めるその傍では、先程まで疲労でふらついていた筈のセリが、掛け声と共に軽快に立ち上がった。
体の節々にチラホラと見えていた擦り傷も、いつの間にか全て消えている。
「なっ……」
「驚いたろ?
リディ風に言えば……第二ラウンドといこう。
って感じか?」




